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【改稿版】僕は最強者である事に無自覚のまま、異世界をうろうろする  作者: 風の吹くまま気の向くまま
Ⅱ. 北の地にて明かされる真実
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26.月光


第009日―5



夕食後、割り当てられた部屋で一人(くつろ)いでいると、誰かが扉をノックした。


「メイ?」


僕の呼びかけに、しかしメイとは違う若干おどけた感じの声が返ってきた。


「残念! ハーミルでした」


扉を開けると、昼間身に着けていた軽装鎧では無く、ラフな私服に着替えたハーミルが立っていた。

彼女がはにかむように微笑んだ。


「ねえ、月が綺麗よ。ちょっと散歩しない?」


僕達は連れ立って戸外に出た。

村の夜は早いらしく、出歩いている人を(ほとん)ど見かけなかった。

大きな満月の柔らかく白い光が周囲を照らし出し、村は昼間とはまた違った雰囲気を(かも)し出していた。

僕達は道端に置かれていた、木造の素朴なベンチに、並んで腰を下ろした。


ハーミルがぽつりと呟くように口を開いた。


「昼間はありがとね」

「お礼をいうのはこっちの方だよ。僕とメイをあいつの刃の渦から守り抜いてくれてありがとう。傷は大丈夫なの?」


僕は改めて、昼間の凄まじい戦いを思い出した。

最後に見たハーミルは、全身を血で赤く染め、満身創痍でマルドゥクと対峙していた。


「帝国でもトップクラスの神聖魔法の使い手がいるからね~。ご覧の通り、跡も残さず治してもらいました」


ノルン様に治してもらったのであろう。

ハーミルが袖をめくって、自分の二の腕を僕に見せてきた。

月光に照らされたその白さは、僕を少しドキドキさせた。


「でも、僕達がハーミルの足、引っ張っちゃったね。僕達を守る事考えなかったら、ハーミルならマルドゥク、斃せていたかも」

「そんな事無い!」


ハーミルはいきなり声を張り上げ、そして小さくごめんと謝ってきた。


「私ね、冒険者に憧れていたって話したでしょ? 実は二年前に、ちょっと冒険してみた事があったの」


ハーミルの父キースは、帝国の剣術師範であった。

幼い頃、母を亡くしたハーミルは、そんな父の影響もあって、剣術一筋で修業に打ち込んできた。

元々剣は好きだったし、何よりも自分が強くなる事を我が事のように喜んでくれる父の笑顔が好きだった。

ただ、その日は朝から父と些細(ささい)な事で喧嘩してしまい、家を飛び出してしまった。

ハーミルはそのままの勢いで、かねてから夢想していた『冒険』を実行する事にしたのだ。

それは少しのドキドキを伴うものの、その時までに、三年連続で剣術大会を制覇している自分には、何の危険も無く終わる……はずの『冒険』であった。


「宗廟に行って、儀式の祭壇をこっそり見に行こうと思ったの」


宗廟は、普段は結界で硬く封印されている。

年に一度、宝珠を顕現出来る皇女がその結界を解き、皇族のみの列席の元、儀式が行われる。

幼馴染のノルンが、毎年その儀式の斎主(さいしゅ)を務めることは知っていた。

元々好奇心旺盛なハーミルは、一度でいいから、儀式そのものを見る事は(かな)わなくても、せめて祭壇だけでもこの目で見たいと思っていたのだ。

勿論、結界の存在は知っていた。

もしかしたら、宗廟の中には入れず、無駄足になるかもしれない。

それでも、転移の魔法陣を使用して宗廟最寄りの街、アルザスに降り立ったハーミルの心は(はず)んでいた。

何しろ初めての『冒険』である。


「宗廟に到着してみたら、何故か聞いていた結界は無くて、すんなり中に入る事が出来たの。ところが中には既に先客がいたわ。今考えると、そいつが先に宗廟の結界を破って侵入していたんでしょうね」


祭壇のある部屋に近付いた彼女は、何者かが祭壇の傍にいる事に気が付いた。

皇族の誰かが儀式の準備で来ているのであろうか?

