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【改稿版】僕は最強者である事に無自覚のまま、異世界をうろうろする  作者: 風の吹くまま気の向くまま
Ⅲ. ついに巡り合う二人
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45.名前


第016日―7



カケルと『彼女』、二人の姿が忽然(こつぜん)と消え去った後、残されたナイアはふと、先程まで自分をさいなんできた、あの審判に関する焦燥感が消え去っている事に気がついた。

右手の甲に目をやると、赤く不気味に輝いていた勇者の紋章も消滅している。


「これは……一体?」

『審判が終わった、という事であろう』


ナイアの頭の中に、ドラゴンの声が響いた。


「終わったって……守護者は勇者の選別、放棄したって事かい?」

『分からぬ。かつて同時代に二人の守護者が出現した事は無かった。また、異なる時の流れにいるはずの勇者達が、時を越えて一同に会する事も無かった。しかし今、おぬしらはこうしてここにいる。これは異常な事態だ。恐らく、審判の終了はその事と関係があるのであろう』


ナイアは押し黙ったままその言葉を聞いた。

やがて彼女はのろのろと、まだ倒れている仲間達に近付き、彼らが立ち上がるのに手を貸した。

彼らはお互いを支え合い、ヴィンダの街に戻って行った。



――◇―――◇―――◇――



目を開けると、そこは草原であった。

ひたすら、波打つように緑の草木が風にそよいでいる。

のどかな昼下がりといった風情(ふぜい)だ。

ふと見渡すと、遠くに周囲を簡素な壁で囲まれて、民家が密集している街のような場所がある事に気が付いた。


「この場所は、400年前も大して景色が変わらないんだな……」


ここに来る直前、僕が心の中に思い浮かべたのは、かつて自分がこの世界に来た時の最初の記憶。

どうやら、霊力による転移の試みは成功したようだった。

その時、自分が半ば強引に『彼女』の手を取ったのを思い出し、急に気恥ずかしくなった。

慌てて繋いでいたその手を離した。


「ご、ごめん!」


『彼女』は不思議そうに、それまで僕と繋いでいた手をじっと見ていたけれど、やがて微笑んだ


「フフフ。中々(なかなか)強引な男だな。しかしまあ、悪い気はしなかったぞ」


逆に、僕の中にいるはずのハーミルは押し黙っていた。

相当機嫌が悪いのが伝わってくる。


『ハーミル、ごめん。ちょっと彼女と話したら、すぐまた皆の所に戻るから』

『……』


返事の代わりに、彼女との繋がりを通して、怒りの感情が伝わってきた。

仕方ない。

終わったらもう一度、ちゃんと謝ろう。


ハーミルとの“会話”を(あきら)めた僕は、興味深そうに周りを眺めている『彼女』に声を掛けた。


「ねえ、この場所に見覚えは無いかな?」


もしかすると、『彼女』こそが、僕をこの異世界に連れてきたのでは? と考えたのだが……


「さあ? まあ、いつも処理する時は、周りの景色を詳しくは見ていなかったから、例え訪れていたとしても覚えておらぬ」

「じゃあさ、どこかで僕と会った事無い?」


『彼女』はしばらく、僕の顔をじっと見つめていたけれど、やがて首を横に振った。


「お前には見覚えが無いな。もっとも、過去の処理中に出会っていたとしても、一々、個々人の顔など覚えてはおらぬ」


順当に考えれば、『彼女』が僕を異世界に連れて来た存在だとしても、それはこの時代から見て400年後の未来の『彼女』の可能性も高いはず。

もかかわらず、僕には何故だか分からないけれど、目の前の『彼女』こそ、自分にとって鍵になる存在である、という確信めいた想いがあった。

しかし今の所、『彼女』の方からは、そういった想いは伝わってはこない。

僕は軽く落胆した。

やはりこの『彼女』は、僕とは全く無関係な存在に過ぎないのだろうか?


