表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【改稿版】僕は最強者である事に無自覚のまま、異世界をうろうろする  作者: 風の吹くまま気の向くまま
Ⅳ. すれ違う想い
83/239

83. 相殺


第033日―3



ボレアの城壁の上に無表情で(たたず)む【彼女】に向かって、周囲から矢が斉射された。

攻撃したのは、ボレア獣王国の兵士達。

しかしそれらは全て、【彼女】の展開する不可視の壁に弾かれてしまった。

【彼女】はそんな周囲からの攻撃には目もくれず、右手を振り上げると、手刀のように振り下ろした。

その手から放たれた不可視の斬撃が、一瞬の後に、ボレア郊外に陣する帝国軍の軍営の一角に襲い掛かるのが“視えた”。

地面が(えぐ)られ、兵士達が吹き飛ばされる。

これはもしや、霊力による攻撃!?


僕は思わず叫んでいた。


「【彼女】がボレアの城壁からこちらを攻撃してきています!」


近くに立つ皇帝ガイウス以下、周囲の人々の顔が一斉に強張(こわば)った。

僕は皇帝ガイウスに駆け寄り、小声で話しかけた。


「ボレア獣王国側の兵士も、【彼女】を攻撃しています。この攻撃は【彼女】単独によるものです。僕に任せてくれませんか?」


皇帝ガイウスがそっと囁き返してきた。


「カケルの話していた【彼女】なれば、我等の攻撃は通用するまい。そなたに任せようぞ」


僕は皇帝ガイウスに一礼すると、駆け出そうとした。

しかしその腕をハーミルに(つか)まれた。


「待って! 私も一緒に」

「ハーミル、【彼女】は霊力を使用している。僕でないと、多分止められない。ハーミルはここで、陛下やノルン様達を守ってくれ」

「でもっ!」


僕は、まだ何か言いたげな彼女の手を優しく自分の腕から外すと、手にしていたレルムスのローブを羽織った。

これでハーミルを含め、周囲の人々の目からは、僕の姿が忽然と消えたように見えるはず。

そのまま少し離れた幕舎の影、皆から死角になる位置まで移動してから、光球を顕現した。

膨大な量の霊力が全身を満たし、感覚が信じられない位研ぎ澄まされていく。

その時、再び【彼女】がこちらに向けて、霊力の斬撃を放つのが“視えた”。

僕にはそれがどこに“着弾”するのか瞬時に理解出来た。

だから僕は、その斬撃がこちらに届く寸前、陣営の前方に霊力の盾を展開してその相殺を試みた。

【彼女】の放った斬撃は、僕が展開した霊力の盾に衝突すると、虹の(きら)めきを残して霧散した。

その後も【彼女】は次々と霊力の斬撃を放ち続け、そのことごとくを、僕は相殺していった。

霊力は見えずとも、相殺した時に生じる虹の煌めきは人々の目に映るらしく、皆が口々に立ち騒ぐのが聞こえてくる。

一方、【彼女】の方はいくら相殺しても、まるで自動人形のように、一定の間隔で霊力の斬撃を放ち続けている。


このままだと(らち)が明かないな……


そう判断した僕は、霊力を展開し、一気に【彼女】のすぐ傍へと転移した。

そしてまさに振り下ろされようとしていた【彼女】の右腕を掴み、抑え込もうとした。


その瞬間、何かが猛烈な勢いで僕の中に流れ込んできた……


……

…………

僕は空中に浮遊した状態で、巨大なドーム状の構造物の中にいた。

眼下には、人の背丈ほどもある数十個程の半透明な容器が、所狭しと並べられていた。

ここは僕にとって、初めての場所。

しかしここがどこで、何をする場所なのか、瞬時に理解出来ていた。

北方の氷に閉ざされた魔王の領域の一角、魔族最高の魔導士との呼び名も高い、ナブーの研究施設。

ナブーはこの施設で、霊晶石を核としたホムンクルス作出の実験を繰り返していた。

彼の忌まわしき実験は、数万体以上の失敗作の犠牲の果てに、ついに【彼女】を生み出した。

【彼女】は限定的ではあるものの、霊力を展開し、操って見せた。

【彼女】に与えられた初めての任務は、数千人の人々が平和に暮らす街の完全破壊であった……

…………

……


気が付くと、僕はまだ【彼女】の右腕を掴んでいた。

どうやら時間にしてコンマゼロ秒の間、僕の意識は、【彼女】の過去を覗いていたようだ。

【彼女】がゆっくりと、僕の方に顔を向けてきた。

