39.襲来
第015日―6
ギルドの建物の中は騒然となっていた。
第二の勇者ナイアの突然の登場に、モンスター数千の襲撃予告。
冒険者達や宿直の職員達が慌ただしく、他の冒険者達との連絡を試みる。
夜半にも関らず、ギルドの緊急招集に、十数名の腕利きの冒険者達が直ちに応じて駆け付けた。
後、数十名は動員出来るだろうとの言葉を背に、ナイアは冒険者達を引き連れ、アレル達の待つ地点に急いだ。
道々、彼女は冒険者達に声を掛けた。
「あたし以外にもう一人勇者がいる。勇者ダイスが戻るまで持ちこたえれば、三人の勇者が揃う。あたしらの勝利は間違いない!」
アレル達と合流すると、月明かりの下、既に索敵能力に長けた冒険者なら感知出来る範囲にまで、モンスターの大群は押し寄せてきていた。
冒険者達の間に動揺が走った。
「びびってんじゃないよ! 魔術師は後方で大魔法の準備! 弓はその援護! 戦士はあたしらに続いて!」
ナイアはタリスマンを握りしめ、使い魔達を呼び出し周囲に配置した。
そして喊声を上げながら、モンスターの群れに向かって突き進んだ。
アレルとエリスもそれに続き、イリアとウムサが詠唱を開始する。
アレルの持つ聖剣の効果で、爆発的に魔力を増大させたイリアの放った大魔法が、モンスター達の群れの中心で炸裂した。
数十体のモンスター達が吹き飛ばされる。
ウムサも魔力を放ち、モンスター達の進軍速度が遅らされる。
そこにアレル、エリス、そしてナイアが斬り込んだ。
モンスター達の前衛が崩れ、陣形が乱れた。
彼等の勇戦は、冒険者達、そして続々と駆け付ける街の衛兵達を大いに勇気付けた。
「勇者が二人もいるんだ。我等に敗れる道理は無い。彼等に続け!」
指揮官の号令一下、冒険者や衛兵達もモンスター達と交戦を開始した。
…………
……
「まずいな……」
乱戦の中、ナイアが独り言ちた。
戦闘が開始されて既に数時間。
東の空は白みかけていた。
味方は勇戦しているものの、既に疲労困憊。
死傷者も多数出してしまっている。
ナイア自身の使い魔達も、数を半減させていた。
一体一体の能力の高さに加え、敵の数が多過ぎるのだ。
まだ街への侵入を許してはいないけれど、このままでは数で押し切られてしまうかもしれない。
ナイアは、近くで自らも槍を振るう衛兵隊の指揮官に声をかけた。
「街の住民の避難は?」
「南の門から脱出するよう手配した。大体終了しているはずだ」
「このままじゃ全滅だ。住民の避難が完了したら、あんたらはここを離脱して」
指揮官が目を剥いた。
「街を見捨てろと言うのか!?」
「あんたらがここで全滅したら、避難民を誰が守るのさ?」
「っ!」
「大丈夫、あたしらが殿を務めるから。こう見えても勇者だよ? ただじゃ死なないさ」
ナイアが不敵に笑った。
その時!
