66. 腕輪
第020日―2
ハーミルがミーシアさんに紹介してもらったという“宝石加工が得意な人”の家は、大通りから少し離れた、一見、古民家風の建物であった。
「お邪魔します」
扉を開け、ハーミルに続いて僕も建物の中に入った。
内部は至ってシンプルな作りであった。
そして入ってすぐの場所に、家主と思われる人物が座っていた。
しかしその人物は灰色のフード付きローブを頭からすっぽり被っており、性別、年齢とも推し量る事は出来なかった。
フードの下から僅かに覗く、その人物の口元が動いた。
『いらっしゃい』
瞬間、僕はその人物の見えないはずの貌と、特徴の感じられないその声とに、何故か懐かしさを覚えた。
まるでどこかで会った事があるような。
そしてその事を決して忘れてはならないと思ってしまうような、不思議な感覚。
ハーミルがその人物に来意を告げた。
「私達、ミーシアさんに紹介されて来たんですが……」
『話は聞いている。さ、かけなさい』
僕達は促されるままに、椅子に腰掛けた。
『では、モノを見せてもらおうか?』
僕はちらりとハーミルの方を見た。
そして彼女が頷くのを確認してから、紫の結晶を懐から取り出し、その人物に手渡した。
その人物は、紫の結晶をまるで慈しむかのように、優しい手つきで確認した。
『珍しい宝石だな』
僕はその人物に言葉を掛けた。
「大切な人から貰った大事な物なんです。加工してもらって、身体に身に着けておけるようにしたいのですが」
『大切な人……では、腕輪にしてやろう。少し時間を貰うが、良いかな?』
「それでお願いします」
紫の結晶を手にしたその人物は、奥の部屋へと引っ込んで行った。
待つ間、僕は改めて室内を見渡してみた。
家具、調度品ともに、この世界では一般的な品々が置かれている。
「ハーミルは来たことあるの?」
「一回だけね。ほら、前にミーシアさんの買い物に付き合った時」
「レルムスみたいに、全身すっぽり隠しているけど、別に怪しい人ってわけじゃないんだよね?」
ハーミルが苦笑した。
「安心して。ああ見えて、案外良い人だから」
まあミーシアさんとハーミルの紹介なら、問題無いだろう。
イクタスさんも、見た目は怪しいけれど良い人だし、相手を見た目で判断してはいけないかも。
待つ事十数分で、その人物が奥の部屋から出てきた。
銀色の腕輪を手にしており、そこにはあの紫の結晶が、綺麗に磨き上げられた状態で嵌め込まれていた。
『どれ、つけてやろう』
そう口にしながら、その人物が僕の右手を取った。
“彼女”の指が触れた瞬間、何かが僕の中を駆け抜けた。
それは暖かくて懐かしくて……まるで……
はっと我に返った時、僕の二の腕には、あの銀色の腕輪が装着されていた。
意外な事に、その色合いに似つかわしくなく、金属のような冷たく硬い感触は伝わってこない。
軽く伸縮自在な不思議な素材で出来ていて、僕の二の腕に柔らかくフィットしている。
それはともかく、これなら、普段は袖の下に隠れていて目立たなさそうだ。
「ありがとうございます」
頭を下げると、その人物の見えざる貌に微笑みが浮かぶのが感じられた。
「あの……お代金は?」
『そうだな……』
その人物は少し考える素振りを見せた後、言葉を続けた。
『それでは金貨を1枚頂いておこう。もし不具合があれば、持ってくると良い。アフターフォローはサービスだ。但し、入り口に空間魔法をかけているから、来る時は、そこのハーミルに頼むと良いぞ』
改めてその人物に感謝の気持ちを伝えた僕は、金貨一枚を払って、ハーミルと共に戸外に出た。
「大切な人……か」
ハーミルが寂し気に、そっと呟くのが聞こえた。
今更ながら、少し気恥しくなった僕は、わざとその呟きを無視して、彼女に声を掛けた。
「さっきの家主さん、なんだか不思議な雰囲気の人だったね」
