1.オラクル・メソッド
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我々は古代より、占いによって繁栄と衰退を繰り返してきた。
その古くは、骨に火のついた棒を押し付け、ひび割れの形で吉凶を判断する太占や、複雑な天体観測を起源とした占星術などだ。当時は国家や王家の吉凶の判断に使われていたその技術は、時に国の命運を決めるようになり、力をもつ占い師達を要職に就かせる事となった。
しだいに権力を持つようになった占い師と、急速に発展した占術は、当時の王権制度を廃止に追い込み、占術の力を持つものが国を支配するようになった。マグダラ大陸に存在する、7つの国々の起源である。
――
そのマグダラ大陸に存在する小国、メルクリウス王国で、ある儀式が行われようとしていた。
「おい!さっさと歩け!」
広い大聖堂の入口から、手枷と足枷をつけられた人々が入ってきた。その8人ほどの男女は、ふらふらとした足取りで、俯きながら歩いている。ただ、各人の足枷が一本の鎖で繋がれているため、体格の異なる女性は歩幅が合わずに歩きにくそうだ。そのうち一人が転び、連鎖的に数人が一斉にその場に倒れた。
「何している!?おい!お前、早く立ち上がれ!」
「きゃあ!」
繋がれた手枷のせいでうまく立ち上がれない少女を、一人の 騎士が槍の柄で叩く。ドカッと鈍い音を出して、少女が肩から崩れ落ちた。
「やめろ!!」
「なんだと?!」
その女の後ろに並んでいた黒髪の少年は、乱暴を振るう騎士を静止したかと思うと、ゆっくり立ち上がり、手枷をはめたままの手を倒れた少女に差し伸べた。
「ゆっくり立ち上がればいいさ。」
「あ、ありがとう…。」
「無視をするな!お前、名前は何という?」
少年の静止をうけた騎士は、今度は刃の方を少年の首に向け、怒鳴り散らす。
「俺の名前はヴィルヘルムだ。俺に名前を聞いて何か今があるのか?」
刃を向けられた黒髪の少年は、長く伸びた前髪から覗く、意思の強い瞳で、まっすぐと騎士を見返した。
「あぁ、特にはないさ。これからお前達は儀式の供物にされるんだからな。だがな…」
騎士は唇の端を吊り上げ、にやにやしながら一番近くにいた騎士を呼び、何かを耳打ちした。その間、少年の首には槍の刃が向けられたままだ。
耳打ちされた騎士は聖堂の奥へと向かった。
その聖堂の一番奥の壁に設えられている豪華な玉座には、年若い青年が座っていた。騎士は、その青年に向かって、うやうやしく跪きながら、何かを話していた。
その青年は、これからこの国の王になる予定の、アレキサンダー王子である。
枷で繋がれた8人は、騎士達に小突かれながら王子の前に跪かせられた。そして、先ほど騎士に噛み付いた少年に向かって、王子が声をかける。
「ほう…お前、ヴィルヘルムと申す者よ。儀式の最初の犠牲者となりたいと申すか?」
「いいよ。順番なんて関係ないさ。どうせ俺たちは殺されるんだろ。」
「どうだろうか。お前たちはメルクリウスの歴史の中で、初めての供物だ。どうなるかは、誰にもわからない。」
「オラクル・メソッドの供物は、その国を象徴する、栄誉あるものでなければならないはずだ。こんな事、精霊たちは許さないさ。」
「わかっているではないか。」
王子はニヤニヤしながら玉座の肘かけに肘をついて顎を乗せ、ヴィルヘルムを見おろす。
「先代も先先代も、供物は金や財宝だった。それがこの金融と商売の国メルクリウスが誇れるものだからな。だが…俺は最強の精霊が欲しい。」
アレクサンダー王子は玉座から立ち上がり、ゆっくりと歩いてくる。近くにいた騎士から槍を奪い、跪いているヴィルヘルムの顎を、その刃先でくぃっと上に持ち上げた。
「俺は考えた。人間の魂を供物にするとどうなるのかと。」
「下衆の考えることだな。」
「はっ!古代書には、かつて奴隷を供物として『死神』が顕現した、と言う記述がある。正当な供物さ。奴隷制度はなくなったが…犯罪者なら、良いだろう?」
「俺は犯罪者じゃない!」
「だまれ。ここにつながれていることこそが犯罪者の証だ。」
王子はそう言って、槍の刃先を顎から外した後、柄のおしりで、ゴッと音がなるほどヴィルヘルムの頭を殴った。
「ぐぅ…!」
ヴィルヘルムはそのまま地面に顔を打ち、突っ伏した。
ヴィルヘルムがさっき助けた少女が、横で悲鳴を上げる。
「やめて!」
「お前もうるさいな。一緒に供物となるか?」
「あなたが統治する国なんてすぐにつぶれるわ!彼も私も、犯罪者と言われる所以はないもの!」
少女は、銀色に近い白髪の長い髪の中から、まっすぐに王子を見つめる。何者にも屈しないような青い瞳に、王子は少し苛立ちを覚える。
「犬がギャンギャンとうるさいな。もういい、オラクル・メソッドを始めろ。こいつが失敗したら、次はお前だ、女よ。」
王子が槍を騎士に返しながら玉座に戻り、オラクル・メソッドの開始を宣言した。そのとたん、神官や騎士たちは慌ただしく準備を始める。
大聖堂の中央には、円形の祭壇があり、その床には古代から受け継がれている魔法陣が描かれている。
騎士たちは犯罪者をつないでいた鎖を解き放ち、ヴィルヘルムの首根っこをつかんで、「さっさと立て」と言って祭壇の中央に立たせた。
「これより、タロットの精霊を召喚する儀式、オラクル・メソッドを執り行なう!我が国はメルクリウス!我が名はメルクリウスの王、アレキサンダー!供物はここにいる人間の魂、ヴィルヘルム!我が呼び声と供物に応え、顕現するのだ!新たな歴史を刻む、タロットの精霊よ!」
アレキサンダーが声高らかに宣言すると、大聖堂の天井から光が降ってきた。ヴィルヘルムは、くそっと思いながら祭壇に立って、光が降ってくる天井を見上げた。
光はゆっくりとヴィルヘルムの頭上まで伸び、ヴィルヘルムは光に包まれる。
(俺の人生は短かったな…。)
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