23話 野犬には十分の注意を①
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい
周囲を濃い緑が流れていく。
タンッ。
地面より這い出していた、太い木の根を足場に前方に跳躍する。
着地と同時に、再び走り出す。
ここはエラトステネスの西方に広がる樹海。
「いいんですか……」
横を走るスターシャが心配そうに声をかけてくる、が。
「エルのことか?なら問題ないさ、……きっと、多分」
力強く(?)頷く。
「……分かりました」
最近、エル様の微妙な表情が少し理解できました。
などと呟きながら、なんとか納得してくれた。
……。
なぜ、俺とスターシャの二人が森の中を駆けているかというと、話しは三十分程前に遡る。
エラトステネスの城門前に降り立つと、方舟を影の異空間にしまう。
船の収納を確認してからエルが皆に告げる。
「では、一先ず王宮に向かいましょうか」
その言葉にリーナ一行やスターシャ、ミレイが頷く。
だが。
「エル……」
声を掛ける、が。
「分かっています、何年貴方と過ごしていると思っているんですか……」
ため息を一つして、返してくれた。
「こちらは、こちらで処理しておきます。ご主人様は、ご自由にどうぞ」
エルの頭を優しく一撫でし、リーナ達に宣言する。
「野犬退治に行ってきます」
右手を頭に添えて、敬礼。
とりあえずスターシャを拉致って。
「あい!きゃん!ふらい!!」
宣言と同時に跳躍+飛翔魔術で飛んでみた。
……。
でもって、現在に至る。
「餅は餅屋に、だ。誰しも得手不得手がある。王宮で大公や高官とのやり取りや交渉なんてエルに任せればいい。あいつも何だかんだで、割と腹黒いから丁度いいだろう。でもって力仕事は俺たちで、と」
「……主が直接行った方が良いのでは?」
その疑問は尤もだ、だが。
「無理だな」
「?」
スターシャが不思議な顔をしているから、説明してやる。
「俺は割りと気が短いんでね、王族や高官、貴族様のように権謀術数を駆使してくるような馬鹿共は好きじゃないんだ」
俺の偏見かも知れないが、……権力者とはそんなものだ。
瞬間、クォーツの町のサロアが思い浮かぶが、さっさと忘却する。
でもって、大公や王宮にいるであろう人々と会いたくなかったからこそ、自らケルベロスの討伐に赴いたのだ、と。
「笑顔の裏で嘲りを、右手で握手しながら左手で刃物を……、そんな奴等は気に入らんね」
横で目を丸くしているスターシャの顔が少し面白い。
「事実俺が魔界で王をやっていた時は、交渉事の殆どをエルが片付けていたよ」
各部署での交渉、魔界の実力達との交渉、それらを一手にエルが引き受けていた。
……。
俺に、働いて下さい!と文句を言いながらも、自分で仕事を片付けていくエルの姿が思い出される。
「……主は政には向いていませんね」
「だからニートになったのさ。今回の仕事が終わったら俺は屋敷にこもる☆ZE」
スターシャの突っ込みに全力の笑顔でカウンターを決めてみた。
それから十分程たった頃だろうか。
「こっちか」
森の奥から、懐かしい同胞の気配を感じる。
同時に。
「……これは」
異様な臭いと気配にスターシャが、口元を押さえる。
……。
「人の血と脂の臭い。それに、この地に縛り付けられ亡霊とかしている人間の魂の悲鳴」
なんとも酷いことをする。
しかし、人間の負の感情が魔族にとって心地いいのは当然のことであり、むしろ眉をひそめた俺こそ異端なのだ。
「行くぜ……」
「……」
一声かけて再び森の深部を目掛けて疾走する。
歩を進める度に不快感は増していく。
……。
「そろそろか……」
呟き、同時に影の異空間からニーズヘッグを引き抜く。
むせるような、濃い血の臭いが辺りに充満している。
そして。
「……っ」
俺の耳に慟哭が響く。
助けて……。
痛い……。
苦しい……。
何で私が……。
子供を返して……。
恋人を……。
兄弟を……。
お母さんを……。
お父さんを……。
……。
ギリッ。
ニーズヘッグを握る手に力が籠もる。
現実の慟哭ではない。
これはこの地に縛り付けられ、亡霊と化した魂達の慟哭。
スターシャの顔も、一切の表情がない能面のようなものになっている。
彼女の癖だ。
怒りに呼応して表情が抜けていくらしい、とはミレイの談。
「……ケルベロスには他の魔族と違って、一つの固有能力がある」
俺のいきなりの言葉にスターシャが視線を向けてくる。
「魔族の中には固体ごとに固有の特殊能力を持つ個体が存在する。人間の異能力者のようなものだ」
「……主?」
「まぁ、聞いておけ……」
相対することになるんだから知っておけ、と加えて続ける。
「ケルベロスの固有能力は至って単純」
そう、あまりにも単純。
「喰らった相手の魔力を取り込むことが出来る」
……。
あまりにも単純。
けど、単純ゆえに強い。
……。
実はケルベロス自体の悪魔としての格はそんなに高くない。
ただ、その能力ゆえに悪魔として、それなりの実力を保持しているのである。
と、何かに気づいたように呻き声を上げる。
「…………まさか」
頭の回転が速い奴と話すのは楽でいい。
「ルナ大公国を襲ったのは……」
ああ。おそらく……。
「リーナの話しでは、ルナ大公国は各国の中でも魔導技術が最も進んでいる国だ。魔導技術が進んでいるということは、魔力を持った者や物が多くあるのだろう。まぁ、つまり……、お犬様にとっちゃ、この国は絶好の餌場ってことなんだろうよ」
……そろそろ、か。
同胞の気配が近い。
!
GAAA!
目の前の茂みから茶褐色で犬の姿をした魔獣が飛び掛ってきた。
ニーズヘッグを振りかぶる。
「はっ!たかが雑魚いっぴ「星よ」……」
ジュッ。
「……………………」
……。
俺が切り伏せる直前に、スターシャの撃った光弾が魔獣を消滅させた。
……。
振りかぶっていた剣をそっとおろす。
目から、しょっぱい汗が流れたような気がした。
……。
魔獣が飛び掛ってきては、光弾で消し飛ばされる。
同じような事が先程から何回続いたことか……。
ポツリとスターシャが呟く。
「そろそろですね」
強烈な魔の気配がする。
「巡り巡れ、常夜の星よ」
ブゥンッ。
彼女の周囲に漆黒の星が八つ出現し、本人を中心に複雑な回転を始める。
……極小規模の超高重力場を固定したのか。
改めてスターシャの魔術師としての技量に驚かされる。
超高重力場の制御は異常に難しい。
一流程度の術者なら、漆黒の星を一つとして制御することは不可能だ。
それをこのサイズにした上で八つ。
しかも、周囲に一切の影響を与えることなく完全に固定・制御している。
……。
俺との契約で魔力量や身体能力は上がるだろうが、純粋な術師としての技量が上がる分けではない。つまり、これは完全に彼女自身の実力だ。
「……たいしたものだな」
でも。
今回の野犬退治は……。
「俺の出番なくね?」
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