31.同衾
第012日―2
「ゴーレムを使役し、メイを攫って行ったのは、魔法に関して、凄まじい実力の持ち主という事になる。もしそやつが魔王の配下であるならば、由々しき事態だ」
ノルン様のその言葉で、その場に居る皆の雰囲気が、一気に険しくなった。
そんな中、ウムサさんが口を開いた。
「しかし……なぜメイ殿は攫われたのでしょうか?」
ウムサさんは、ノルン様に探るような視線を向けながら言葉を続けた。
「ノルン殿下、さしでがましいようですが、昨日の竜の巣でのメイ殿のご様子、まるで宝珠を顕現させようとしていたかのように見えましたが……何か関係があるのでしょうか?」
ノルン様はしばらく逡巡する素振りを見せた後、大きく息を吐いた。
「……さすがはウムサだ。おぬしの目は誤魔化せぬな。実は今回、竜の巣までわざわざ私が出向いたのは……」
ノルン様はアレル達に、今回の調査が、第二の宝珠の所持者と竜の巣で交戦した、というナイアさんからの知らせを受けてのものであった事を明かした。
話を聞いたアレル達が、目を大きく見開いた。
「ノルン殿下以外に宝珠の所持者がいらっしゃる?」
「でも変ね。話を聞く限りでは、勇者ナイアと宝珠の所持者が交戦した時、既にメイは記憶を失っていたはず」
赤毛の魔導士、イリアが小首を傾げた。
「あともう一点、どうして敵はノルン殿下には目もくれず、メイだけを攫って行ったのかしら? もし宝珠目当てなら、ノルン殿下も同じように狙われないと、理屈に合わないような……」
ノルン様が険しい表情のまま、言葉を返した。
「それは確かに不可解な点だ。敵が宝珠で何をしたいか、が関係しているのやもしれぬが」
「宝珠を、ノルン殿下が毎年行ってらっしゃる儀式以外で使うとしたら、他にどんな使い道が有りますか?」
「見当もつかぬ。通常は、宝珠は所持者の魔力を高めるだけだ。他者が宝珠を手にしたところで、そこからいかなる力も引き出せぬ」
「宝珠を無理矢理奪われたら、ノルン殿下はどうなるんですか?」
イリアの少し物騒にも聞こえる質問に、ノルン様が苦笑した。
「奪われたことが無い故、分からぬ、というのが正直な答えだ」
イリアは、う~ん、と唸ったきり、押し黙ってしまった。
話が一区切りついたと見たのか、アレルが口を開いた。
「ノルン殿下、メイの救出、我々にお任せ頂けないでしょうか?」
「アレル?」
唐突な提案に、仲間達の視線がアレルに集まった。
「みんな聞いてほしい。元はと言えば、メイを守り切れなかった僕達の不始末だ。それに……」
話しながら、アレルがちらりとウムサさんに視線を向けた。
「どこに転移したかは解析出来たんだよね?」
「うむ。転移先の座標は判明しておるぞ。さらに北の山脈を超えた所じゃ」
「どのみち、僕達は北方の地を探索している所。同じ探索するにしても、目的地があるほうがはかどるしね」
ノルン様がアレルに軽く頭を下げた。
「その好意、ありがたく受け取ろう。勇者アレルなれば、必ずやメイを助け出してくれるものと信じておる」
アレル達が、メイの救出に……
少しだけ迷った後、僕はおずおずと申し出てみた。
「アレルさん、メイの救出、僕も連れて行ってくれないですか?」
「君を?」
「はい。やっぱりあの神殿以来、ずっと行動を共にしてきた仲間ですし」
しかし、アレルは首を振った。
「カケル、僕等が向かおうとしているのは、竜の巣近辺とは比べ物にならない位、強力なモンスター達が棲む地域だ。魔王城にも近いだろう。気持ちはよく分かるけど、ここはやはり、僕らを信じて任せてほしい。」
アレルのその言葉は、彼の優しさの表れなのだという事は、僕にもよく理解出来た。
彼からすれば、僕はまだまだ半人前の冒険者。
さっきも、アレルやハーミル達に簡単に斬り伏せられていたゴーレムですら、僕一人では、一体も斃す事は出来なかった。
そんな僕を同行させて、万一の事が有ったら、と考えての事だろう。
冷静に考えれば、マルドゥクを退けたあの“力”を能動的には扱えず、イクタスさんが授けてくれた(と思われる)不死身の加護とやらも、どれ位持続するのかも分からない状況下で、僕がアレル達に同行しても、ハーミルに護ってもらった時と同様、結局は彼等の足を引っ張る事になるかもしれない訳で……
僕は今更ながら、自分の無力さに改めて打ちひしがれた思いだった。
その日の夜、僕は竜車内の割り当てられた仕切りの中で、まんじりともせず横たわっていた。
見張りは、竜車外で野営中のアレル達が交代で引き受けてくれていた。
だからとりあえず今夜はもう、僕には眠る以外はする事は無いのだが、一向に睡魔は訪れない。
メイは今頃どうしてるだろうか?
