42.即死
第016日―4
『昨日、太陽が中天にある時、ダイスの紋章が審判の警告を発した。我の見るところ、猶予は約1日のはず。今日、太陽が中天に上る時、審判が開始されるであろう』
銀色のドラゴンの言葉を聞いたナイアが、アレルに自嘲気味の笑みを向けた。
「あたしらの知る物語じゃあ、勇者ダイスが魔王を討伐する。つまり存在を消去されるのは、あたしとあんたって事か」
ダイスが弱気な発言をするナイアを睨みつけた。
「おい、何しけた面してやがんだ。守護者だかなんだか知らねぇけど、そんなやつ、俺達三人で叩き返してやれば良いだろ?」
アレルが銀色のドラゴンに問い掛けた。
「ところで古きドラゴンよ、守護者はどのような姿を?」
『人間の女の姿をしておる』
「では、その者はどうやって我々に審判を下すのですか?」
『守護者は有無を言わさず、お前達を攻撃してくるはずじゃ。最後の一人が残るまで、その攻撃は止まぬ』
「我々が一所にいなければ?」
『対象となる存在が世界中に散らばっていようが、一所に集まっていようが、守護者の審判から逃れる事は不可能じゃ』
「かつて複数の勇者が、共同で守護者を撃退した事例は?」
『人間の勇者よ、かつての者共は皆共同で守護者に立ち向かった。しかし結局、審判を逃れる事は出来なかった。残念ながら、お前達の攻撃では守護者の衣一つ焦がす事は不可能じゃ』
銀色のドラゴンの言葉に、皆重苦しく押し黙った。
アレルが、再び銀色のドラゴンに問い掛けた。
「守護者の攻撃対象は、勇者だけ、ですよね?」
『守護者は我の知る限り、無意味な殺戮は行わぬ。手出しせねば、勇者以外を攻撃対象とはせぬであろう』
アレルは仲間達に視線を向けた。
「イリア、ウムサ、エリス、少しこの地を離れていて貰えないだろうか? 勇者の審判に大事な君達を巻き込みたくない」
イリアが憮然とした表情になった。
「ちょっと! 聞き捨てならないわね。魔王を倒そうと誓ったあの日から、心はあなたと共にあるつもりよ? 今更逃げ出してどうしろと?」
「でもイリア、相手は魔王じゃないよ」
「勇者に襲い掛かってくる時点で、魔王の味方みたいなものでしょ?」
ウムサが大きく頷いた。
「イリアの申す通りじゃ。私も最後まで勇者と共にありますぞ」
イリスもまた、淡々と告げてきた。
「アマゾネスの誇りに掛けて、敵に背を向ける選択肢はない」
アレルは仲間達の言葉に少し瞳を潤ませた。
と、銀色のドラゴンが鎌首をもたげた。
『おかしい……まだ時間的猶予があったはずじゃが、守護者の気配を感じる』
皆の間に、一斉に緊張が走った。
「あれはっ!?」
ナイアが鋭い叫びを上げた。
見ると、彼等のすぐ傍らで、空間が僅かに歪み始めていた。
ナイアが直ちに使い魔達を呼び出し、アレルは聖剣の力を開放していく。
銀色のドラゴンが、翼を広げてふわりと舞い上がった。
『ダイスよ、すまぬ。我は守護者とは戦えぬ事になっておる』
「いいさ。ドラゴンのじいさんは、向こうでちょっと待っていてくれ。ちゃっちゃと叩き返して、とっとと魔王退治に向かおうぜ」
ダイスは軽口を叩きながらも、彼の聖具である聖弓を構え、その力を開放していく。
その間も空間の歪みは次第に大きくなり、そこに突如として、不思議な揺らめきに縁取られた、黒い穴が出現した。
と、何者かがそこから出てきた!
