29.記憶
第011日―3
「メイはあの場で以前、実際に宝珠を顕現し、その力を開放した可能性がある。私は祭壇で、メイが顕現させようとしていた白の宝珠と同じ力の残滓を感じた。メイが以前、宝珠を使用して行った何かと、私の顕現させた青の宝珠とが何らかの形で干渉し、メイにその力が逆流したのやもしれぬ」
ノルン様の推測を聞いたハーミルが、メイにチラッと視線を向けた。
「ということは、ナイアが交戦した宝珠の所持者って……」
ノルン様が険しい表情のまま、言葉を返した。
「ううむ、なんとも言えぬ。しかしもし勇者ナイアがメイと交戦したとすれば、少し時期的に矛盾が生じる。勇者ナイアが宝珠の所持者と交戦したのは、知らせ通りとすれば数日前のはず。しかし、メイが記憶を失ってカケルの前に現れたのは、アレルが試練を乗り越え勇者となった日。つまり10日以上前という事になる」
僕は大きく頷いた。
以来、メイとは日夜行動を共にしており、彼女がナイアと交戦する機会は無かったはずだ。
それにしても、宝珠の力の残滓か……
もしかすると、自分があの部屋で抱いた違和感も、それだったのだろうか?
僕はおずおずと切り出してみた。
「あの……あそこの祭壇があった部屋、入った時に違和感があったんですが、あれがもしかして宝珠の力の残滓だったのでしょうか?」
「入った瞬間に違和感?」
ノルン様が怪訝そうな顔になった。
「なにかこう、良く分からない圧迫感のような、全身に活力が漲るような……」
「カケル、宝珠の力の残滓を感知できるのは、宝珠の所持者だけだ」
「え!? じゃあ、僕ももしかして宝珠を所持している、とか?」
わけの分からない光球とか無意識に呼び出せるのだから、いつの間にか宝珠を手に入れていても、あまり驚かない自信はある。
しかし、ノルン様は即座に首を振った。
「それはあり得ない。宝珠は帝室に連なる皇女のみに継承される。帝国建国以来、この400年間、例外は一例たりとも記録されていない」
「それってつまり……?」
ハーミルが、ノルン様の反応を確かめる素振りを見せながら言葉を続けた。
「メイは帝室の皇女様かもしれないって事?」
ノルン様の表情が一段と険しくなり、僕とハーミルは思わず顔を見合わせた。
ハーミルが改めて問い直した。
「宝珠は、帝室に連なる皇女様に代々受け継がれる、だったわよね?」
ノルン様が頷いた。
「そうだ。宝珠の所持者は時代によって、複数の時もあれば、数年間、宝珠の所持者のいない時代もあった。宝珠を所持しているかどうかは、誕生した瞬間に既に定まっている。成長の途中で突然宝珠を顕現出来るようになったり、宝珠を喪失したりは決してしない……」
それはメイが生まれながらの宝珠の所持者、ナレタニア帝国の帝室に連なる皇女の一人、という事を意味する。
ハーミルが少し茶化すように推論を述べた。
「もしかして、メイって、帝室の誰かが民間で作っちゃった隠し子だったりして?」
「その可能性は極めて低い。実は宝珠の所持者となる皇女は、同じく宝珠の所持者の皇女か、その近親者の皇女の下にしか生まれてこぬ。帝室に連なる皇女が、誰にも知られず、こっそり妊娠出産するのは不可能とは申さぬが、難しいだろう」
そして、ノルン様は言い難そうに言葉を続けた。
「もっと有り得る可能性として……メイは私の妹かもしれぬ」
「「ええっ!?」」
僕とハーミルは驚いて顔を見合わせた。
「ハーミルはあの噂、知っておろう。難産の末、私の母上と妹は死亡した……という事になってはいるが、実は妹は何者かにかどわかされた(※攫われた)、と」
「もちろん知っているわよ。だけど、私は単なる都市伝説の類の話だと思っていたんだけど……違うの?」
「わからぬ。父上は何故か、母上と妹に関しては、殆ど何もお話し下さらないのでな」
ノルン様は一旦そこで話を止めて、真剣な面持ちで僕に向き直った。
「すまぬな、カケル。いずれにせよ、メイは我が帝国で庇護する必要がある」
「……わかりました。メイが本当にノルン様の妹なら、むしろそうして頂く方が良いと思いますし……」
僕は少し複雑な気分で、まだ目を覚まさないメイにそっと目をやった。
この世界に来てすぐに出会ってから、今までずっと一緒に過ごしてきた彼女と離れ離れになるのは、正直とても寂しい気分だ。
でもまあ、全然会えなくなるってわけでも無いだろうし、ここは前向きに考えるべき所だろう。
一方、ノルンは厳しい視線をメイに向けていた。
カケル達には話していないが、例の宗廟に残っていた宝珠の力の残滓は、今回のものと同質であった。
つまりメイは宗廟でも、宝珠の力を開放して何かをしていた、或いはしようとしたはずであった。
何者かに強要されて?