そこには、“戸惑い”と呼ぶべき感情が浮かんでいるように見えた。

僕は思わず、【彼女】に問い掛けた。


「……君は一体?」

「キミハイッタイ?」


奇妙な事に、【彼女】は僕の言葉をオウム返ししてきた。

そして唐突に、僕に掴まれていない方の手、つまり左手を自身の額に押し当てた。

その刹那、僕は持てる霊力を全開して【彼女】を締め上げた。

意識を失い崩れ落ちた【彼女】を抱きかかえたまま、僕はその場から転移した。



――◇―――◇―――◇――



「大変です! あの少女が突然現れて、城壁の上から一方的に帝国軍への攻撃を開始しました!」


駆けこんできた伝令からの知らせに、王宮内で今後について、忙しく指示を出していたゲシラムの表情が凍りついた。


「何!? まさか、あのナブーも一緒か?」

「いえ、報告ではあの時の少女だけです。しかしやはり我々の攻撃では、少女を止められません」


これはまずい。

帝国側から見れば、和平交渉中に、突然奇襲をかけられたと誤解するかもしれない。

帝国側がこれをボレアの裏切りとみなせば、帝国軍の総攻撃により、ボレアは滅ぼされるだろう。


「すぐに帝国側に軍使を派遣せよ」


そう命じたものの、ゲシラムはいても立ってもおられず、自らも状況確認のため、配下と共に、少女が現れたという城壁に向けて馬を走らせた。

ゲシラムが報告のあった場所に到着すると、確かに城壁の上にあの時の少女がいた。

兵士達が矢を斉射し続けているが、全て少女の周囲の不可視の壁に弾かれている。

だが、肝心の少女の様子が少しおかしい。

少女は右手を振り上げているが、その姿勢のまま壊れたゼンマイ仕掛けの人形のように揺れている。

やがて自分の額に左手を当てたかと思うと、ガックリと脱力したようになった。

どう見ても気を失っているように見える少女は、しかし地面に崩れ落ちる事無く、不自然な姿勢のまま、やがて淡く発光したかと思うと、溶けるように消え去った。



――◇―――◇―――◇――



眩暈(めまい)に似た感覚と共に、周囲の景色がグニャリと歪み、突然切り替わった。

懐かしい、薬草を煮込んだような独特の匂いが鼻孔をくすぐる。

狙い通りの転移に成功した事を確信した僕は、ほっと一息つき、腕の中の【彼女】をそっと床に下ろした。

ここはアルザスにあるイクタスさんの“魔法屋”のはず。


【彼女】が自身の額に左手を押し当てた時、僕は異常な霊力の流れを感知した。

そのまま【彼女】に霊力を使用させれば、何か良くない事が起こる。

そう感じた僕は、咄嗟に霊力で【彼女】を失神させ、霊力関係に詳しそうなイクタスさんのアドバイスを受けようと、ここへ転移してきたのだ。


「イクタスさ~ん、いませんか?」


……返事がない。

少し逡巡した後、僕は霊力で建物内を探ってみた。

建物内にはイクタスさんの姿は無かった。

どこかへまた出掛けているのかもしれない。


「どうしよう……?」


イクタスさんの帰りをこのまま待とうか?

しかしボレアと帝国軍の事も気になる。

余りここで時間を浪費する事は、得策では無さそうだ。

少し考えた後、僕はレルムスのローブを脱いで、まだ意識の戻らない【彼女】をそれで包み込んだ。

そして再び彼女を抱えると、霊力を展開して転移を行った。



次の転移先は、ボレア郊外の帝国軍軍営内、自分とハーミル、ジュノ達に与えられた幕舎の中であった。

幕舎の中には、ハーミルとジュノの姿があった。

ジュノが驚いたような声を上げた。


「お前、今、いきなり現れたよな!?」

「ごめん、ちょっと色々事情があって、転移してきたところなんだ」

「転移!? 魔法陣も無しにか?」

「う~ん、その辺はまた今度ゆっくり説明するよ。それより、ボレアからの攻撃は?」


ハーミルが口を開いた。


「カケルが消えてすぐ、ボレアからの攻撃は止まったんだけど……」


ジュノに比べて、ハーミルは明らかに不機嫌そうな雰囲気だった。

恐らく僕一人で【彼女】の対処をしに行った事に、納得していないのだろう。

それはともかく、僕は二人に告げた。


「実は、攻撃してきていた当人を連れて来た」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