22.魔族
第008日―3
説明を聞き終えた僕は苦笑した。
「なんだ、お忍びの遊びじゃなくて、ちゃんとした調査して戻って来られるところだったんですね」
ノルン様が怪訝そうな顔になった。
「ん? 私が遊びに出ていた等と話していたのは誰だ?」
「恩賞の儀の参列者の方だと思うのですが、転移の魔法陣のところにいた魔導士の方が話していましたよ。お忍びで遊びに出ていたノルン様を、僕が助けたって」
「帝都の転移の魔法陣という事は……モルソンのやつか。まあ、恐らく父上がそのように説明したのであろうな。調査の性格上、あまりおおっぴらに全部話すわけにもいかないだろうし」
「ところで宝珠って、帝国皇室に連なる皇女様方のみに受け継がれるってお聞きしたのですが」
僕はガスリンさんから聞いた話を思い出しながら、たずねてみた。
彼の話通りとすれば、調査対象になっている“第二の宝珠の所持者”もまた、皇室関連の女性、と言う事になりそうだけど……
僕の言葉を聞いたノルン様の顔に、複雑な感情が浮かぶのが見えた。
「……その辺の話は、時期が来るまで待ってくれぬか」
どうやら、ノルン様にとってこの話題は好ましい物では無かったようだ。
僕達の話題は、自然と他に移っていった。
第009日―1
結局その晩は竜車の中で泊まり、翌日午後、僕達はガンビクの村に到着した。
ガンビクは人口数百人の小さな村であった。
北方に目をやると、鬱蒼とした原生林とその彼方に白く輝く山々が広がっているのが見えた。
そこはもはや帝国の支配限界外、魔王の棲む地へ連なる領域だ、とピエールさんが教えてくれた。
ピエールさんは、この村には何度も訪れているようであった。
そのためか、彼が竜車を村の一角に止めると、村人達が三々五々、集まって来て彼と談笑し始めた。
ノルン様は村長の家に挨拶に出向くとの事で、その間、手持無沙汰になった僕は、メイやハーミルと一緒に、村内を散策する事にした。
「私、この村初めて」
ハーミルは元々の性格がそうなのであろう、いかにも好奇心旺盛といった目を周囲に向けてはしゃいでいた。
「見て見てあそこ。野生の雪リスがいる!」
「ユキリス オイシイ?」
「美味しいかもしれないけれど……って、食べ物としてでは無くて、愛玩動物として楽しもうね!?」
ハーミルとメイの会話を聞いていると、僕の方まで楽しくなってきた。
「でも意外だな。ハーミルって結構色んな所に遊びに行ってそうなイメージだったけど」
性格も明るいし、少なくとも家の中でじっとしている風には見えない。
「全然! お父さんが帝国の剣術師範なんてしていたせいで、一人っ子の私も小さい頃から剣術の修業ばっかりだったしね……だから、実は冒険者的なのって、結構昔から憧れていたんだ」
「じゃあこの調査終わったら、ハーミルも僕達と一緒に冒険者やればいいよ」
彼女なら、グレートボアよりもっと強いモンスターでも、瞬殺出来るんじゃないだろうか。
「お誘いありがと。でも、お父さんのお世話があるからね。今はノルンの計らいで帝国の人達が介護してくれているけれど、この調査終わったら、やっぱり私がしないとね……」
ハーミルが少し寂しそうに微笑んだ。
そんなハーミルにかける言葉を探そうとして……
僕はふと、頭の片隅に違和感を抱いた。
唐突に何か大きな危険が迫っているという感覚。
「どうしたの?」
急に黙り込んでしまった僕に違和感を抱いたのであろう、ハーミルが不思議そうな顔で声を掛けてきた瞬間……
僕達の頭上を突然巨大な影が通り過ぎた。
「ドラゴン!」
僕とほぼ同時に空を見上げたハーミルが鋭く叫んだ。
小型飛行機ほどもあろうか。
巨大な翼を広げた金色のドラゴンが、悠然と空を舞いながら僕達を追い越して行った。
上空の異変に気付いた村人達も騒ぎ出している。
「とにかく、竜車の方に急いで戻ろう」
お互い声を掛け合った僕達は、慌てて竜車の方に走り出した。
――◇―――◇―――◇――
