48. 帰還
第016日―10
アレル、イリア、ウムサ、エリス、ダイスそしてナイアの六人は、ヴィンダの街の領主、ヴェルム公爵の館の一室に居た。
カケルと女守護者がどこかへ消え去った後、6人はお互いの傷を癒して街に戻った。
街では、彼等は大歓迎を受けた。
なにしろ数千の魔物の襲撃を事前に探知し、しかも先頭に立って勇戦したのである。
彼等は今や街の英雄であった。
ナイアは嫌がったものの、ヴェルム公爵からの強い招待を断り切れず、彼等は今夜はここに泊まる事になっていた。
彼等に用意された部屋は館の最上階にあり、窓からはヴィンダの街を見渡すことができた。
外は日が既に沈み、夜の帳が訪れようとしている。
「結局、カケルはあたしらより、あの女守護者を選んだって事だよ」
ナイアが何度目かになるそのセリフを吐き捨てるように口にした。
そんなナイアに、アレルがたしなめるような視線を向けた。
「でも、カケルと守護者が去った直後、僕達の右手の甲も元に戻った。古きドラゴンも審判が終わったって話していたじゃないか。カケルは僕達を助けてくれたんだ」
「審判が終わったって、結局あっちに帰れないんだったら、状況は変わらない。あたしら、あっちの世界では死んだことになるだけさ」
「カケルはヴィンダの街で待っていて欲しいって言ったんだよね? なら、彼はきっと戻ってくる」
「アレル、あんたが良い奴なのは認めるけど、甘いんだよ。あれから半日も経つのに、結局戻ってこないじゃないかい」
ナイアがアレルに突っかかるのを、他の者達は黙って聞いている。
今後が見えない彼等の間に、重苦しい空気が流れ始めた丁度その時、部屋の扉がノックされた。
扉の外には、この館の執事が立っていた。
「失礼します。勇者様のお仲間だと申される方が来られているのですが」
――◇―――◇―――◇――
サツキが去ると同時に、僕の心の中を凄まじい寂寥感が駆け巡った。
ともあれ、このままここに留まっていても、何も始まらない。
霊力を展開した僕は、ヴィンダの街郊外、サツキと出会ったあの場所へと転移した。
ヴィンダの街郊外に戻って来た僕は、アレルやナイアさん達の下へ向かおうとして……
僕は重要な事に気が付いた。
ナイアさんには、ヴィンダの街で待っていて欲しいと告げたけれど、街のどこでって話をする暇も無く、僕は転移してしまった。
つまり彼等が今、街のどこにいるのか分からない。
仕方ない。
彼等は、この街をモンスターの大群から護った勇者の一行だし、街の人に聞けば教えてもらえるかもしれない。
街の入り口、衛兵の詰め所で金色のカードを呈示しながら僕は聞いてみた。
「すみません、アレルさんやナイアさん、それにダイスさんといった勇者の皆さんが今、どこにいるかって分からないでしょうか?」
「勇者様の?」
「そう言えば、こいつの身分証、ダイス以外の勇者様が呈示してきたのと同じ、ナレタニア帝国発行だぞ」
「もしかして、勇者様のお仲間か?」
ここの衛兵達、どうやらアレルやナイアさん達が呈示したであろう身分証の事を覚えていたらしい。
「実は僕だけ所用で出掛けていまして、後から皆と合流する予定だったんです」
「勇者様方は確か……今夜はヴェルム様のお屋敷に逗留なさっているはず。よし、君を連れて行ってあげよう」
「ありがとうございます」
それから30分後、僕は衛兵達が用意してくれた馬車で、ヴェルム公爵の館へと案内された。
応対してくれた執事に一階の応接室に通され、ソファに腰掛けて待っていると、アレルとナイアさんがやって来た。
ナイアさんは開口一番、大きな声を上げた。
「カケル! あんたねぇ……!」
「すみません」
僕は立ち上がり、二人に頭を下げた。
「アレルさん、ナイアさん、遅くなってしまいました」
館の最上階、皆が泊まることになっている部屋へ一緒に戻った後、改めてアレルが僕に話しかけて来た。
「それにしても、カケルが無事で良かったよ。それで……守護者は?」
「彼女は、『彼方の地』に帰りました」
「帰ったって事は、やっぱり審判は終わりなのかな?」
僕は取り敢えず、彼女と話をするためにアルザスの街に行った事、そこで魔族達の儀式の生け贄にされそうになっていた子供達を助けた事等を皆に説明した。
「成程、カケルの方も大変だったんだね」
アレルが僕に掛けてくれた労いの言葉と殆ど同じタイミングで、頭の中にあの銀色のドラゴンの声が響き渡った。
『待て! カケルよ。魔族共が儀式を行っていたのは確かなのか?』
「はい。魔神の贄になれって言われて……」
普通に返事を返そうとして、僕は違和感を覚えた。
あの銀色のドラゴン、当然ながらこの部屋の中にはいないし、屋敷の外でも見かけなかった。
一体、どこから念話で呼びかけてきているのだろうか?
