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【改稿版】僕は最強者である事に無自覚のまま、異世界をうろうろする  作者: 風の吹くまま気の向くまま
Ⅱ. 北の地にて明かされる真実
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35.儀式


第015日―3



ここへ帰還後、三日かけて準備を整えたアルラトゥは、北の塔最上階の祭壇が設置されている部屋にいた。

周囲には所定の位置に霊晶石が配置されている。

彼女は祭壇の前に立つと、詠唱を開始した。

彼女の額が白く輝きだし、それは次第に菱形に(かたど)られていく。

やがてそれが一際明るく輝いた直後、彼女の額に白の宝珠が顕現した。

彼女から発せられる魔力が急激にその密度を増していく。

凄まじい魔力の渦がその部屋を吹き荒れる中、彼女は、北の塔の祭壇の封印を解除する『儀式』を開始した。



――◇―――◇―――◇――



「ふう、やっと着いた」


ナイアは、自身を背に乗せてここまで飛行してきた巨大なエイのような使い魔――通称『マンタ』――を北の塔の近くの森の中に静かに着地させた。

そして『マンタ』の背から地面に降り立つと、(ふところ)から銀色のタリスマンを取り出した。


「お疲れ。ちょっと休んでいて」


彼女がそのタリスマンに自身の魔力を込めると、目前の巨大な『マンタ』の姿が、溶けるように消えていった。


彼女は半年前、当代の魔王が誕生して以来、初めて試練を突破した勇者となった。

勇者はその称号と共に、自身の持つ特徴的な能力を飛躍的に高めてくれる『聖具(第6話)』を獲得する。

昔からモンスターを手懐(てなづ)け、使い魔として使役する事に長けていた彼女が獲得した聖具が、このタリスマンであった。

事実上、容量無制限のそのタリスマンには、現在の所、彼女の数十体に及ぶ使い魔達が収容されていた。

彼女のみがその魔力を消費して彼等を呼び出し、使役することが出来る。

タリスマン内部は一種の亜空間になっており、どれだけ消耗した使い魔達でも、タリスマン内で一定時間休む事で全快する。

彼女はタリスマンを(ふところ)に戻すと、北の塔内部に向けて慎重に魔力による感知の網を広げようとした。


「! 厄介な結界が張られているね」


彼女は少し顔をしかめ、(ひと)()ちた。

しかしすぐに気を取り直すと、再び(ふところ)からタリスマンを取り出した。


「出ておいで、可愛い妖精ちゃん」


彼女の呼びかけに応じて現れたのは、妖精ちゃんという呼び名には似つかわしくない、数体の筋肉質な、しかし膨大な魔力をその身に秘めた使い魔達であった。

彼等は彼女の命令を受けて、素早く結界の弱い部分を見つけ出し、そこに全力で魔力による攻撃を始めた。

ナイア自身の魔力の援護を受けたその攻撃は凄まじく、さしもの強固な結界にも(ほころ)びが生じた。

と、北の塔から不穏な気配が漂ってきた。

内部のモンスター達が、結界に穴を開けたこちらの動きに気付いたのであろう。


「ま、気付かれても全然構わないんだけどね」


ナイアは不敵に微笑むと、タリスマンに魔力を注ぎ込み、手持ちの約半分の使い魔達を周囲に展開した。

彼女とその眷属達が待ち構える中、塔内部から続々とモンスター達が出撃して来た。

周囲は凄まじい修羅場となった。

ナイアは自らも剣を振るい、敵を斬り伏せ(なが)ら、消耗した使い魔達をタリスマン内に収容し、予備の使い魔達を絶妙なタイミングで戦場に投入していく。

一時間もしない内に、彼女は使い魔達を一体も失うことなく、北の塔から出撃してきた百体を超えるモンスターの群れを殲滅した。


「さて、最上階にいる誰かさんが何か、おいたをしているみたいだねぇ」


言葉とは裏腹に、ナイアの表情が険しくなった。

彼女は、最上階の何者かが封印を解除しようとしている事を感知していた。

相手は、この前(第24話)のマルドゥクとは比較にならない位強大な魔力を展開しており、さしもの彼女も最上階の詳細を知る事が出来ない。

向こうもこちらの存在に気付いているはず。

しかし封印解除の『儀式』にかかりきりなのか、向こうから攻撃してくる気配は無い。

改めて気を引き締めなおしたナイアは、()()きの使い魔数体と共に、北の塔内部に突入した。



――◇―――◇―――◇――



「あの女は確か、勇者ナイア!」


北の塔を護る結界の一部を破壊した存在に気が付いたアルラトゥは、歯噛みした。

今は封印解除の『儀式』のため魔力を錬成中で、この場を動けない。

彼女は一度、ナイアと交戦した事があった。

それは二年前(第26話)、宗廟の予備調査に訪れた時の事。

あの時、まだ勇者では無かったナイアの剣術と魔法、それに使い魔とを組み合わせた凄まじい攻撃を受け、逃走せざるを得なかったのは苦い思い出である。

今、その彼女がこのタイミングで、しかも勇者としてこの北の塔に攻め込んで来ている。

もしかして、彼女も『可哀想なメイ』救出にやって来たのだろうか?

