21.竜車
第008日―2
今回の調査の性質を考えると、目立つのは得策では無いというノルン様の提案で、僕達は衛兵が駆け付ける前に、急いで広場から離れることにした。
向かう先は、東の小高い丘の上に立つこの街の知事、レバン公の館である。
レバン公には、僕達が竜の巣へ向かう準備に協力するよう、予め皇帝陛下から内々に通達が出されているそうだ。
道すがら、ハーミルが僕とメイに対して、先程の“襲撃”について改めて謝ってきた。
「ごめんね。ノルンを助けた白馬の王子様の実力、ちょっと試したかっただけなのよ」
「カケル ハクバニ ノッテナイヨ?」
「ちょっと、この子なかなか面白いじゃない」
ハーミルは面白いおもちゃを見つけたかのように、メイに抱きつこうとした。
しかしメイの方は、その手をすり抜けて、僕の背中に逃げ込んだ。
「カケルとメイってホント仲良いわね」
茶化すような雰囲気のハーミルに、僕は苦笑しながら言葉を返した。
「それはいきなりハーミルさんが、メイに抱き付こうとしたりするからですよ」
「ハーミルでいいわ。敬語なんて堅苦しいだけでしょ? 私もカケル、メイって呼ばせてもらうから」
「では改めて。ハーミル、宜しく」
ハーミルは気さくで話しやすかった。
話していくうちに、彼女が帝国の武術大会五連覇中である事、魔法は全く使えないが、剣に関しては『剣聖』と畏怖される程の腕前である事が分かった。
「道理であの剣撃、尋常じゃ無かったわけだ」
感心する僕に、ハーミルが少し真剣な表情で、顔を寄せてきた。
「ねえ、さっきの“見えていた”んでしょ? なんで避けなかったの? もしかして、寸止めってバレてた?」
「いや、あんなの避けられないし、寸止めって分かっていたら、あんなに焦らなかったよ」
「本気の剣撃だったんだけどな~。見切られたのはいつ以来かしら?」
「ハーミルの本気の剣撃ってよく分からないけど、全然見切れてないからね」
「まあ、私の剣撃見切れるレベルだからこそ、ウルフキングも一撃だったのかもね。帝都に戻ったら、一度死合しようね」
「……もしかして、ハーミルってあんまり人の話聞かないタイプ?」
しかも彼女が口にした“しあい”、絶対に“試合”じゃなさそうだったし……
僕達の話を横で聞いていたらしいノルン様が、思わず噴き出した。
「ハーミル、おぬしの性格がカケルにばれていっておるぞ」
昼前、僕達はレバン公の館に到着した。
館はアルザスのリュート公の館に似た雰囲気の建物であった。
ノルン様が入口の衛兵に来意を告げると、僕達はすぐに応接室に通された。
待つ事数分で、恰幅の良いエネルギッシュな感じの、壮年の男性が部屋にやってきた。
彼はノルン様の前で、片膝を付き臣礼を取った。
「ようこそお越し下さいました、ノルン殿下」
「レバン公よ、此度は面倒をかける。早速だが、準備の方はどうだ?」
「は、仰せの通り、竜車をご用意してございます」
「りゅうしゃ?」
耳慣れない単語を聞いて、思わず首を傾げてしまった僕に、ノルン様がその言葉の意味するところを簡単に説明してくれた。
竜車とは、その名の通り、馬では無く竜が引く乗り物なのだという。
竜と言っても、翼は無く、その姿は僕達の世界の恐竜、アンキロサウルスに近い。
馬よりも速度は落ちるものの、遥かに優れた耐久力を持っており、悪路においてこそ、その真価を発揮するらしい。
北方の帝国支配限界以遠の地は、当然街道も整備されておらず、道無き道を行く、こうした小型――とはいえ、馬と比べれば倍位は大きいらしいけれど――の地竜が引く乗り物が重宝されているそうだ。
「すぐに出立できるか?」
ノルン様の言葉に、レバン公がやや困ったような顔になった。
「は、すぐにでも。と申し上げたい所なのですが、少し準備にお時間を頂けないでしょうか? 丁度今、人が出払っておりまして」
「何かあったのか?」
「いえ、実は先ほど、ならず者共が広場で騒ぎを起こした、との知らせが入りまして……」
レバン公の話によると、広場でデートをしていた男女二人組の冒険者達に、後から来た女冒険者が突如切りかかり、そこへもう一人の女冒険者が乱入して騒ぎが大きくなり、最終的には巨大な火球が広場の上空で爆散し、憩いの場が大パニックになったのだそうだ。