その時、『彼女』が遠くに見える街を指差した。


「カケル、あれは何だ?」

「あれは多分、アルザスの街のはず。名前が変わってなければだけど」

「街?」

「たくさんの人間が集まって、暮らしている場所だよ。って、今まで街に行った事無いの?」

「この世界に呼び出されるのは、草原とか森の中ばかりだったからな。街なる場所には、呼び出された事は無いはずだ」


恐らく、過去の勇者達――魔王達も対象になる事があったらしいけれど――は、周囲への被害を考えて、『彼女』をいつも人気のない所で迎え撃ってきたのだろう。


そんな僕の感慨を知る由も無いであろう『彼女』は、興味深そうに、街の方に視線を向けている。

思い返せば、僕にとってアルザスはこの世界に来てから、最初の数日間を過ごした街である。

ミーシアさんや宿屋タイクス、バルサムの力車亭……

アルザスを離れてまだ二週間程だけど、あの街で過ごした日々が、懐かしく思い出された。

しかしここは400年前の世界だ。

僕を知る者は、視線の先にある街には存在しないはずだ。

だけどそれでも……


「じゃあ、ちょっと行ってみようか?」


僕の提案に、『彼女』の目が輝いた。

僕は『彼女』を連れて、アルザス(と(おぼ)しき)街に向けて街道を歩き出した。

道すがら、再び『彼女』からの情報収集を試みた。

だけど得られたのは、『彼女』が『彼方(かなた)の地』からやって来た事の他は、自力では戻る事が出来ず、通常は処理が終われば自然に『彼方(かなた)の地』へと引き戻される事、数千年の長きにわたり、この“単純作業(処理)”を繰り返してきた事等、僕にとってはあまり有益では無い情報ばかりであった。


「『彼方(かなた)の地』ってどんな所?」

「あちらでは、(ほとん)ど眠りについておるからな……まあ、起きておっても、楽しい場所でもない。白い(もや)がかかったような見通しが悪い場所だ。それにしても、この世界は改めて見回すと色とりどりで、あちらとは随分違うのだな……カケル、あそこの枝の上にいる、綺麗な小さな生き物は何だ?」


『彼女』は、目に映る物全てが新鮮らしく、あれこれ指さしては僕に尋ねてきた。


「今までも、何回かはこの世界に来た事あるんでしょ?」

「先ほども話した通り、周りの景色をゆっくり眺めよう等という気分になったのは、今回が初めてだ」

「君は最初から守護者として、『彼方(かなた)の地』で生まれたの? それとも……」


僕は少し気になっていた事を問い掛けてみた。


「誰かからその力を受け継いで、どこか他の世界から『彼方(かなた)の地』へやって来た、とか?」


『彼女』は小首を(かし)げた。


「どうであろうな……? 少なくとも、気付いた時には『彼方(かなた)の地』におった。誰かから何かを引き継いだ、という記憶もない。“生まれた”というのがよく分らんが、自分の存在の始まりについて、であれば、覚えておらぬと言うのが正直な所だな」



街へは小一時間程で到着した。

入り口には、石造りの詰所のような場所があり、衛兵らしき槍を持った男たちが数人立っているのが見えた。

400年後の世界では、あそこで身分証の呈示を求められたけれど……


“一応”、『彼女』に聞いてみた。


「身分証って……持ってないよね?」

「なんだそれは?」


『彼女』が怪訝そうな顔になった。


まあ、そういう反応になるよな。

『彼女』は、そもそもこの世界の住人じゃないし。


僕は懐から取り出した金色のカード(身分証)を見せながら、説明を試みた。


「多分だけど、こういうのを見せないと、街に入れてもらえないと思うんだ」


『彼女』は、金色のカード(身分証)をしげしげと眺めた後、自らの手の中に、全く同じ物を瞬時に複製してみせた。

霊力を使ったのであろうか?

僕は秘かに驚嘆した。

対して、『彼女』はなんでもない風で、僕にそのカードを見せてきた。


「これでいいのか?」


僕はそれを確認してみた。


「どれどれ? カケル=ヒガシノ 17歳 人間(ヒューマン) 男性 犯罪歴は無し……ってこれ、僕の身分証のまんまじゃん!」


『彼女』が少しふくれっ面をした。


「むっ? お前が、これが無いと街に入れぬと言ったではないか?」


ダメだ。

身分証の定義からまず説明しないといけないらしい。


「まずは名前が必要だな」


いつまでも『彼女』では、街に入れない。


「名前は無いと言ったであろう?」

「この世界の人間は、皆名前でお互いを識別するんだよ。だから、一人一人に名前が付いているんだ。名前が無いと、身分証が作れないよ」

「人間とは不便だな」

「ともかく、まずは名前を決めないと」

「では、ゴンザレスギルバードとかどうだ?」


どんなセンスしているんだろ?

街に入る方便の為の名前とは言え、女の子がその名前は可笑しい。


「むっ? 何故笑う? では、お前が決めろ」


ふくれっ面をした『彼女』を横目に、僕は少し考えてみた。


名前……確か今、元の世界が5月だからっていう単純な理由で、5月を英語にしたMay(メイ)って名前を、記憶喪失の少女に付けてあげた事があったっけ。

それじゃあ、今回も同じ五月繋がりで…….


「サツキでどうかな?」

「サツキ?」

「で、字はこう書く」


僕は、『彼女』が身分証にその名を刻み込めるよう、傍らの岩に、石を使って、この世界の文字で『サツキ』と刻んで見せた。

『彼女』は何度も口の中でその名を繰り返しながら、岩に刻まれた自身の『名前』をそっと指でなぞった。


「良い響きだ。では私は今から サツキ 17歳 人間(ヒューマン) 女性 となるわけだな?」


『サツキ』は手の中の金色のカード(身分証)の情報を瞬時に書き換え、僕に笑顔を向けてきた。




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