それにしては、早過ぎる。


「まずい……彼女と私自身が交戦すると、『可哀想なメイ』の正体がノルン達にばれてしまう」


“救出”されるにしても、ここでの『儀式』が終わってからでないと、折角(せっかく)、自作自演の誘拐事件を起こしたのが無駄になってしまう。

幸い、宝珠を顕現させている今、魔力では向こうを圧倒しており、こちらの詳細は分からないはずだ。

取り敢えず、彼女は塔内部の残り全てのモンスター達に、ナイア阻止を厳命した。

同時に、自分の周囲に巨大なゴーレム達を召喚し、その中で一番大きな一体に、自分を抱きかかえさせた。

ナイアがここまで辿(たど)り着いてしまった場合、自作自演の誘拐劇の時と同様、ゴーレム達を無限に召喚し続け、『儀式』の終了までの時間稼ぎを図ろうとの考えだった。

『儀式』さえ終了させてしまえば、また記憶喪失のふりをして、ナイアにここから連れ出してもらえばよい。



――◇―――◇―――◇――



塔内部は複数の階層に別れていた。

ナイアは塔内部に魔力の感知網を張り巡らせ、最上階への最短ルートを選択して突き進んだ。

そして途中残存していたモンスター達を掃討しながら、三十分ほどで、ついに最上階に到達した。

祭壇があると思われる部屋は、扉が固く閉ざされていた。

扉の向こうからは只ならぬ気配が漏れ出してきている。

彼女はタリスマンを取り出し、特に魔力に()けた使い魔数体を呼び出した。

強力な魔力の攻撃に扉が耐え切れず吹き飛んだ直後、中から凄まじい数のゴーレムの大群が(あふ)れ出してきた。

すぐさま、ナイアはタリスマンから使い魔達を呼び出し、ゴーレムの大群を迎え撃った。

しかししばらく交戦するうちに、ナイアの頭に疑念が浮かんだ。


「おかしい。もしかして時間稼ぎか?」


ゴーレム達は倒される端から湯水のように沸いてくる。

それはまるで、祭壇のある部屋には是が非でも入れたくないような動きに見えた。


「そんなに入れたくないなら、入ってしまえってね」


ナイアは(つぶや)くと、一際高く跳躍し、単身、祭壇の部屋の中に飛び込んだ。

『儀式』の途中だからであろう、部屋の中は凄まじい魔力の嵐が吹き荒れていた。

祭壇のすぐ傍には、巨大なゴーレムが一人の少女を抱えて立っていた。

少女は気を失っているのか、ぐったりしている。

しかしナイアはその様子に違和感を覚えた。

その少女は、本当に気を失っているのだろうか?

もしそうだとしたら、誰がこの『儀式』を主宰している??

主催者の確認と、もし本当にその少女が気を失っている哀れな被害者なら救出しようと、彼女がさらに近付こうとした瞬間、部屋の中心の床が、突如発光し始めた。

そこにいたゴーレム達が弾き飛ばされ、床に魔法陣が形成されていく。


「まさか、転移の魔法!?」


ナイアが目を見張る中、もう一人の勇者、アレルとその仲間達が魔法陣の中心に現れた。




驚いたのは、アルラトゥも同様であった。

彼女は気を失った少女の演技も忘れて、思わず転移してきたアレル達に視線を向けた。

いかにして転移してきたのであろうか?

人間(ヒューマン)に、自分のように、自在に転移魔法を使用出来る者がいるという話は聞いたことがない。

彼女にとって、状況は最悪と言えた。


あと一息で封印が解除されるというのに!!


兎に角、一刻も早く『儀式』を完成させなければならない。

意を決した彼女は、限界まで魔力を絞り出した。

部屋の中を凄まじい魔力の暴風が渦巻き、吹き飛ばされたゴーレム達が、壁に次々と叩き付けられて行く。

アレルが(うずくま)りながら仲間に問いかけた。


「ウムサ! 一体何が起こっている?」

「分かりませぬが、何かの儀式の真っ只中に飛び込んでしまったようですぞ」


周囲に配された霊晶石が不自然に脈動する輝きを放ち、部屋の中の魔力が変質していく。

そして、ついに『彼方(かなた)の地』への扉がわずかにこじ開けられ、そこに蓄えられている霊力の“隙間風”が部屋に流れ込んできた。

それは霊晶石、宝珠、そして二人の勇者の存在そのものによって増幅され……


その部屋に居た者達は、部屋の中央にどこまでも黒い『穴』が、突如出現するのを見た。


それはアルラトゥにとっても不測の事態であった。

一体、何が起きているのであろうか?

儀式の最終段階で気を失ってしまった前回の宗廟の時はいざ知らず、最初の竜の巣ではこのようなものは出現しなかった。

彼女が驚愕して見つめる中、その穴は凄まじい勢いで周囲の存在を飲み込みだした。

アレル、イリア、ウムサ、エリス、そしてナイアも飲み込まれた。

ゴーレムやナイアの使い魔達も同様に飲み込まれていく。

そしてそれは出現時と同様、唐突に消滅した。

残されたのはアルラトゥ只一人。

彼女は床にへたり込み、しばし呆然とした後、その意識を手放した。



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