カケル達を追い抜いて行った黄金のドラゴンは、竜車が停められている村の広場に、轟音と共に着地した。
その背には、黒っぽいローブのようなものを身に纏った何者かが騎乗していた。
背中へと流れる頭髪は雪のように白く、その頭髪を貫くように二本の黒い角が生えていた。
「初めまして、人間の皆さん。私は魔王の息子にして代弁者、マルドゥクだ」
災厄は突如として舞い降り、鷹揚に自己紹介を始めた。
巨大なドラゴンとマルドゥクと名乗る魔族の出現で、村は大騒ぎになっていた。
マルドゥクはその様子を、ドラゴンの背中から愉快そうに眺めている。
やがてノルンが村長の老人と共に、カケル達に先んじて、竜車のもとに戻ってきた。
マルドゥクはノルンに視線を向けると、彼女に呼びかけた。
「これはノルン姫、御機嫌麗しゅう」
「マルドゥクとか申したな? これは何の騒ぎだ?」
ノルンは村長を庇うように一歩前に出て、マルドゥクを睨みつけた。
「別に意味も無く人間達を殺戮しようとか、そんなつもりはありませんのでご安心を」
マルドゥクは物騒なセリフを口にすると、気取った感じで大仰に頭を下げた。
「ノルン姫にほんのちょっとお願いがあるだけでございます」
「私に?」
「宝珠をご提供頂きたいのです」
「……宝珠なんぞを手に入れて何とする? おぬしらには無用の長物のはず」
マルドゥクはニヤニヤ笑いながらノルンに言葉を返した。
「帝国に名立たる宝、魔王様も是非その目で見てみたいと話しておられる……というのはどうでしょう?」
「そんな言葉を信じられると思うか? 何を企んでおるかは知らぬが、どのみち、宝珠は他人に易々と譲るような代物でも無い。諦めて立ち去るが良い」
「困りましたな……それでは仕方ありません、代わりにこの村に滅んで頂くしかなくなりますが、宜しいでしょうか?」
マルドゥクは、遠巻きに様子を伺っている村人達を見渡し、いかにもそれは自分の本意では無いのだという風に嘆息した。
あからさまな脅迫に、ノルンは唇を噛み締めた。
と、突然裂帛の気合が響き渡り、ドラゴンの首筋から血しぶきがあがった。
ドラゴンが苦悶の叫びを上げたが、その傷は見る見る内に塞がっていく。
マルドゥクがやや驚いた感じで向けるその視線の先に……
抜刀したハーミルがいた。
彼女は騒動の現場にカケル達よりも先に到着し、直ちにドラゴンに一撃を浴びせたのであった。
「さすがはドラゴン。というより、何かの加護でもかかっているのかしら? ドラゴンスレイヤー(※ドラゴン特効の武器)とかじゃないと、致命傷は難しいかもしれないわね」
ハーミルは独り言ちたが、すぐにドラゴンから距離を取ると、油断無く剣を構え直した。
――◇―――◇―――◇――
僕とメイがその場所に駆けつけた時、既に黄金のドラゴンは着地していた。
そして抜刀したハーミルが、ドラゴンの背に乗る魔族と思われる男を睨みつけていた。
魔族の男が感心したような雰囲気で、ハーミルに声を掛けた。
「人間にしては凄まじい剣技だな。そのような通常武器で我が騎竜が傷つけられるとは。さすがは噂の剣聖殿だ」
と、男がふいに僕達に視線を向けてきた。
男が眉根を顰めるのが見えた。
「これは……こんな所で何をしている?」
「?」
どうやら男は、メイに問い掛けているようであった。
突然声をかけられた形になったメイは、困惑したような表情を浮かべている。
「私の事が分からないのか……? もしや前回の儀式の影響で? フフフ、面白い。半端者は所詮半端者だったというわけか」
僕は男を睨みつけた。
「メイの事を……何か知っているのか?」
しかし男は僕の事等、眼中に無いといった雰囲気で呟いた。
「まあ、後から回収すれば良いか……半端者とはいえ、道具としては、なかなかに役に立つからな」
そして凶悪な笑みを浮かべたまま、ノルン様に向き直った。
「さて、少々脱線してしまったが、話を戻しましょう。どうされますかな? ノルン姫よ」
「……宝珠は渡せぬ。早々に立ち去るが良い」




