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◇ ◇ ◇
椿さんと出会ってから、三週間ほどが経過しました。
ようやく、この異世界とも名付けたい地域の全容が掴めてきました。
ここは砂漠の上にぽつんと置かれた建造物で、砂嵐に耐えられるだけの耐久性はあるようです。また、似たような建物や、椿さんと似た境遇の子が、点在しているのだとも説明されました。
この建物は、上空に浮かぶ雲によって固定されているのだと説明され、私は目を落とす勢いで驚きました。そのような空想的な建造物、にわかには信じられません。
ただ、事実としてそれらしい物がこうして存在しているので、半信半疑といった心持ちでいました。
それから食糧事情ですが、どうやら一週間に一度、雑多な食糧を運搬してくれる「緑さん」という存在がいるようでした。
自衛隊のようなものらしいですが、詳細は私も椿さんもわかりません。
それと、緑さんと私が接触するわけにはいきませんでした。
なぜかと言うと、二十歳を過ぎた者が緑さんに見つかると、即座に捕縛されてしまうからです。
椿さんの話によると、一度捕縛された者は、もう二度とここへは帰って来られないそうです。どこかへ連れて行かれるらしいのですが、詳細は不明で。
一聴ではおどろおどろしく聞こえますが、これは単に、私達が行き先を知らないだけだからなのかもしれません。
案外、連れて行かれた大人達は、安住の地で平穏な日々を送っている可能性も……。
「新海先生、今日緑さんが来る日ですよ?」
「あ、もうそんな日ですか……」
「さっきカンカンが鳴ったもの。ほらほら、早くこの竹筒を持って」
「はぁ」
私は、椿さんから先生と呼ばれていました。
元々、この砂の世界へやってくる前、私は国語の教師をしていたものですから、ここ数週間詳しい身の上話を語る際に、自分が教師である事をうっかり話してしまったのです。
すると、椿さんは幼い少女ですから、先生先生と呼びたいらしく。
私は私で、先生と呼ばれる事に違和感がまるでないので、そのままほったらかしにしていた次第です。
竹筒を手に持たされたのは、これが三回目でした。
直径五センチに満たない、底から先までが文字通り筒抜けになっている代物です。
食糧が運ばれる日には、これが欠かせません。
緑さんは、食糧を建物に届けると、そのまま建物の内部を隈なく捜査します。
建物の内部に高校生以上と思われる見た目の若者が居ると、その人物に何か検査のようなものを行ないます。その結果、二十歳だとわかると、捕縛・連行するとの事でした。
私は、竹筒を片手に、急いで建物の外へ出ていきました。
また狭い出入り口を通り、砂の風が吹きつける外を歩きます。
建物のそばにある、こんもりとした砂山に自分の身をうずめました。
身体中が砂で覆われ、綺麗に隠れきりました。
そこから顔だけを出して、しばらく私は待機していました。
私が寝ている間に、カンカンが鳴ったので、間もなく緑さんがやってくるようです。
カンカンというのは、私がこの世界へやってきた時初めて耳にした、あの金属音の俗称の事でした。
あの建物の出っ張りは言わば物見やぐらのようなもので、緑さんの訪問の他、大型の砂嵐接近や台風接近に伴う注意喚起を知らせる役目があるとの事で。
大きなトラックに乗ってきた緑さんは、椿さんと変わらない程度の身長でした。
見た目からして子供のようでした。
私は、見つからないよう顔も全て砂の中にうずめました。
完全に砂の中へ入ってしまうと、窒息や酸欠状態を招くため、口に当てた竹筒をそこから出して呼吸するのです。
まるで創作に出てくる忍者の水遁の術を模したかのようです。
ただ一点注意したいのは、これが水遁の術よりもかなりたちが悪い点でした。
この辺りは不規則に砂の風が強まるため、場合によっては竹筒からたくさん砂が入ってきてしまうのです。
そうなってしまうと最悪で、私の口内や舌は砂粒まみれになります。
むせると緑さんにバレてしまう恐れがあるので、基本的には小さく、丁寧に呼吸する必要がある。
私はもうこれで三回目ですので、だいぶコツを掴んでおり、今回も緑さんに見つかるような事はありませんでした。
しばらくすると、緑さんが食糧と家宅捜査を終え、建物から離れていきました。
彼らのトラックが離れた事をひっそりと確認し、私は砂山から出ていきました。
毎度毎度、一張羅が砂で台無しになりますが、もうこれで三回目ですので、苦虫を嚙み潰したような顔も、もうこれで三回目ですね。ええ、もう何も言いません。