74. 家族
第025日―2
僕とハーミル、そしてジュノの三人で、海の見えるバルコニーで朝食を食べていると、表に馬車が到着した物音が聞こえてきた。
そしてすぐに、息せき切ったクレア様が、宿舎のメイド達と一緒に、バルコニーにやってきた。
「カケル様! ご無事でしたか!?」
「あ、クレア様、おはようございます。ちょっと寝不足なだけで、怪我は何もしてないので、大丈夫ですよ」
「申し訳ありません。ご招待させて頂いたのに、襲撃者の侵入を許してしまって……なんとお詫びを申し上げれば良いのか……」
今にも泣き出しそうな雰囲気で俯くクレア様に、僕は慌てて言葉を返した。
「やめて下さい、クレア様。多分、僕目当ての襲撃者でしたし、クレア様には、寧ろ僕の方が迷惑かけてしまっているというか」
「そうそう、相手は魔王エンリルの配下だったみたいだし、クレア様が頭下げるのはおかしいって」
僕とハーミルの言葉を受けて、ようやくクレア様は顔を上げてくれた。
因みにジュノは一人、我関せずといった風で、朝食を食べている。
「カケル様、それと残念なお知らせが」
「残念? ですか?」
「帝国の方で何かあったらしく、兄をはじめ、全諸王侯に帝都への参集が命じられました。それと、カケル様とハーミル様にも、すぐ帝都へお戻り頂きたいとの言伝が」
僕とハーミルは、思わず顔を見合わせた。
帝都へ全諸王侯参集とはただ事ではなさそうだ。
「分かりました。直ちに帝都に戻る準備をしますね」
僕はすぐに立ち上がろうとして、ジュノに声をかけた。
「そういう訳だから、僕達はすぐに帝都に戻るけど、ジュノはどうする?」
「オレもお前らと一緒に帝都に戻るぜ」
「じゃあ帝都に戻ったら、ちゃんと治療院行くんだよ?」
「子供ひゃないんひゃはら、心配ふるな」
いや、口一杯にパンを頬張りながらそう言われてもね。
僕は苦笑しながらも、早々に朝食を切り上げると席を立った。
そしてハーミルと共に、各々の部屋に戻り、慌ただしく変える準備に取り掛かった。
――◇―――◇―――◇――
自室に戻ったハーミルは、そっと自分の右耳のピアスに指を添えた。
「何があったの?」
『詳細は不明だが、魔王エンリルが何らかの方法で霊力を使って、ヴィンダの街を壊滅させた』
「霊力は、この世界の住人は使用できないんじゃなかったの?」
『そうだ。しかし、やつは凄まじく知恵の回る男。今回も、実験的な何かを行った可能性がある』
「カケルが襲撃された事と関係は?」
『なんとも言えぬが、このタイミングだ。関係あると考えたほうが自然だろう。カケルは霊力での攻撃を受けたりはしなかったのか?』
「それはまだ聞いていないけど……あとでもっと詳しく聞いておくわ」
『頼む。それとレルムスを帝都に派遣した。彼女が陰ながら貴女とカケルをサポートしてくれるはずだ』
――◇―――◇―――◇――
僕とハーミル、それにジュノが転移の魔法陣を使って帝都に帰って来ると、よく見知った人物が、転移の魔法陣の傍に立っている事に気が付いた。
「ノルン!?」
「ノルン様?」
「カケルにハーミルか。すまぬな。せっかくの休暇を途中で切り上げさせてしまって」
「それはいいけど、どうしてここへ?」
「諸王侯が転移してくるのでな。その出迎えをしておる」
そこまで話した所で、ノルン様が、怪訝そうな視線をジュノに向けた。
「ところで、一緒に転移してきたのは?」
僕はノルン様に、昨晩の襲撃騒ぎについて簡単に説明しつつ、ジュノを紹介した。
僕にとって少し意外なことに、ジュノはノルン様に気づくと、正しい作法に則った臣礼を取った。
普段の傲慢な様子からは想像できないその優雅な所作に、僕はジュノの意外な一面を見た気がした。
一方、僕の話を聞いたノルン様は、酷く驚いた様子で声を上げた。
「なんと! カケルが襲われただと?」
そしてジュノにチラッと視線を向けた後、僕とハーミルに囁いて来た。
「その話、もう少し詳しく教えてくれ」
ノルン様は、僕とハーミルだけを、少し離れた場所に誘った。
「それで、襲撃者の素性は分かったのか?」
「コイトスの衛兵の方々の話では、襲撃者は魔族だったみたいです。それと、少し気になるのは……」
