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【改稿版】僕は最強者である事に無自覚のまま、異世界をうろうろする  作者: 風の吹くまま気の向くまま
Ⅴ. 正義の意味
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98. 葛藤


第035日―10



再びメイの転移の魔法で神殿に戻って来ると、皆がナイアさんの無事を喜んだ。

(ちな)みにあの巨大なクラーケンは、ナイアさんの新しい使い魔の一体として、今は彼女のタリスマンの中に収容されている。

アレル達とナイアさんは、今後もお互い連絡を取り合いながら、魔王討伐を目指す事を再確認し合っていた。

彼等は今夜はここで野営し、明日また北方へとそれぞれ旅立つという事であった。


「さて、私はそろそろ帝城へ帰るとしよう。カケル、すまぬが私だけ先に転移させてくれぬか? そなたらはメイをハーミルの家に送って、(あと)から来ると良い。帝城で落ち合った後、父上の軍営へは一緒に戻るとしよう」


僕は(うなず)きを返してから、帝城の皇帝ガイウスの居室へと転移の扉を開いた。

ノルン様がその黒い穴をくぐって行ったのを確認した後、僕、ハーミル、ジュノ、そしてメイの四人は、神殿に設置されている転移の魔法陣へと向かった。

そして正規の手順で、帝城へと転移した。



夜も更けてきた頃、僕達はハーミルの家に到着した。

彼女の家には、彼女の父、キースの介護を担当する年配の女性がいた。

彼女はハーミルの突然の帰還に驚いたような顔をした。


「お嬢様、陛下の親征に従軍されていらっしゃったのでは?」

「オルダさん、ご苦労様。ちょっと陛下の密命を受けて、色々動いているところなのよ。またすぐ陛下の所に戻るわ」


ハーミルは笑顔で、自分達の突然の帰還について、そう説明した。


「そうそう、知り合いの女の子を預かる事になったから、宜しくね」

「アルです。宜しくお願いします」


メイは事前に打ち合わせておいた偽名――アル――を名乗った。

メイの顔を知っている者は限られている。

当然、オルダさんはメイの顔を知らないはずだ。

今、メイは白髪を隠す意味もあって、目深(まぶか)にローブのフードを(かぶ)っていた。

念には念を入れて、今夜中に、髪も黒く染める事にしていた。


家の中に入ったハーミルは、いつもの通り、早速、病床の父の所へ向かった。

僕達も(あと)に続いた。

ハーミルが父の手を握り、いつものように話しかけ始めた時、僕は隣に立つメイの様子がおかしい事に気が付いた。

彼女はハーミルの父親、キースさんを凝視したまま、固まっていた。


「どうしたの?」


僕の問い掛けに、メイは一瞬ぴくっと肩を振るわせた後、ぎこちない笑顔を返してきた。


「ううん。なんでもない。ちょっと今日は疲れたな~って」




キースを目にしたメイは、心臓が口から飛び出そうになる位驚いた。

彼の身体からは、その身を冒す呪詛の魔力が立ち(のぼ)っていた。

そしてメイはその呪詛が、他の誰でも無い、彼女自身が構築した術式である事を、一瞬にして判別出来てしまっていた。


2年前(第26話)、メイは宗廟の予備調査に訪れていた。

宗廟はメイが到着した際、固く封印が施されていたけれど、彼女の強大な魔力であっさり解除することが出来た。

内部に入り、祭壇を調べていた時、自分の行動を物陰から伺う一人の少女の存在に気が付いた。


帝国の関係者かもしれない。


そう考えたメイは、直ちに相手に対し、強力な魔法で攻撃した。

少女はそれを(かわ)すと、反撃すること無く、宗廟の外へと逃げ去ろうとした。


予備調査は可能な限り隠密裏に勧めたい。


そう考えたメイは、宗廟の外に逃れた少女を追いかけて、口封じのための呪詛を投げかけた。

しかし呪詛は少女では無く、その少女を(かば)うように乱入してきた壮年の男性に命中した。

男性は苦悶の声を上げながら(うずくま)り、少女が男性に駆け寄り狼狽している。

さらに追い打ちをかけようとしたメイは、壮年の男性の同行者であったナイアの反撃を受けた。

