182.復活
16日目―――4
「救世主様、女神のダンジョンから脱出したおり、獣人達の村で“霊力を従え”ましたよね?」
「霊力を従える?」
そう言えば、あの女神もそんな感じの言葉を口にしていた。
言葉の意味を考えようとする僕の心を読んだかのように、ポポロが質問を重ねてきた。
「獣人達の強い想いを、御自身の霊力の糧にしませんでしたか?」
!
僕はセリエの家族達が暮らす獣人達の村で、キマイラと戦った時の事を思いだした、
あの時、獣人達の“村を守りたい”という強い想いが、僕の中に凄まじい勢いで流れ込んできた。
そして僕は光球を顕現し、あのキマイラを消滅させる事が出来たのだ。
今思い返してみると、マーバの村でも、ドワーフ達の集落でも、彼等の想いが僕に“力”を与えてくれていた、
あれが“霊力を従える”という事だろうか?
ポポロが言葉を継いだ。
「本来、女神のみがこの世界の人々の強い感情、想いを従え、自身の力の糧に出来ます。女神から力のほんの一滴を分け与えられているだけの守護者には、絶対に不可能な事です」
ポポロが微笑んだ。
「ですから救世主様の力は、守護者の力とは無関係です。世界の理を崩し、理を正す力。そして理を書き換える事すら可能にする力。それが女神の力であり、救世主様の持つ力でもあるのです」
ポポロの言葉を、僕はただ、呆然と立ち尽くしたまま聞いていた。
ポポロが僕の傍に歩み寄ってきた。
そして、そっと囁いてきた。
「私がお手伝いします。セリエを救いましょう」
ポポロが、セリエの身体が入っていた容器を開けた。
そして中からセリエの身体を掬い上げ、床にゆっくりと横たえた。
「セリエの身体に手を触れて下さい」
ポポロの言葉を受けて、僕はおずおずと動かないセリエの身体に右手を触れた。
冷たい感触が、指の先から伝わってくる。
「目を閉じて、セリエの事を心に思い浮かべて下さい」
言われた通り、目を閉じた。
そしてじっとセリエの事を考えてみた。
この世界に“落ちて”きて、初めて会った女の子。
優しくて素直で、いつもニコニコ笑っていて……
なのに今は冷たくて、ぴくりとも動かなくなって……
あの女神がっ……!
心の中に、暗い何かが湧きたとうとした瞬間、ポポロの凛とした声が聞こえた。
「闇に心を委ねてはダメです!」
「!」
「女神の事は、今は忘れて下さい。光を、セリエと過ごした楽しいひと時だけを、心に思い浮かべて下さい」
僕は一度、大きく深呼吸した。
セリエの笑顔が心に浮かんで来た。
彼女は笑顔が良く似合う女の子だった。
いつもニコニコしていて……でも、僕がケルベロスに殺されかかった時は、泣いてくれていたっけ?
ヨーデの街の食堂では、ふくれっ面にもなって……でもそれもやっぱり可愛くて……
セリエ……
僕の中で、セリエへの想いが溢れ出した。
セリエの笑顔をもう一度見てみたい!
再び目を開いた僕の傍に、光球が顕現していた。
ポポロの声が、まるで遠くから響くように聞こえてきた。
「救世主様。想いを込めてそれを手に取って下さい。崩された理を、今正すのです」
ポポロの言葉を待つまでも無く、僕は今からやるべき事を、何故か完全に理解出来ていた。
偽りの理により捻じ曲げられた時の流れを巻き戻す。
思い返せば、僕はマーバの村で、無意識のうちにそれを行っていたでは無いか。
あの時、焼き討ちされた家々の“時を巻き戻した”。
どうして、あの時は分からなかったのだろうか?
光球に手を伸ばすと、それは溶けるように消え去った。
同時に、セリエの身体に明確な変化が現れた。
胸に開いていた穴が塞がっていき、止まっていた心臓が再び鼓動を打ち始めた。
温かい血流がその身体を再び巡り……
そして……セリエは目を覚ました。
それを確認したポポロが、微笑みを浮かべた。
「セリエは救われました。これがあなたの力です。どうかその力で、この世界もお救い下さい」
セリエは10日前、女神に殺される直前へと“巻き戻された”。
上半身を起こしたセリエは、不思議そうな顔で僕を見上げてきた。
「あれ? カケル?」
「セリエ!」
気が付くと僕は、セリエを思いっきり抱きしめていた。
セリエが戸惑ったような声を上げた。
「カケル、どうしたの?」
「ごめん! でも、もう少しだけ」
セリエが優しく僕の頭を撫ぜてきた。
「……しょうがないなぁ」
僕の腕の中に、温かくて、ちゃんと生きているセリエがいる!
