49. 決意
第016日―11
「カケル! 皆もよくぞ無事で!!」
北の塔最上階では、若干涙ぐんだノルン様が僕達を出迎えてくれた。
しかし皆が改めて無事の帰還を喜び合う中、ハーミルだけが不機嫌そうな顔のまま押し黙っている。
ここへ帰還した瞬間、彼女との意識の繋がりは切れたけれど、彼女が怒っているのは傍目にも明らかだった。
僕がハーミルに掛ける言葉を探そうとするより早く、イクタスさんと一緒に近付いて来たノルン様が、そっと囁いてきた。
「ハーミルは、そなたが守護者と話をすると言い出したあたりから、全く向こうの様子を中継してくれなくなったのだ。何かあったのか?」
「ちょっと怒らせてしまったみたいで……」
そう前置きしてから、僕はサツキとの顛末について、ノルン様とイクタスさんに簡単に説明した。
「嫉妬じゃな」
「嫉妬ですね」
イクタスさんとノルン様が、勝手に何かを納得して頷き合うのを横目に、僕はハーミルに声を掛けた。
「ハーミル、ごめんね」
ハーミルは僕の顔をちらりと見た後、拗ねたようにそっぽを向きながら言葉を返してきた。
「……カケルは、これからどうするつもり?」
「どうするって?」
「だから冒険者を続けるとか、その……剣術教室、とか……」
ハーミルの言葉は、途中から何故かしどろもどろになってしまった。
しかし僕は、彼女の言葉を受けて、改めて自分が何をしたいのか、自身に問い直してみた。
そして……
「僕は、自分に与えられたこの力について、もっときちんと調べてみたい」
僕の答えを聞いたハーミルが、一瞬きょとんとした顔になった。
「まだ全然使いこなせてないけれど、きっと何か理由があって、この力を継承したに違いないと思うから」
僕にこの力を継承させたという守護者は、あの『彼女』で間違いないはずだ。
だけど彼女はいつ、どこで、なぜ僕にこの力を継承させたのだろうか?
使い方によっては、文字通り、神にも悪魔にもなれそうな危険な力。
僕には、この力についてちゃんと知る権利と義務があるはずだ。
そう言えば、僕に力を継承させた後のサツキはどうなったのだろうか?
最初に守護者の話を教えてくれたイクタスさんなら、何か知っているのではないだろうか?
僕はイクタスさんの姿を目で探してみた。
彼は少し向こうで、アレルやナイアさん達と談笑している。
まあ、後で機会を見つけて、ゆっくり聞けばいいかな。
幸い、イクタスさんが住んでいる場所――アルザスの魔法屋――も知っている事だし。
そんな事を考えていると、ハーミルが声を掛けてきた。
「私がそれを手伝うって言ったら……どうする?」
彼女の眼差しは真剣そのものだった。
だから僕も、自分の素直な気持ちを彼女に伝えてみた。
「もちろん、ハーミルが手伝ってくれるなら、大歓迎だよ」
僕の言葉を聞いた彼女は軽く頷くと、やおらノルン様の方に向き直り、臣礼を取った。
いつもと様子の異なるハーミルの行動に、ノルン様が若干戸惑った雰囲気になった。
「ハーミル、これは何事だ!?」
しかし、ハーミルはそんなノルン様を気にする風もなく、言葉を返した。
「私はこれより、カケルの望みを叶えるために、彼の行く所、どこまでも付き従う所存です。つきましては、私が家を空ける際、父を帝国の庇護の下、介護して頂けないでしょうか?」
ハーミルのその唐突な嘆願に虚を突かれた感じだったノルン様は、しかしすぐに、にっこり微笑んだ。
「私とおぬしの仲だ、否は無い。おぬしの父は私の名に懸けて、帝国が責任を持って世話をさせて貰おう。おぬしのその想い、私は応援するぞ」
「え? え?」
突然の展開に、全くついていけない僕が目を白黒させている所へ、ナイアさんがニヤニヤしながら近付いて来た。
「へ~。ハーミルにもようやく春が来たってわけだ。それにしても、こんな男のどこが良いんだろ?」
「ちょ、ちょっと! 何言ってんのよ!?」
「勇者ナイアよ、あまりハーミルをいじめてやるな。ああ見えて、あやつは一途だからな。大方、サツキとやらにあてられたのであろう」
ノルン様が頷きながら、見てきたかのように推測を述べた。