まだ勇者の試練を乗り越えていなかったナイアではあったが、メイは圧倒され、結局逃げ去るしかなかった。


今考えると、あの少女はハーミルだったのであろう。

そしてあの時、自分の呪詛をまともにその身に浴びたのが、今目の前にいる彼女の父、キースであったらしい。

あれから2年、彼女の父が、ずっと自分の放った呪詛に苦しめられてきたかと思うと、今更ながら胸が痛んだ。

メイ自身は、一旦相手に浴びせた呪詛を解く(すべ)を会得していなかった。

しかし呪詛は、その術式さえ分かれば、高度な神聖魔法の使い手ならば解呪できる場合がある。

自分が呪詛の術式を、高度な神聖魔法の使い手に教えれば、キースを呪縛から解き放てるかもしれない。

だが同時に、それをこの場でハーミルやカケル達に告げる勇気も沸かなかった。

特にカケルは、自分がキースに呪詛を浴びせたと知れば、幻滅してしまうかもしれない。

正直、ハーミルに嫌われても仕方無いと諦めはつくけれど、カケルにだけは良く思われたい。


どうしよう?


メイが一人、心の中で葛藤している内に、ハーミルの、父への“報告”が終了した。




「じゃあオルダさん、(あと)は宜しくお願いしますね」


ハーミルが年配の女性に頭を下げ、僕達は彼女の父の部屋を出た。

彼女は家の中を簡単に紹介しながら、メイを僕の部屋からも程近い、一つの部屋へと案内した。


「じゃあ、メイの部屋はここね。部屋の中の家具、適当に使っていいから。私達が帰って来るまでは、家の中で大人しくしているのよ?」


ハーミルは屈託のない笑顔をメイに向けたけれど、メイは何故か目を逸らしている。

ハーミルが不思議そうに問い掛けた。


「どうしたの?」

「……なんでもない。ありがとう」


ハーミルはメイの様子に少し首を傾げていたけれど、すぐに僕達に向き直った。


「さあって、それじゃあ急いで帝城のノルンと合流しようか」


僕はハーミルに(うなず)きを返してから、メイに声を掛けた。


「メイ、じゃあ行って来るよ。時々は転移で戻って来られると思うし、もし何か他に必要な物とか有ったら、その時教えてね」


そしてそのままハーミル、ジュノと一緒に部屋を後にしようとして……


メイが僕の服の裾を引っ張ってきた。


「カケル、ちょっと……」


メイはそのまま僕を部屋の外へと連れ出そうとした。

しかしハーミルが、僕達の様子を見(とが)めた。


「なになに? 内緒話は感心しないな~」


メイがハーミルに声を掛けた。


「ハーミル、安心して。抜け駆けしようとしているわけじゃないから。ちょっとここで待っていて」

「な、ななな何言っているの!? ぬ、抜け駆けって、そんな事、私が心配するわけないでしょ!」


ハーミルが耳まで真っ赤にして狼狽し、ジュノが呆れたような顔をする中、メイは僕を廊下に連れ出した。


「どうしたの? 急に」


僕の言葉に、メイがいつになく真剣な面持ちで切り出した。


「ノルンにもう一度二人きりで会いたいの。それも出来るだけ早く」


そう言えば、ノルン様はメイにとって、実の姉に当たる存在だ。

さっきの神殿でも二人で話していたけれど、今後の事で相談し忘れていた事でもあったのだろう。


そう考えた僕は、笑顔で言葉を返した。


「丁度今からお会いするし、出来るだけ早く、ここへ来て下さるようお伝えするよ」

「カケル、ありがとう。それと……私がこんな事頼んだの、他の誰にも話さないで。ノルンにも口止めしておいて欲しいの」

「安心して。ハーミル含めて誰にも話さないから。それとノルン様は口止めしなくても、メイの事を勝手に誰かに伝えたりはしないと思うよ」

「だからその……ハーミルとかにも……だって、幼馴染同士だし、ついつい口が滑るかもしれないから……」


ん?

何だろう?

妙にハーミルを気にしているけれど?


僕は出来るだけ優しく語り掛けた。


「分かった。ノルン様にもちゃんと念押ししておくよ」

「ありがとう」


ホッとした感じのメイの顔に、ようやく笑顔が戻った。




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