「世の中、色んな人いるしね。それより、その結晶、前と効果変わったりしてない?」
僕は言われて、紫の結晶が嵌め込まれた腕輪に意識を集中してみた。
全身に霊力が漲るのが感じられる。
「なんか、前よりもスムーズに力が引き出せそうな感じ。やっぱり、腕輪にして肌に直接密着させているからかな?」
「なら良かったじゃない」
「連れて行ってくれてありがとう。そうだ、ハーミルにも昨日の事含めて、何かお礼をしないとね」
「じゃあ、美味しいものでも御馳走してもらおうかな~。 丁度行きたかったお店があるんだ」
「そんなので良ければ。それじゃあ夕ご飯、そこで食べて帰る?」
「それと、毎晩、私が寝付くまで枕元で小噺を……」
「いや、それは却下で」
どんなアラビアンナイトだ。
僕達は軽口を叩きあいながら、街の散策を楽しんだ。
ハーミルお勧めのお店で夕食を済ませて彼女の家に戻って来た時、日は沈み、辺りはすっかり暗くなっていた。
玄関の扉を開けると、ハーミルの父親の介護のため、帝国から派遣されてきている年配の女性が出迎えてくれた。
彼女は僕に、一通の書状を手渡してきた。
差出人は、コイトス王国の王女クレア様であった。
封を切り、内容を確認した僕は、ハーミルに声を掛けた。
「クレア様、明後日のお昼に転移の魔法陣を使ってコイトスに戻られるって。僕達にも一緒に行かないかってお誘い下さっているけれど、どうする?」
「カケルにまかせる」
「じゃあ、一緒に連れて行ってもらって、少し向こうでのんびりしてこようか? 最近、これでもかって位、立て続けに忙しかったし」
ハーミルの顔がぱっと明るくなった。
「そうしよう! 実は私、海って見た事無いんだ。それにカケルと二人っきりで旅行なんて、ちょっと照れるね」
いや、クレア様の招待だから、二人っきりじゃないし。
それにハーミルの性格からして、照れる意味がよく分からない。
しかし無邪気にはしゃいでいるハーミルを見ていると、僕もなんだか一緒に楽しくなってきた。
「そうだ! 明日一日空いているからさ、アルザス行って、簡単な冒険の依頼、受けてみない?」
「うんうん、いいね~。ミーシアさんにも会えるかな?」
話は尽きず、僕がクレア様への返事をしたためて床に就いたのは、日付が変わってからであった。
第021日―1
翌朝、朝食を済ませた僕とハーミルは、転移の魔法陣を使って、帝都からアルザスへと移動した。
僕にとっては、久々の“普通の転移”であった。
僕は右手に持った白銀色のカードをひらひらさせながら、ハーミルに声を掛けた。
「最近、拉致されたり、霊力使ったりの転移ばっかりだったからね~。この転移の魔法陣の無制限使用許可証を使ったの、多分これでまだ二度目だよ」
「でもカケルの力、あんまり人前では使わない方が良いと思うから、これからはその許可証のお世話になる機会も増えて行くんじゃない?」
「そう言えば、ハーミルはアルザス、二年ぶりだったっけ?」
口にしてから少し後悔した。
彼女にとって、父親が半身不随になるきっかけになった二年前のアルザス行は、決して良い思い出ではないはずだ。
しかし彼女はそんな事をおくびにも出さずに、明るく言葉を返してきた。
「ホント、久し振りだけど、あんまり変わってない感じだね~」
彼女は感慨深げに周囲を眺めながら、僕に微笑んできた。
「ほら、そんな所に突っ立ってないで、早く行こ?」
僕達は、連れ立って冒険者ギルドに向かった。
ギルドの建物の中は、以前と変わらずいかにも冒険者然とした人々で賑わっていた。
掲示板を眺めている者、パーティーを組む相手を探す者、あちこちで談笑を交わす者。
「へ~。結構、朝から賑わっているんだ」
「朝だから賑わっているんだと思うよ。依頼って、基本的に早い者勝ちみたいだから」
受付窓口に近付くと、僕達に気付いたらしいミーシアさんが、笑顔で手を振ってきた。




