28.祭壇
第011日―2
皆で一旦、竜車の所まで戻って来ると、ピエールさんが驚いたような顔で僕達を出迎えた。
ピエールさんが、アレルと彼の仲間達に視線を向けながら問い掛けてきた。
「その方々は?」
「竜の巣内部で出会った勇者アレル殿の一行だ。我等よりも先にここへ到着し、今朝から内部を探索しておったらしい」
ノルン様が、改めてアレルと彼の仲間達をピエールさんに紹介した。
話が一段落ついた所で、アレルがノルン様に問い掛けた。
「ところでノルン殿下はどうしてここへ?」
ここは帝国の支配限界外、魔王の棲む領域。
客観的に見れば、皇族が気軽に行き来する地では無いからこその問い掛けだろう。
「少し調べたい事があってな。本当はこの地で勇者ナイアと合流する予定だったのだが……」
ノルン様は、調査の目的をぼかして説明した。
「あと、マルドゥクと申しておったな。実は我等は一昨日、ガンビクの村に滞在中、黄金のドラゴンに乗ったそやつに襲撃されたのだ」
「それはっ! よくぞ御無事で」
「カケル達の奮闘のお陰でなんとか、な。そなたらは黄金のドラゴン、或いはマルドゥクには遭遇しなかったか?」
「先程も申し上げました通り、私達が到着した時には、ドラゴンの死骸が散乱しているだけでした」
「ただ、マルドゥクなる魔族、ここで誰かと交戦した可能性がある」
ノルン様とアレルとの会話に、エリスが口を挟んできた。
「表のドラゴン達の死骸に交じって、強力な魔族の血のにおいも残っている。状況から察するに、そのマルドゥクなる魔族のものであろう」
話を聞いていたハーミルが、感心したようにエリスさんに問い掛けた。
「エリスって、魔族の血のにおいとか分かっちゃうの?」
「アマゾネスは戦闘に特化した種族だ。一族の者は皆その程度の心得はある」
「戦闘に特化した! エリスもじゃあ強いんだ。今度暇な時にでも、一緒に死合しようね」
目をきらきらさせながら、さりげなく物騒な提案を潜り込ませてくるハーミルに、皆の生暖かい視線が集まった。
ノルン様が一つ咳払いをした。
「勇者アレルよ。良ければ我等が調査を行う間、同道してもらえぬか? 謝礼ははずもう」
アレルはノルン様の申し出を快諾した。
皆が改めて竜の巣内部に再度向かう準備を進める中、僕はアレルに声をかけた。
「神殿では色々お世話になりました。これ、あの時の」
そう話しながら、僕は金貨を1枚差し出した。
「お! あの時の金貨だね? でも、もう金貨稼げるようになったなんて凄いじゃないか。メイの方は記憶、まだ戻らないのかい?」
「あ、この金貨は棚ボタで手に入った魔結晶のおかげで……」
僕はアレル達と別れた後の事を、宝珠云々の下りを伏せたまま、簡単に説明した。
話を聞き終えたアレルが、感心した雰囲気になった。
「でもさすがはカケルだね。ノルン殿下と一緒に内密の調査任されるなんて」
「内密と言うか……」
そんな話は、僕からは一言も説明していないはずだけど……
戸惑う僕に、アレルが爽やかな笑顔を向けて来た。
「皇女様がわざわざ少人数でここまで来られるんだ。何かお忍びの調査だろうって事は見当つくよ。ははは、そんな顔しなくても大丈夫だよ。僕も勇者の端くれだからね。軽々しく大事な話を人に広めたりしないよ」
彼の屈託のない笑顔は、僕の懸念を払拭した。
恐らく、ノルン様もアレルの人柄を見込んで、協力を要請したのだろう。
午後の日差しの中、準備を整えた僕達は、竜の巣内部の探索を再開した。
入り口から続く百メートル程の洞窟のような通路を抜けると、先程アレル達と出会った広間に出た。
そこは巨大な吹き抜けのようになっており、内面の壁沿いに階段が上方へと続いていた。
どうやら、内部は数層にわかれているようであった。
途中、何度かモンスターが出現したけれど、先行するアレルと仲間達が難なく倒していく。
その後ろをノルン様が自身の魔力を高め、宝珠の残滓を探索しながら続き、最後尾を僕、メイ、ハーミルで警戒しながらついていく。
