第一章・召喚、そして異世界魔王との邂逅(3)
俺は、メイと名乗った女の子と互いに顔を見合わせた。
彼女に名前すら名乗っていないことに今更気付いた。
「俺の名前は…レン、かな」
名前以外のことが、なぜか思い出せない。
今までの生活、家族の顔、友達の名前…
すべてが霧の中のように曖昧で、掴もうとしてもすり抜けてしまう。
「それしか思い出せないんだ」
俺はメイに向かって言った
「私も…名前、それ以外のことは…全然わからない」
彼女の目には困惑が浮かんでいたが、その表情にはどこか落ち着きもあった。
「レンとメイか…」
俺たちは互いの名前を繰り返しながら、この状況の奇妙さを実感した。
この世界に来てからの記憶はある程度はっきりしているのに、それ以前のことがほとんど思い出せない
この事実に、俺たちは互いに深い共感を覚え、それが奇妙な安堵感に変わっていった。
「名前くらいは覚えていてよかった」
メイが少し笑った。
その笑顔には、この絶望的な状況の中でさえ、わずかながら希望を見出そうとする強さがあった。
「うん、本当に」
今や、名前が唯一の自分のアイデンティティであるという事実。
それでも誰かとそれを共有できたことに、少し救われた気持ちになる。
俺たちの緊張がほぐれかけたその時、再び牢の扉が開いた。
入ってきたのは、先ほど現れた大柄な女性、審問官リリスだった。
彼女はその妖しく輝く目で俺をじっと見つめた。
「ついてこい」
それだけ言うと、リリスは牢から出て行った。
その瞳、その声には、ただならぬ魔力が宿っている。
その視線は俺を捉え、まるで糸で引かれるかのように、俺を牢から出るように促した。
疲れ果てた俺は彼女の意のままに動くしかなかった。
抗うことすらできない。
「レン…!」
メイが心配そうに俺の名前を呼んだ。
彼女の声には、俺を失いたくないという切なさと、この状況への恐れが混ざっていた。
しかし、リリスの魔力には逆らえず、俺はメイの声を背に牢を出た。
メイのすすり泣く声は、遠くで響く波の音のように、俺の耳にむなしく響くだけだった。
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