「カケル! この二人は、こうやって昔から話を混ぜっ返すのが大好きだから、話半分に聞いといてね!」
幼馴染の三人の会話を、苦笑交じりに見守っていた僕は、ふと視線を感じてその源を探ってみた。
その視線は、僕から少し離れた場所に、一人でぽつんと立っているメイから向けられているものであった。
心なしか、彼女の表情が硬い。
その表情の硬さの理由、今の僕にはいくつか思い当たる節があるけれど……
僕が努めて明るい雰囲気を作りつつ、メイの方に歩み寄ろうとしたタイミングで、イクタスさんの声が聞こえた。
「さて、そろそろここから移動せぬか?」
イクタスさんは、僕達全員に視線を向けながら言葉を続けた。
「夜も遅い。ここで野営という手もあるが、ここは元々、モンスター達が巣食っていた場所じゃ。どうせなら今夜は帝都に戻って、ゆっくり休んではどうじゃ?」
アレルがイクタスさんに問い掛けた。
「もしかして、イクタス殿がまた転位の魔法でお送り下さるのでしょうか?」
「アレルよ、転位の魔法陣はここには無い。一から構築すると時間もかかる。それよりも……」
そう口にしつつ、イクタスさんが僕の方を見た。
彼の言葉を引き継ぐ形で、ナイアさんが口を開いた。
「そうだねぇ。サツキちゃんだったっけ? カケルはあの女守護者の手を握りしめて、ヴィンダからアルザスまで、一瞬で愛の逃避行しちゃった実績があったねぇ」
「ちょ、ちょっと!?」
慌てて抗議の声を上げようとした僕に、皆の視線が一斉に集まった。
僕はちらっとハーミルの様子を確認してみた。
彼女の視線は氷のように冷たくなっていた。
あれは確実に、ナイアさんの確信犯的な言葉で、余計な事を思い出してしまっている目だ。
僕はナイアさんを軽く睨んでから言葉を返した。
「え~と、出来るかどうか分からないんですが、やるだけやってみますね」
僕は懐に収めてある、あの紫の結晶を握り締めながら、目を瞑って意識を集中した。
すぐに紫の結晶から、膨大な量の霊力が僕に向かって流れ込んでくるのが感じられた。
僕は心の中で、帝都にあるハーミルの家を思い浮かべた。
その瞬間、軽い眩暈のようなものを感じた僕は、慌てて目を開けた。
すると……
「あれ?」
僕だけが、ハーミルの家の前に立っていた。
「す、すみません」
再び霊力による転移で北の塔に戻って来た僕は、皆に頭を下げた。
「今、何が起こったのだ? カケルの姿がぼんやり発光したと思ったら消えて、また現れたが……?」
不思議がるノルン様に、僕は帝都のハーミルの家まで転移して、戻って来た事を説明した。
もしかして、サツキと一緒にアルザス郊外に転移した時と同じで、皆の手を取らないと、一緒には転移出来ないのかもしれない。
そんな事を考えていると、アレルが声を掛けてきた。
「カケル、400年前の世界と行き来したように、帝都まで門を作ったりは出来ないのかな?」
その言葉に頷いた僕は、再び目を閉じた。
そして紫の結晶を握りしめ、今度は意識の底に光球を探してみた。
目を開けると、今度は目の前に光球が顕現していた。
僕はハーミルの家を思い浮かべながら、その光球に右手を伸ばした。
僕の右手が触れた瞬間、光球は一瞬にして、不思議な揺らめきに縁取られた黒い穴へと姿を変えた。
ナイアさんが、不信感丸出しで問い掛けてきた。
「一応確認するけど、穴の向こうが雲の上、とかそういう面白い冗談、今はいらないからね」
「大丈夫だとは思いますけど……なんなら、僕が行って確かめて来ましょうか?」
「わ、私は一緒に行くわ。カケルに付いていくって決めたんだから」
やっぱりハーミルは僕を信じてくれている。
そう思ったけれど、傍に立つ彼女の様子を確認すると、真一文字に口を引き結び、余裕の無い表情をしていた。
僕は思わず苦笑した。
「ハーミル、君もちょっとここで待っていて。確認したらすぐ戻ってくるから」
「大丈夫! 既に覚悟は決まっているわ」
帝都に戻るだけなのに、何の覚悟が必要かは今一つ不明だったけれど、僕はハーミルの手を取り、黒い穴へと足を踏み入れた。