首を捻っていると、僕の様子に気付いたらしいダイスがニヤリと笑った。
「あのじいさんなら、街外れの森の中にいるぜ?」
「念話って、そんな遠くからでも届くんですね……」
感心していると、再びドラゴンからの念話が届いた。
『カケルよ、その時の状況、もう少し詳しく説明せよ』
僕は自分が正体不明の触手に攻撃されて意識を失った事、サツキが僕を助けて、触手を“封印”した事等の詳細について説明した。
『その“サツキ”、とは?』
「あ、あの守護者の事です。彼女を連れて街に入る時、名前が無いと都合が悪かったもので、僕が適当に……」
『守護者に? 人間のように名前を付けたのか? フハ、フハハハ!』
ドラゴンはよほど可笑しかったのか、大笑いをした。
『……すまぬな。我の知る守護者は、感情を持たず、審判を下し続ける装置のような存在。それが名前を得て、街を呑気に歩いておったとは。そのギャップがちと可笑しかった。守護者はよほど汝に心を許したと見える』
僕の脳裏に、楽しそうに街を歩く彼女の姿が浮かび上がって来た。
彼女と過ごしたのは本当に短い時間だったけれど、そんな彼女に、もはや永久に会えないかもしれないという想いは、僕の胸を少しばかり締め付けた。
『しかし、守護者が儀式に介入するとは……守護者は確かにその触手を“封印した”と申したのか? それと……守護者はその……触手に関して何か申してはおらなんだか?』
「サツキにも正体は分からなかったみたいです。とにかく変質させたから大丈夫、と言っていましたが」
『そうか……ところで、その娘の名前はミルムじゃな? よく覚えておこう』
僕達の念話による会話が届いていたらしいナイアさんが、口を挟んできた。
「ドラゴンさん、あんたが話していた禁忌ってのは、もしかして、今のカケルの話と関連しているのかい?」
『人間の勇者よ。我がそれについて語る事は無い。ダイスすら詳しくは知らぬ事項だ』
ナイアさんの視線を受けて、ダイスさんが肩を竦める素振りをした。
「その件は聞かない事になっているんだ。それが契約の条件の一つだからな」
話が一段落した所で、アレルが問い掛けてきた。
「カケル、霊力の算段はついたのかい?」
僕は目を瞑り、意識を集中した。
懐にある、あのサツキから貰った紫の結晶が熱を持ち、そこから僕に霊力が流れ込んでくるのが感じられた。
そして目を開いた僕の眼前に、光球が出現していた。
僕は光球に、元の世界に戻りたいという想いと共に触れてみた。
直後、光球は消滅し、僕の傍らに、揺らめく輪郭を伴う黒い穴が出現した。
一連の成り行きをただ黙って見守っていた皆がどよめいた。
「カケル、これって、あたしらの元の世界に繋がっているって理解でいいのかい?」
僕は頷いた。
「向こう側は、北の塔の最上階のはずです」
言葉を返してから、僕は一応、ハーミルに確認を取るため、心の中で語りかけた。
「そっちにも同じ黒い穴、出現しているよね?」
しかしまだへそを曲げているのか、返事がない。
だけどそれを否定する感情も伝わってこない所を見ると、どうやら元の世界へ繋がる門を開く事に成功したらしい。
「それじゃあ、早速帰りましょう」
僕の言葉を受けて、皆がこの世界の勇者、ダイスさんと別れの挨拶を交わし合った。
「ダイス、色々有り難う。ヴェルム公爵には急な暇乞い、申し訳ないとお伝えしてくれ」
「まかせろ。上手い事言っといてやるよ。アレルも達者でな。って、あっちじゃオレの方がとっくにくたばっちまっているか」
「あんた、魔王討伐、頑張んなよ。あたしらがあっちに帰って、物語書き換わっていたら許さないよ?」
「心配すんな。ナイアの知っている物語より、もっと華麗に魔王を討伐してみせるぜ」
ダイスさんに見送られながら、僕達は次々と時を超える門を潜り抜けて行った。