涙がとめどもなく溢れ出し、僕はただ、セリエを抱きしめ続けていた。
しばらくして落ち着いた僕は、今度は猛烈なバツの悪さを感じてセリエから身を離した。
そして彼女に頭を下げた。
「ごめんね。いきなりでびっくりしたでしょ?」
「ううん。それよりカケルはもう大丈夫なの?」
「えっ? どういう意味?」
大丈夫かどうか聞かれるべきは、この場合、セリエの方のはず。
なにせ彼女はいきなり“生き返った”形になっている。
心や体に不調をきたしていないとも限らない訳で……
しかしそんな僕の心配を他所に、セリエが優しい表情で言葉を返してきた。
「だって、カケルはなにかとっても不安な事が有ったから、さっきあんなに取り乱していたんでしょ? ちゃんと落ち着けた?」
「セリエ……」
ダメだ。
せっかく落ち着いたはずの涙腺が、また決壊しそう。
一生懸命心を落ち着けていると、セリエがキョロキョロ周囲に視線を向けた。
「ところでここ……どこ?」
セリエが何かを思いだすような素振りを見せた。
「私、確か神様にどうしてもお願いしたい事があって……朝、神様の塔に向かって……あれ?」
戸惑うセリエに、それまでただ静かに成り行きを見守っていたポポロが声を掛けた。
「初めまして、セリエさん。私はポポロ。あなたと同じ、15歳よ」
僕の力で時間を巻き戻されたセリエの記憶は、当然ながら、女神に殺される寸前で終わっているようであった。
ポポロがあの日、セリエの身に何が起きたのかを簡単に説明した
事の次第を知ったセリエは、少しばかりショックを受けていた様子だった。
しかしすぐに少し寂しそうな表情で口を開いた。
「でも、入っちゃダメな場所に入った私が悪かったんだから、神様に殺されちゃっても仕方ないよね」
僕はセリエに語り掛けた。
「それは違うよ。守護者も言っていたけれど、禁足地に入った人は、殺されたりしない。本当は追放されるだけで済むはずだったんだ」
「じゃあ私、きっと知らない間に、もっと悪い事しちゃっていたんだね。それで神様が……」
僕はセリエの言葉をそっと遮った。
「違うんだ。君が死ななきゃいけなかったのは、僕のせいなんだ」
「えっ?」
僕はセリエに、自分がこの世界の住民では無い事、セリエが殺されてから、僕がこの世界で何を見て、何を知ったかを詳しく説明した。
「だからセリエ、僕は君の神様ともう一度会わないといけない」
「うん」
「僕の大切な人を助けに行かなきゃいけない」
「うん」
「神様が僕の話を聞いてくれない時には……」
僕は自分の覚悟をはっきりと口にした。
「君の神様と戦わないといけない」
セリエは一瞬、大きく目を見開いた。
しかしすぐに微笑みを浮かべて言葉を返してきた。
「カケルがどんな選択をしても、私はカケルの味方だよ。だって、カケルが私を生き返らせてくれたんだから」
「セリエ……」
「それに、もしカケルと神様が喧嘩になったとしても、それはきっと神様の思し召しだよ」
こんな時でさえ、“神様の思し召し”って…….
セリエの言葉に、僕は思わず吹き出してしまった。
「ちょっと! ここって笑うとことじゃないと思うけど」
セリエが若干むくれ顔になった。
「ごめんごめん。凄く真剣な話をしているのに、セリエが不意打ちみたいにそんな事言うから」
セリエを宥めながら、僕は改めて宣言した。
「神様相手に、僕に何が出来るのか正直分からない。でもこの世界には、僕が必ず助けに行かないといけない人がいて、守らないといけない人がいる。これだけは、神様の思し召しなんかと関係なく、僕自身にもはっきり分かる事だ。だから僕は、僕のこの力を、この世界の為に使ってみようと思う」