こっそり様子を(うかが)ってみるが、その何者かは全身をすっぽり覆う、灰色のローブのような物を身に着けており、男女の別すらよくわからない。

彼女はなおもその先客の様子を観察しようとして……その侵入者に気付かれた。


「そいつは有無を言わせず、いきなり高位の魔法を無詠唱で放ってきたわ」


彼女は一瞬、この場で応戦するかどうか考えて……


自分もこっそり宗廟に忍び込もうとした負い目もあって、逃走する事を選択した。

彼女はぎりぎりでその侵入者の放つ魔力を(かわ)し、宗廟の外に脱出した。

侵入者も彼女を追撃して外に飛び出してきた。

その時、彼女は遠くから近付いてくる父とナイアに気が付いた。

恐らく、父が飛び出していった自分を探して、気配感知に長けたナイアに協力を求めたのだろう。

侵入者は、再び練成された禍々しい魔力を、ハーミルに向けて解き放った。

しかし近付いてくる父とナイアに一瞬気を取られていた彼女は、わずかに回避が遅れた。


それ(禍々しい魔力)が私に届く寸前、私は父に思いっ切り突き飛ばされたの」


その禍々しい魔力は、彼女ではなく、キースを直撃した。

それを全身に浴びた彼は、苦悶の声を上げて(うずくま)った。


「私は父が魔力を浴びた事に動揺してしまって……結局、ナイアがその侵入者を追い払ってくれたわ」


キースが浴びた魔力は、強力な呪詛のようなものだった。

一命は取り留めたものの、彼は半身不随となり、それはいかなる高位の神聖魔法によっても、癒すことは不可能であった。


「だから私は一生涯掛けて、父の介護を続けなければならないの」


月光を浴び、自身の“罪”を告白した彼女の顔は蒼白であった。


「私は私の勝手な振る舞いで、父の未来を奪ってしまった。あなたが私を(かば)って刺された時、私はまた誰かの未来を奪うところだった」


彼女の眼から大粒の涙が(こぼ)れ落ちた。


「だから、あんな無茶はもう絶対にやめてね? 例えあなたが不死身の加護を受けていたとしても、自分のために誰かが傷付くのをもう見たくないの」


ハーミルは肩を震わせていたけれど、そんな彼女にかけるべき言葉を見付ける事も出来なくて……


僕はただ黙って、そっとハーミルの肩を抱いた。



僕達が村長の屋敷まで戻ってくると、篝火(かがりび)を手にした大勢の人々が集まっているのが見えた。


「何かあったのかな?」

「まさか、またあの魔族が戻ってきた、とか?」


僕達は急いで集まっている人々の(もと)に駆け寄った。

人だかりの中心にノルン様の姿も見えた。

僕達に気付いたらしい彼女が、驚いたような顔になった。


「カケル! ハーミル!」


ノルン様の傍にはメイがしょんぼりとした様子で立っていた。

しかしノルン様が上げた声で、やはり僕達に気付いたらしい彼女が、こちらに駆け寄って来た。


「カケル シンパイシタヨ」

「こんな夜更けに、どこへ行っておったのだ?」


二人に同時に声を掛けられ、少しバツの悪さを感じながら、僕はとりあえず説明を試みた。


「ちょっと夜のお散歩に」

「皆二人がいないのを心配して集まったのだ」


そう前置きしてから、ノルン様が今の状況を説明してくれた。

メイが“いつも通り”一緒に寝ようと――って、いつも言っているけれど、(あと)から僕のベッドに忍び込んで来ようとするの、そろそろ止めようね?――僕の部屋にやってきたところ、僕がいない事に気付いたのだという。

そして、ハーミルもいなくなっている事が判明し、昼間の事件の後だけに、皆で探しに行こうとしていた所だったらしい。

僕とハーミルは慌てて皆に謝罪した。


ノルン様がやれやれと言った表情を浮かべた。


「まあ子供では無いのだし、逢引(あいびき)するなとは申さぬが」

「逢引って……ただの散歩だし。ねえ、カケル」


そう答えるハーミルは、何故か顔を真っ赤にしている。

そんな彼女の肩を、思わず抱いてしまった事を思い出した僕まで、知らず顔が赤くなってきた。


ノルン様が皆にも聞こえるように、大きな声を上げた。


「とにかく何事も無くて良かった。これからは、どこか行く時には、誰かに告げてからにせよ」


僕達が“無事”戻ったのを見届けた村人達は安堵した表情を浮かべ、三々五々と帰宅していった。



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