或いは自らの意思で?
宗廟からの帰途、ウルフキングは宝珠を欲して襲撃してきた。
この地に至る道中で、マルドゥクも宝珠を欲して襲撃してきた。
マルドゥクが一時的にせよ、滞在していたらしいここ竜の巣で、メイが宝珠を使って何かをしていた。
そう言えばマルドゥクは確か、ガンビクの村での襲撃時、メイにこう話しかけてなかったか?
―――私の事が分からないのか……? もしや前回の儀式の影響で?
状況から類推すると、今回の宝珠を巡る一連の出来事には、どうやら魔王エンリルが絡んでいるようだ。
だとすれば、マルドゥクのいう『儀式』が、自分が毎年行う先帝達を祀る『儀式』と同じ、平和的なものとはとても思えない。
ノルンの頭の中で、パズルのピースが組み合わされていく。
しかし、それはまだ意味のある形を成してこない。
ノルンの頭の中を、纏まらない考えが、いつまでもぐるぐると渦を巻き続けていた。
――◇―――◇―――◇――
夜半、『アルラトゥ』は静かに目を開いた。
まだ頭が痛い。
彼女は顔を顰めながらも、記憶の確認を行ってみた。
一番直近の記憶では……
竜の巣の祭壇でノルンが青の宝珠を顕現し、祭壇を調べていたのを『メイ』として眺めていたのを思い出した。
そのあたりから後の記憶が曖昧だが、どうやら自分はまたしても気を失っていたらしい。
もしかすると、ノルンが顕現した宝珠に刺激された祭壇から、自身に何らかの力の逆流があったのかもしれない。
祭壇の封印を一人で解除して回るのは、それだけ負担が大きいという事なのだろう。
彼女は状況を確認するため、横たわったまま、周りを素早く見渡した。
今は竜車の中に寝かされているようだ。
見覚えのある仕切りがされており、今、この空間には自分一人である。
彼女は再び自身の記憶を辿ってみた。
確か、宗廟の祭壇の封印を解除する儀式の直後に意識を失って……
ここ2週間ほど、自分は記憶を失って、『メイ』という名を与えられ、カケル達と行動を共にしていた事が思い起こされた。
拘束はされていないところを見ると、どうやら自分の“正体”はまだ気付かれてはいないようだ。
同時に、人間風情と馴れ合っていた自分が、若干滑稽に思えてきて、思わず含み笑いが込みあげてきた。
だが、今の状況はかえって好都合かもしれない。
なにしろ、もう一人の宝珠の所持者、自分の知らない母の温もりを知っているあの女がすぐ傍にいる。
とりあえずは、このまま『メイ』の振りを演じ続けよう。
あと解除すべき封印は残り3ヵ所。
うまくすれば、あの、いつも自分を見下しているマルドゥクを出し抜き、他の皆に、自分を認めさせる事が出来るかもしれない。
彼女は静かに目を閉じ、再び眠りの世界に身を委ねた。