内部は合計5層に分かれていたが、4層目までは何の成果も得られなかった。
「なんかつまんない。出てくるのは普通のモンスターばっかりで、ドラゴンもいないし、なんだか名前倒れのダンジョンよね?」
ハーミルはよっぽど暇なのか、右手で長剣を器用にくるくる回しながらぼやいていた。
そんな彼女に、ノルン様がやれやれといった雰囲気の視線を向けてきた。
「次はいよいよ最上層だ。見よ、勇者アレル達を。片時も警戒を怠っておらぬ。おぬし、少々緩み過ぎだぞ」
「でも折角の冒険なのに、痛快さが欠けるというか……」
僕は苦笑すると共に、少し安心した。
あの月夜の告白で、ハーミルは本心では冒険に嫌悪感持っているのでは? と思っていたのだが、そうでも無いらしい。
最上層は今までの階層とは打って変わって、人工的な作りになっていた。
全面、大理石のような滑らかな材質で構成された通路が続き、突き当りに巨大な両開きの扉が設置されていた。
僕達は慎重に扉に近付き、先頭を行くアレルがそっと扉に手を掛けた。
扉には鍵がかかっておらず、音も無く開いていく。
扉の向こうは学校の教室程の空間になっており、中央に何かの祭壇のような場所が設けてあった。
まずアレルと仲間達が中に入り、彼等の大丈夫そうだとの合図で、僕達もその空間に足を踏み入れた。
その瞬間、僕は奇妙な違和感を覚えた。
何か不可知の力、得体の知れない雰囲気のようなものが漂っている?
ただそれは不快なものではなく、寧ろ心身に力が漲る不思議な感覚を僕にもたらした。
そっと周りの仲間達に視線を向けてみたけれど、皆の雰囲気に、特に変わった様子は見られない。
もしかすると、この場の醸し出す雰囲気に、少し神経が過敏になっているだけなのかもしれない。
僕はそう考えて、あえて気にしないことにした。
ノルン様は祭壇の方に慎重に近付き、少し辺りを探るような素振りを見せた後、その場で何かの詠唱を開始した。
彼女の額が青く輝きだした。
ハーミルが、僕にそっと耳打ちして来た。
「宝珠を顕現させようとしているわ」
ノルン様の額の輝きが一際明るくなり、そこから一筋の青い光が祭壇に向けて照射された瞬間、突然、メイが叫び声を上げて蹲った。
「メイ!?」
僕は慌てて彼女に駆け寄った。
メイは両手で額を抑え、苦しそうな呻き声を上げていた。
その手の平の隙間から、白い眩いばかりの光が放たれていた。
僕達がメイを助け起こそうと騒いでいるのに気づいたらしいノルン様が、怪訝そうな雰囲気で、こちらを振り返った。
しかしメイの様子に気付くと、ノルン様の顔が見る見る内に、驚愕の色に染め上げられていった。
「メイ、そなた、まさか……!?」
ノルン様の額の光が、潮が引くように消えていった。
それに同期するかのように、メイの額の光もまた、弱まりつつ消えていった。
メイは刹那の間、身を強張らせた後、脱力してしまった。
どうやら気を失ってしまったらしい。
「とにかく、一度戻ろう」
僕はメイを抱きかかえ、皆と共に、竜の巣の外へと向かった。
竜車の所まで戻ってくると、外はすっかり日が暮れていた。
アレルと仲間達は竜車に乗るのを遠慮して、車外で野営の準備を始めた。
メイは竜車の中に寝かされ、ノルン様が神聖魔法で覚醒を試みてくれたけれど、意識はまだ戻らない。
僕はメイに視線を向けながら、問い掛けてみた。
「どうしてメイは突然倒れたんでしょうか?」
ノルン様の表情が険しくなった。
「ううむ、推測はあるが、正確な理由は分からぬ」
「推測?」
「メイは……驚くべき事だが……宝珠を顕現しようとしておった。メイのあの額の輝き、あれはまさに宝珠顕現を試みた際に発せられるものに間違いない」
僕は息を呑んだ。
「メイはあの場で以前、実際に宝珠を顕現し、その力を開放した可能性がある。私は祭壇で、メイが顕現させようとしていた白の宝珠と同じ力の残滓を感じた。メイが以前、宝珠を使用して行った何かと、私の顕現させた青の宝珠とが何らかの形で干渉し、メイにその力が逆流したのやもしれぬ」