衛兵が駆け付けた時には、騒ぎの元凶と思しき四人の冒険者達は、どさくさに紛れて逃がれ去った後だったという。
彼は最後に、死傷者が出なかったのは不幸中の幸いだった、とも付け加えた。
「強力なモンスターの生息域に近い事もあって、荒くれ者供が集まりやすい街ではあるのです。しかしだからこそ、街中の平穏を乱す者には毅然とした姿勢で臨みませんと!」
根が熱血なのであろう、レバン公が拳を握りしめ、顔を紅潮させて憤慨した。
僕は背中に変な汗が湧いてくるのを感じて、思わずノルン様の方に視線を向けた。
彼女は表情を引きつらせながら、ハーミルの方を物凄い形相で睨んでいた。
「でも、火球を打ち上げたのは私じゃないよね?」
睨まれるのは心外だと言わんばかりに、ハーミルが口を尖らせ、メイの方を見た。
メイはそもそも話に関心が無いのか、いつも通りぼーっとしていた。
そんな僕達の様子を不審に感じたらしいレバン公が、改めてノルン様に問い掛けた。
「なにか……事情を御存じなのでしょうか?」
ノルン様が少しの間、眉をひくひくさせた後、頭を下げた。
「す、すまぬ! その慮外者(※ならず者)共とは我等の事だ……」
観念した感じのノルン様は広場での詳細を説明し、ハーミルとメイにも無理矢理頭を下げさせた。
「ま、まあ、ノルン殿下はあくまでも騒ぎを止めようとされた、という事で……」
レバン公は引きつった笑顔で、今回の件は不問にさせて頂きます、と話してから、出動させていた衛兵達を館に呼び戻した。
お昼ご飯をレバン公の館で御馳走になった後、僕達は午後の早い時間に出発する事になった。
準備を終えた僕達が表に出ると、館の前には既に二頭立ての竜車が用意されていた。
竜車の傍らに、1人の壮年の男性が立っていた。
彼はノルン様に気付くと片膝をつき、臣礼を取った。
レバン公が、その男性を僕達に紹介してくれた。
「この者はピエールと申しまして、竜車の扱い、北方の地理共に精通しております。どうぞお連れ下さい」
ノルン様が頷き、ピエールに声を掛けた。
「ピエール、そなたも共に旅する仲間だ。堅苦しい礼は無用ゆえ、立つが良い」
立ち上がったピエールさんが、改めてこれからの旅路について提案してきた。
「竜の巣まではここから辺境の村々を経由して、竜車で三日ほどかかります。まずは竜の巣に一番近い村、ガンビクを目指し、そこで竜の巣の最新情報を得られてはいかがでしょうか?」
竜車に乗り込んだ僕達は、レバン公に見送られる形で、マーゲルの街に別れを告げた。
街を出てしばらく進むと、周囲の情景は、次第に木々も疎らな荒野へと変わって行った。
ピエールさんが操る幌付きの竜車の中、僕達は四人――ノルン様、メイ、ハーミル、そして僕――で車座に座っていた。
内部は質素ながらも生活用品が揃えられ、簡易的なしきりも設置でき、そのまま寝泊まりする事が可能な構造になっていた。
車体に何らかの工夫が施されているのか、荒れ地を走っているにも関わらず、振動は殆ど伝わってこない。
僕はノルン様に気になる事を聞いてみた。
「ところで竜の巣には、ナイアさんに会いに行くんですよね? 正確な待ち合わせの時間ってもう決まっているんですか?」
「勇者ナイアは複数の使い魔を使役し、気配感知に長けておる。我等が近づけば、彼女の方から接触してくるはずだ」
ハーミルも苦笑を浮かべて、幼い頃の思い出を披露してくれた。
「ナイアはそういうの昔から得意だったもんね。子供の頃、あの子が加わるかくれんぼほど、つまらないものは無かったわ」
「ともかく、勇者ナイアと合流した後は、第二の宝珠についての調査だ。知らせでは、勇者ナイアは宝珠の所有者と交戦したらしい。交戦した相手がその場で宝珠の力を開放しておれば、私であれば、なんらかの残滓を感じ取れるはずだ。それを宗廟の時と比較すれば……」
「宗廟の時?」
首を捻る僕を見て、ノルン様が何かに気が付いた顔になった。
「ん? そうか、カケルには、最初にそなたに助けてもらった時の私の調査の件、伝えておらなんだか」
そう前置きしたノルン様は、宗廟を調査した時の話を簡単に説明してくれた。
 