凄まじい光の矢の雨がモンスターの群れに降り注いだ。
同時に、大魔法にも匹敵する威力の猛烈な火炎が、連続してモンスターの群れを焼き払って行く。
ナイアがその攻撃の源を目で追うと、そこには上空を悠然と舞う巨大な銀色に輝くドラゴンと、その背に乗る赤毛の長髪を靡かせた一人の青年の姿があった。
「勇者ダイスだ! ダイスが戻って来たぞ!!」
戦場の衛兵や冒険者達が口々に叫び、彼等の目に闘志が再び戻っていく。
「あれが勇者ダイス……」
ナイアが感慨深げに呟いた。
彼の魔王討伐譚は、幼い彼女のお気に入りの一冊だった。
いつかは自分も彼のような偉業を成し遂げたい。
そう願っていた彼女は、まさか自分が生きている内に魔王が誕生し、自身が勇者としてそれに立ち向かう日が来る等とは思いもしなかった。
勇者ダイスの参戦は形勢を大きく動かした。
元々、モンスター側も数時間に及ぶ戦闘で損耗著しかった。
そこへ強力な新手の登場である。
夜が明けきるころ、戦意を喪失したモンスター達が次々と潰走を始め、勝敗が決する事となった。
戦場の余燼が燻る中、三人の勇者は対面した。
周囲では衛兵や街の住民達が、戦場の後片付けを行っていた。
アレル達は既にナイアから推論――ここが400年前の世界である事――を聞かされてはいたものの、実際にダイスと対面して、驚きを隠せない。
一方のダイスも驚きの表情を浮かべていた。
「まさかオレ以外にも勇者が誕生しているなんてなぁ」
ナイアとアレルをしげしげと眺めた後、彼は自分の右手の甲を二人に見せた。
そこには赤く不気味に輝く勇者の紋章が浮かび上がっていた。
「昨日の昼に突然右手の甲に焼け付く痛みが走ってな。見たらこれだ。そっから先、頭の中の焦燥感が半端ねえ。で、取り敢えずこっちへ戻って来たら、この騒ぎだったってわけさ」
アレルとナイアも自身の右手の甲をダイスに見せながら説明した。
「あたしらの右手も丁度同じ頃合いにこうなったんだよ」
「ところでお前ら、いつ勇者になったんだ?」
「その事なんだけどね……」
ナイアがダイスの反応を確認しながら言葉を継いだ。
「どうやらあたしら、この世界の住人じゃないらしい」
「はっ?」
「あんた、勇者ダイスだろ? その名前は、あたしらにとっては、400年前の物語の主人公のものさ」
そしてナイアは、自分達が北の塔と呼ぶ場所で、敵と交戦中に巻き起こった不測の事態により、ここにやって来た可能性を説明した。
ダイスの表情が驚きで固まった。
『ううむ……時の壁を超えるなど、もしや霊力がらみか……?』
ふいに、何者かの声がアレルとナイアの頭の中に響いた。
アレルとナイアが顔を見合わせた。
二人の様子に気付いたらしいダイスが、面白そうに笑った。
「ドラゴンのじいさんが話しかけているんだよ」
『人間の勇者よ、我はそこの銀色のドラゴンじゃ。念話でおぬしらに呼び掛けておる』
銀色のドラゴンは、ただじっと勇者達を見下ろしている。
『我はこの数千年間に渡って、おぬしら人間の勇者と魔族の魔王との数多の戦いを見届けてきた。今まではどちらにも肩入れしてこなかったが、今回は違う。魔王ラバスが禁忌を犯さんとしているが故、ダイスと契約を結び、彼と行動を共にしておる』
「禁忌? もしかして『彼方の地』とやらに存在する何かと関係が?」
ナイアは、魔王エンリルが勇者との戦いに勝利すべく、『彼方の地』に存在する何らかの力を欲していると睨んでいた。
彼女が探索の結果得た結論では、各地の祭壇と呼ばれる謎の施設の封印を解く事が、『彼方の地』への扉を開く事に繋がるはず。
だからこそ、敵は北の塔最上階の祭壇でも、あれだけ頑強に封印解除の儀式を完遂しようとしていたのだろう。
ナイア達にとって先代の魔王であるラバスもまた、同じように動いていたのでは無いだろうか?
銀色のドラゴンから、感心したような念話が届けられた。
『ほう……人間達の間では失われてしまった知識と思うておったが。『彼方の地』より現れ出づる守護者を知っておるのか? だが、我の言う禁忌はそれとは別じゃ』
「守護者? 『彼方の地』には守護者っていうのがいるのかい?」
ナイアは初めて聞く情報に目を見開いた。
『『彼方の地』は知っておるのに、守護者を知らぬのか? おぬしら複数の勇者に審判を与え、只一人の勇者を選び出す存在じゃ』
「審判を与える? じゃあ、選ばれなかった勇者はどうなる?」
『存在そのものを消去される』
「「!!」」
『昨日、太陽が中天にある時、ダイスの紋章が審判の警告を発した。我の見るところ、猶予は約1日のはず。今日、太陽が中天に上る時、審判が開始されるであろう』
銀色のドラゴンの言葉に、アレル、ダイス、ナイア、三者がそれぞれ顔を見合わせた。