思い返すと、マルドゥクは何かを知っているようだった。
メイを攫って行ったのはあいつではないだろうか?
何かを強要されたり、酷い目に合わされたりしていないだろうか?
嫌な想像だけが膨れ上がっていき、それがますます僕から眠気を遠ざけて行く。
と、仕切りが揺れて、隙間からハーミルがひょいと顔を出した。
「カケル……」
「ハーミル! まだ起きていたんだ。ちょっとびっくりしたよ」
体感的には、もうとっくに日付は変わってしまっているはず。
思わず苦笑する僕に、ハーミルが優しい顔を向けて来た。
「やっと笑ったね」
そう言えば、今日はあれから誰とも口を聞いていなかった。
自分でもずうっと、怖い顔をしていた自覚はあった。
「ごめん。気を遣わせちゃったみたいだね」
「いいのいいの。カケルの気持ちはよく分かるし。でも、メイを心配しているのは、皆同じだよ?」
「うん、わかっている」
それでも無力な自分の事を考えると、気分が滅入って来る。
「しょうがないなぁ。じゃあ特別に、今夜は私がメイの代わりに一緒に寝てあげよう」
「ちょっと、ハーミルさん!?」
しかしハーミルは僕の戸惑いを他所に、僕の背後から布団に潜り込んできた。
そして後ろからゆっくり手を回してきた。
僕の項に彼女の吐息がかかる。
心臓が早鐘のように打ち鳴らされ、顔がみるみる紅潮していくのが自覚出来た。
「大丈夫だから。メイは必ずカケルの元に戻って来るよ」
背後でそっとハーミルが呟いた。
メイとは同じ部屋で寝泊まりしても、同じ布団で寝た事は……
ああ、一回潜り込んできたことあったな……
しかも全裸で……
場違いな事を考えていると、心が少し落ち着いてきた。
僕はハーミルの体温を背中に感じながら、いつしか眠りに落ちて行った。
…………
……
第013日―1
「で、同衾しておったという訳だな?」
「ち、違うのよ。これはあくまでも治療! そう、カケルの心の治療で」
「そっか! 治療だったんだ。うん。ハーミルが僕に癒しを与えてくれて」
「ほう……ハーミルよ、おぬし、確か魔力を持っておらなんだはずなのに、知らぬ間に治療師に転職しておったか」
ノルン様の氷点下の視線が、僕とハーミルに向けられている中、僕達はひたすら意味不明な言い訳を繰り返していた。
メイが攫われた翌朝、心配したノルン様が僕の寝床に声を掛けに来てくれて……
「全く、人の気も知らないで。まあ、ハーミルとカケルなら似合いだとは思うが、そういうのは集団行動中の場合、節度を守ってだな」
「だから何もしてくれなかったって、ねえカケル」
「うん、何もしてあげてないよね、ハーミル」
動揺する僕達はよく分からない事を確認し合う。
「まあ、二人が仲良いのは分かったが、そろそろ朝食の時間だ。食べたらすぐにガンビクに向けて出発するぞ」
昼過ぎ、ガンビクに到着すると、村人達が笑顔で出迎えてくれた。
そんな中、村長の老人が、ノルン様に一通の封書を差し出してきた。
「殿下がお立ちになられた直後、早馬でこの書状が参りまして……」
封を切り、書状に目を通していくノルン様の顔色が見る見るうちに変わっていく。
心配になった僕は、ノルン様に声を掛けてみた。
「何か……悪い知らせ、ですか?」
「いや、大したことではない」
ノルン様は、何でもない、という風に首を振った後、村長の老人に向き直った。
「書状、確かに受け取ったぞ。返書をしたためる故、後で帝城に早馬を出してくれ」
「かしこまりました」