その刹那、その場の全員による一斉攻撃が行われた。
ナイアの魔力の暴風が吹き荒れ、ダイスの濃密な光の矢が爆発し、アレルの剣がその何者かを粉々に打ち砕いた。
凄まじい攻撃により、その守護者(?)は塵も残さず消滅し、同時に黒い穴も消え去った。
「やったのか??」
誰かの叫び声に、ナイアの鋭い叱咤が重なった。
「まだだよ、そこ!」
ナイアが剣で指し示す先で、異様な現象が発生していた。
何の変哲も無いはずの空間に、黒い何かが凝集し始めていた。
それはしゅうしゅうと湯気を立てながら、次第に人型へと形作られていく。
「まさか……復活しようとしている!?」
「もう一回、攻撃するよ!」
彼等が再び攻撃態勢に入り……
「待った! ちょっと何かがおかしい」
アレルが皆を制止した。
次第に輪郭がはっきりしてきたその人型は、アレルが良く知る人物へと……
「カケル!?」
そこには両手を地面につき、苦しそうに咳き込むカケルの姿があった。
「い、いきなり何が!?」
僕はふらつきながら立ち上がった。
今一瞬、いきなり死んでしまった自信があった。
『ハーミル、大丈夫?』
自分の中に彼女の存在は認識できるものの、意識を失っているのか、応答がない。
改めて周囲を見回してみると、アレル達が呆然とこちらに視線を向けているのに気が付いた。
どうやら、過去への遡行には成功したようだ。
「アレルさん!」
僕は思わずアレルに駆け寄ろうとして……同年代と思われる、しかし見覚えの無い少女に剣を突き付けられた。
その少女は、猜疑心剥き出しで問い掛けてきた。
「あんた、何者だい? 守護者じゃないのかい?」
アレルがその少女に声を掛けた。
「ナイアさん、彼はカケルと言って、僕達の元の世界での知り合いの一人ですよ」
しかし、その少女――どうやらナイアって名前らしいけれど――は、突き付けてきた剣を下ろさず、僕に探るような視線を向けるばかり。
アレルが再び口を開いた。
「古きドラゴンは、守護者は女性だと言っていましたよ。彼は守護者じゃない」
「どっちにしても、こいつはおかしい。あんな黒い穴から唐突に出現して、しかも殺したはずなのに、塵から復活した」
塵から復活?
やはり先程、いきなり“殺された”のは確かなようだ。
「それはちょっと説明しますので、まずは剣を下ろしてもらえませんか?」
僕は背中に脂汗をかきながら後退った。
いくら復活できると言っても、死の瞬間の苦しみや恐怖は筆舌に尽くしがたい。
何度も体験したいものではない。
すると突然、頭の中に声が響いた。
『汝は何者じゃ? 汝の帯びるその力は間違いなく守護者のもの。何故守護者の力を振るえる?』
僕は慌てて周りを見回した。
『我は汝の右斜め前方で蹲る銀色のドラゴンじゃ。念話を使って汝に問い掛けておる』
その言葉通り、僕から十m程離れた場所に、巨大な銀色のドラゴンが蹲り、じっとこちらに鋭い視線を向けてきているのが見えた。
「僕はそこのアレルさん達と同じ時代から来た、カケルという者です。ちょっと色々僕自身もよく分からない事情で、その守護者の力が使えてしまうみたいです」
アレルやナイアさん達と一緒にいた、見知らぬ赤毛の青年が、手の中の弓に矢を番え、僕目掛けて引き絞って来た。
「やっぱりてめえ守護者か? オレらを審判しにきやがったんだろ?」
「審判? 何の話ですか? 僕はただ、アレルさん達を助けに来ただけですよ」
その時、ようやく僕はハーミルが意識を取り戻すのを感じた。
彼女が心の中で話しかけてきた。
『今、死んでいたよね?』
『死んでいたね』
『何がどうなっているの?』
『僕もよく分からないんだけど、勘違いでこの世界に現れた瞬間、殺されちゃっていたらしい』
なぜか僕とハーミルとの心の中での会話に気付いたらしいナイアさんが、僕に剣を突き付けたまま、鋭く問い掛けてきた。
「今、誰と話してんだい? あたしの話が済んでないのに、良い度胸だね」
ハーミルが再び心の中で話しかけてきた。。
『大体分かった。ナイアがいきなり総力上げて攻撃してきたんだ』
『多分、ナイアさん以外も総攻撃参加していたと思うけど』
『カケル、ナイアにこう言って。剣を下ろさなかったら、10歳の時のあの話、ばらすよって』
『?』
『いいからいいから。私の意識もここ来ているって伝えてみて。あの子、ホント、昔っから基本的に人を信用しないからね』
僕はナイアさんに声を掛けた。
「ナイアさん」
「あんたに気安く話しかけられたくはないねぇ」
「実は、ハーミルの意識も一緒に連れてきていまして……彼女が、“話を聞いてくれないなら、ナイアさん10歳の時のあの話、ばらすぞ”と」
すると、目に見えてナイアさんが狼狽した。
「っ! な、何言ってんだい? まさか本当にハーミル来てんの?」
「あの……具体的にどんな話か、ハーミルに確認取りましょうか?」
「あんた、聞いたら絶対殺すからな!」
ナイアさんはようやく剣を下ろしてくれた。




