8.相談
第002日―1
翌朝、朝食を済ませた僕達は、そのまますぐに宿を出発した。
ちなみにメイには貫頭衣を着せ、僕はメイが夜、寝る時に着ていた布の服を身に着けている。
とりあえず、お使いクエスト達成の報酬を受け取ったら、メイに服を買ってあげよう。
メイは女の子だし、しばらく一緒に行動するとしたら、いつまでもボロ布を巻いたような貫頭衣が一張羅って状態は、さすがに可哀想だ。
今日も朝から良い天気だ。
朝の涼しい風に吹かれながら、二人で他愛もないお喋りを楽しみつつ歩いて行く事、約3時間。
昨日と違って、特に何か起こる事も無く、昼前にはアルザスの街に無事帰り着く事が出来た。
街に戻って来た僕達は、そのまま冒険者ギルドへと直行した。
「おかえり~、カケル君、メイちゃん」
「ミーシアさん、こんにちは」
冒険者ギルドの1階中央カウンターに座るミーシアさんが、笑顔で僕等を出迎えてくれた。
「どう? 無事、依頼はこなせた?」
「はい。おかげさまで」
僕は、昨日花瓶を届けた先のラビンさんから、花瓶と引き換えに受け取っていた受領証をミーシアさんに手渡した。
「うんうん、確かに。じゃあこれが依頼達成証明書よ。あっちの換金所に持って行って、報酬受け取ってね」
「ありがとうございます」
ミーシアさんから依頼達成証明書を受け取った僕は、改めてミーシアさんに話しかけた。
「少し相談したい事があるんですが……」
「あら、何かしら?」
「メイ、この貫頭衣みたいなのしか服を持っていないんですよ。なので、替えの服を買ってあげたいんですが、安くてお勧めの服屋さんとかご存知無いですか?」
「そうね……」
ミーシアさんは、少しの間考える素振りを見せた後、言葉を続けた。
「じゃあ、もうすぐお昼休みだし、近所の服屋さん、一緒に案内してあげようか?」
「えっ? そんなの悪いですよ。ミーシアさんのお昼休み、潰してしまうのは申し訳ないです」
「いいのいいの、お昼休み結構長いし、ご飯ゆっくり食べても服屋ぐらい案内出来るわよ?」
よく考えれば、女性の服なんか選んだこと無いし、ミーシアさんに案内してもらえるのなら、正直助かるところではある。
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらって。代わりにお昼御馳走させてもらいますよ」
「気にしなくていいわよ。報酬銅貨80枚でしょ。メイちゃんの服を買って、私にお昼御馳走しちゃったら、今夜の宿代足りなくなるかもよ?」
宿代……
レイアム村で、僕とメイ、二人で銅貨30枚とか40枚だった。
この街はレイアム村より賑やかだし、宿代も当然もう少しかかるだろう。
となれば、お昼ご飯を食べて、メイの服を買えば、このままでは確実に今夜の宿代は予算オーバーって事になるだろうけれど……
「まあ、午後、簡単な依頼をこなそうかなと思っていましたし。多分大丈夫です」
うん。
完全に自転車操業だけど、仕方ない。
「ふふ、ありがとう。じゃあ、ちょっとその辺で時間潰しして、待っていてね」
一旦カウンターの前を離れた僕とメイは、換金所で銅貨80枚を手に入れた後、掲示板を眺めながらミーシアさんの仕事が終わるのを待つ事にした。
掲示板には、様々な依頼が貼り出されていた。
届け物系、探し物系、モンスターや山賊の討伐系……
ざっと見た感じだけど、やはりというべきか、何かの討伐系の方が、他の依頼よりも高報酬の傾向があるようだ。
今の自転車操業状態から卒業して、アレル達に借りたお金を出来るだけ早く返すためにも、高報酬の依頼は魅力的だけど……
僕は改めて、モンスター討伐系に絞って、依頼を確認してみた。
順番に見ていくと、どうやら今出されている依頼の中で、最も報酬が安い討伐系は、『ミドリカブト10匹討伐で銀貨1枚』のようであった。
確か銀貨1枚は、銅貨100枚と等価だったはず。
ミドリカブトがどんなモンスターかは分からないけれど、1匹あたり、銅貨10枚――バルサムのシチュー煮込みよりちょっと高い位――のモンスターなら、僕でもなんとかなりそうな気がしないでもない。
他の討伐系は……
ん?