ここで僕は初めて、ノルン様とハーミルに、霊力で攻撃してきた【彼女】について話した。
「霊力で攻撃じゃと? カケルが400年前の世界で出会ったサツキとやらいう守護者と関係が?」
「どうでしょう……? 似た雰囲気はありましたが、少なくとも、顔も感じもサツキとは違いました。あと、サツキほど凄まじい力での攻撃では無かったような……」
サツキが勇者達を攻撃する時見せた力は、もっと圧倒的なものがあった。
おまけに、【彼女】と襲撃者達は、光球を顕現させた僕との交戦をさっさと諦めて引き上げて行った。
「ところで、全諸王侯を招集なさっているとお聞きしましたが、何かあったのですか?」
僕の言葉に、ノルン様は表情を歪ませた。
「ヴィンダの街が一夜にして壊滅したのじゃ。また、帝国内部にも不穏な動きがあってな。父上から、そなたらにご助力を求められるやもしれぬ。しばらくは帝都に留まって貰いたい」
僕達は顔を見合わせ、ノルン様の言葉に頷いた。
ノルン様に別れを告げた僕とハーミルは、ジュノを連れて治療院へ向かった。
「別にオレはもう大丈夫なんだけどな」
「ダメだよ。頭打っていたみたいだし、治療院行くよう言われただろ?」
「なあお前ら、今度いつ冒険に行くんだ?」
「しばらく帝都にいるけど、冒険の依頼は当分受けないかな」
「じゃあ、冒険に出る時は、ちゃんと教えてくれよ?」
「分かったよ。冒険の依頼受ける時は、声かけるよ。僕達はハーミルの家にいるから、宿決まったら知らせに来て」
「お前ら、一緒に住んでいるなんて、もしかして公認の仲なのか?」
「いや、ハーミルはただの……っていてっ!」
僕はいきなり、ジュノから見えない背中をハーミルに叩かれた。
軽くハーミルを睨んだけれど、彼女は気にする風も無く、僕の腕にしがみついてきた。
そしてそれを見せつけるかの如く、ジュノに声を掛けた。
「そうよ~。だからあなたは、お邪魔虫って所は、ちゃんとわきまえておいてね」
僕はハーミルにそっと囁いた。
「こ、こら、そんな事言って、変な噂広がっても知らないよ?」
「あら、私は別に構わないけど……もしかして、カケルは嫌なの?」
悪戯っぽい笑顔を見せるハーミルに、少しどぎまぎしながらも、なんとか彼女を引きはがそうとしたけれど、例によって中々上手くいかない。
そんな僕達の様子を、ジュノはやや呆れ顔で眺めている。
「大通りでいちゃつくなよ。お前ら……みっともないぜ?」
治療院でジュノと別れた僕達は、昼前には、ハーミルの家に帰り着いた。
玄関の扉を開けるとすぐに、ハーミルは父親の部屋に向かった。
僕は彼女が物言わぬ父親の手を握り、コイトスでの休暇を楽し気に語りだすのを確認してから、そっと自室へと戻って行った。
「家族か……」
自室のベッドの上に横たわった僕は、思わず呟いていた。
目を閉じると、両親と妹の姿がありありと脳裏に浮かび上がって来た。
僕はとある事情で、高校進学を機に家族の下を離れ、下宿生活をしていた。
5月の日曜日、二階から一階に下りようとしたところで階段を踏み外したのが、僕にとっての、元の世界での最後の記憶だ。
「みんな、どうしているかな……?」
向こうとこっちの時間の進み方が同じであれば、元の世界では、もう一ヶ月近く、自分は行方不明(?)のはず。
だけど今なら、ハーミルが話していたように、この力を使えば、元の世界に戻れるのではないだろうか?
ちょっと戻って状況確認して、それからまたこちらに来るというのも良いかもしれない。
僕は起き上がると、右腕に嵌めた腕輪に意識を集中しながら目を閉じた、
再び目を開けた僕の傍に、光球が顕現していた。
しかしいざそれに手を伸ばそうとして……
少し躊躇した。
元の世界に戻れたとして、再びこっちへ来る事が出来るのだろうか?
400年前にタイムトラベルした時も、『彼女』がいなければ、簡単には戻って来られなかったかもしれないのだ。
取り敢えず、元の世界への門を開けるかどうかだけでも確認してみよう。
その後の事は、門を開く事が出来てから考えよう。
僕は、あの下宿先の部屋を心に思い浮かべながら、光球に手を伸ばした。
突然、急速に全身の力が抜けて行く感覚に襲われた。
そして僕はそのまま、意識を失ってしまった。