『グレートボア5匹討伐で銀貨20枚』?
確か、ボアって、イノシシの事じゃ無かったっけ?
この世界で最初に目が覚めた直後、襲い掛かってきたあの巨大イノシシの姿が、僕の脳裏を過った。
思わず身震いしてしまったのとほとんど同時に、背後から声を掛けられた。
「あらあら、討伐系が気になるみたいね。でもグレートボアを狩るのは、それなりに経験を積んでからでないと難しいかも」
「ミーシアさん!」
振り向くと、私服に着替えたミーシアさんが後ろに立っていた。
制服の時とはまた違う、清楚で柔らかな感じに、少しどぎまぎしてしまう。
「どっちにしても、討伐系は武器や防具揃ってからにした方が無難よ? 依頼だったら、後でまた良さそうなの、一緒に探してあげるわ。さ、お昼行きましょ」
ミーシアさんに連れられて向かった先は、あの『バルサムの力車亭』であった。
昨日と同じ、猫耳のウエイトレスが注文を取りに来た。
「ここはバルサムのシチュー煮込みがおいしいのよ」
「実は昨日のお昼は、ここでそれ食べました」
「そうだったのね。じゃあ、違うのにしましょうか。苦手な食材とかあるかしら?」
三人で食べる食事は、昨日の一人で食べたときよりも遥かに美味しく感じられた。
「そうそう、メイちゃん、尋ね人、後、犯罪者リストにも無かったわ」
尋ね人はともかく、犯罪者リストに掲載されていなかったのは、ひとまず安心材料と言えるだろう。
だけど、本当に彼女は何者なんだろうか?
ミーシアさんが、メイに視線を向けながら教えてくれた。
「彼女の着ている貫頭衣の素材。これは北方でよく採れる植物を利用して編まれているわ」
「わかるんですか?」
「ふふっ。伊達にギルドの受付、何十年もやってないわよ?」
何十年?
ミーシアさんは見た目20代半ばにしか見えないけれど……
そんな事を考えていると、悪戯っぽい表情を浮かべたミーシアさんが、軽く小突いて来た。
「こらっ! 今“ミーシアさんっていくつなんですか?”って顔に書いてあったわよ?」
ミーシアさん、読心術とかお持ちじゃないですよね?
それはともかく、彼女はエルフだし、本当に、実年齢と見た目が相関していないのかも。
僕は改めて聞いてみた。
「それじゃあ、彼女は北方出身って事ですか?」
「そうね……身に着けている素材だけだと断言出来ないけれど、関係は有るかもしれないわね。まあ実際、彼女がどこの誰かは、彼女の記憶が戻るまでお預けね」
「そう言えば、昨日、選定の神殿で出会ったアレルさんの仲間のお一人が、メイから魔族のにおいがする、とか言っていましたけど……もしかして、魔族に記憶を封じられた、とかあるんでしょうか?」
一瞬、ミーシアさんの目がキラリと光った気がした。
「魔族か……でも、魔族がわざわざ人間の女の子の記憶を封じたりするかしら?」
メイの話は、メイ自身が関心を示さなかった事もあって、それ以上は進展しなかった。
食後は約束通り、ミーシアさんがメイの服を一緒に選んでくれた。
そしてメイは無事、貫頭衣を卒業する事に成功した。
「銅貨82枚からお昼24枚、服に50枚……残金銅貨8枚」
手元のお金を確認していると、ミーシアさんが心配そうな表情で声を掛けてきた。
「大丈夫? いくらかなら貸そうか?」
「大丈夫ですよ。ご存知の通り、どのみち、午後は依頼をこなすことにしていたので」
まあ、依頼をこなし続けていけば、いつかはこの自転車操業状態から脱出出来るんじゃないかな。
一緒に冒険者ギルドに戻った後、ミーシアが改めて僕がこなせそうな依頼を紹介してくれた。
「これなんかどうかしら? ヒール草50本採取 謝礼:銅貨50枚」
ヒール草?
名前からして、薬草っぽいけれど……
「ヒール草は煎じて体力回復の薬を作る材料になるの。南の門を出てそのまま南下すれば、群生地があったはずよ」
そしてミーシアさんは、ヒール草の特徴についても、現物を見せながら、詳しく説明してくれた。
「ありがとうございます。それでは行ってきます」
「うん。頑張ってね!」
彼女の笑顔に見送られ、僕はメイと一緒に、ヒール草の群生地に向けて出発した。