181. 対面
16日目―――3
ポポロと名乗った少女が、手を差し伸べてきた。
僕は彼女の手を借りる形で立ち上がった。
その時になって、僕はこの書斎のような場所の中央に、高さ1m程の大きなクリスタルが浮遊している事に気が付いた。
そこには、先程まで僕が女神と対峙していたはずの、あの庭園の情景が映し出されていた。
状況から考えれば、おそらくこのポポロと名乗った少女がこのクリスタルを使って僕の危機を知り、“門”を開いてここへ僕を引きずり込んだって事なのだろう。
僕は改めて彼女に言葉を掛けた。
「助けてくれたんだよね? ありがとう」
そして“一応”確認してみた。
「え~と、君があの禁呪を使って、僕をこの世界に呼んだって事で良いのかな?」
「はい。あなたをあの世界で見つけ、この世界へ通ずる回廊を開きました。ただ、時を超えるのに、あなたの霊力を使わせて頂いたのですが、余りに強力すぎて制御不能になってしまいました。なんとか、私達の世界へとお連れする事は出来たのですが、ここでは無い無関係な場所にあなたを落としてしまいました。本当にごめんなさい」
そう口にして、ポポロは再度頭を下げてきた。
彼女の話によれば、予定が狂った僕の召喚は、直ちに女神の知る所となったという。
そのためポポロと協力者達は、動くに動けなくなってしまった。
「この場所は、私と“協力者”が女神から“拝借”した神器を使って構成した亜空間です。精霊達の手助けで細工を施しているので、女神とその眷属は、決してここへは入り込めません。ですから安心して下さい」
彼女の話を聞いている内に、僕は大事な事を思い出した。
「! そうだ、『彼女』が攫われてしまったんだ。助けに行かないと!」
「お待ち下さい、救世主様。その前にセリエを……」
ポポロがそう口にするのを聞いた僕は、10日前、女神に殺されたセリエの身体が、唐突に消え去った時の事を思いだした。
「そうか、セリエの身体を持ち去ったのも君なんだね」
「はい。ご案内しますね」
ポポロが僕を部屋の隅に連れて行った、
そこには人の背丈ほどの高さのあるカプセルのような容器が横倒しで置かれていた。
内部は半透明の液体で満たされており……
「セリエ!」
容器の内部には、セリエの身体が収められていた。
しかし胸元に大きな穴が開き、半開きの目はただ、虚ろであった。
10日ぶりに目にした彼女の変わり果てた姿。
僕の両目からは勝手に涙が溢れ出して来た。
そんな僕に、ポポロが声を掛けてきた。
「救世主様、セリエをまず助けてあげて下さい」
「えっ?」
僕は一瞬絶句してから言葉を継いだ。
「助けてって……もしかして生き返らせてって事?」
「はい」
そう答えた彼女の顔は、何故か期待に満ち満ちていた。
しかし……
明らかに僕より霊力の扱いに長けていた『彼女』ですら、死んだ人間を生き返らせる事は不可能だ、と話していた。
ただし、女神なら……この世界に満ちる生命――精霊を除いてって事だけど――全てを創り出したと豪語するあの女神なら、恐らく可能なはずだ、とも。
だけど僕はあの女神に、まるで歯が立たなかったわけで……
僕はうなだれたまま、言葉を返した。
「僕には無理だよ。死んだ人を生き返らせるなんて……」
「え?」
今度はポポロが怪訝そうな顔になった。
「救世主様、もしかして女神の影響で、霊力の使用に不調をきたされていましたか? それならご安心下さい。この場所に女神は影響を与える事は出来ません。ですから、今なら救世主様は、存分に本来のお力を……」
僕はポポロの言葉を遮った。
「そうじゃ無くて……たとえ霊力を抑制されていなかったとしても、とてもじゃないけれど、死んだ人を生き返らせたりなんて事、出来そうにないよ……」
ポポロがやや当惑したような顔になった。
「あなたのお力を使えば、セリエを簡単に助ける事が出来るはずなのですが」
話している内に、心の中に嫌な疑念が沸き上がって来た。
「もしかして、人違いで召喚……とかしていない?」
「人違い?」
「君も……君を助けてきたというシャナも、僕を救世主って呼んでいるけれど……」
僕は一旦言葉を切って、深呼吸をした。
「僕にはこの世界を救う力なんかないよ。さっきもあの女神に軽く圧倒されて、一回、完全に消滅させられたんだよ。多分……君達が召喚しようとしたのは、僕じゃない他の誰かだったんだ……と思う」
間違って召喚。
小説なんかだと、よくある話ではないか。
ポポロはしばらくの間、僕をじっと見つめてきた後、口を開いた。
「救世主様。そのお力、生まれながらのものでは無いですよね?」
「うん。僕の記憶に間違いが無ければ、ここ1~2ヶ月の内に、知らない間に身に付いていたんだ」
「知らない間に……? どうやって身に付けたのか覚えていない、という事でしょうか?」
僕は黙って頷いた。
ポポロは再び少しの間、考え込む雰囲気を見せた後、再び口を開いた。
「救世主様は、前にいらっしゃった世界で生まれたわけでは、ないですよね?」
「へっ!?」
ポポロの質問の意図を図りかねた僕は、やや素っ頓狂な声を出してしまった。
それに構わず、ポポロが言葉を続けた。
「つまり、どこか異なる世界で生まれて、前の世界……この世界の数千年後の世界にいらっしゃったんですよね?」
「!」
僕はポポロの顔をまじまじと見返してしまった。
まさかポポロは、僕が日本から前の世界に、いつの間にか転移していた事まで承知しているのだろうか?
ポポロが居住まいを正した。
「私達が時の流れの彼方に求めた救世主様の条件は、三つ。一つ目は、既に救世主様がいらっしゃる世界に、女神は存在しない事。二つ目は、救世主様は女神の創造の影響を受けていない、つまり私達の世界と関わりの無い異世界で生まれた方である事。三つ目は、女神と同じ力を有する事」
ポポロが僕の目を見つめ返してきた。
「さらに保険として、もし古き竜王が、時の流れの彼方で救世主様を見つけた場合、竜気を授ける事になっております」
ポポロの表情が緩んだ。
「つまりあなたこそが、私達にとっての救世主様です。人違いは有り得ません」
僕は今聞いた話を、頭の中で反芻してみた。
ポポロの言う所の“女神と同じ力”が霊力を指すのだとしたら、確かに僕は挙げられた三つの条件とやらに該当しそうだけど……
「僕のこの力、自分では覚えていないんだけど、聞いた話では、どうやらサツキ……あの神様からは“守護者アルファ”って呼ばれている『彼女』から継承したものみたいなんだ」
僕は前の世界での『彼女』との関わりについて、簡単に説明した。
「僕は数日前、『彼女』に聞いたんだ。霊力で死んだ人を復活させられるかって。『彼女』は否定したよ。神様ならいざ知らず、守護者の力ではそれは無理だ、と。さっきも『彼女』は、あの神様に対して何も出来ないまま捕まってしまって……つまり『彼女』に出来ない事を僕が出来るはずが……」
ポポロがそっと手を上げ、僕の話を中断させた。
「わかりました。救世主様はご自身の力に対する認識に、大きな誤りがあります」
「誤り?」
「守護者の力は、所詮女神から分け与えられた一滴程度のもの。守護者程度の霊力では、数千年の時を越えて、私達の召喚に応じる事は不可能です。加えて、守護者は完全に消滅させられた場合、自力で復活する事は不可能です」
「えっ?」
「救世主様の力、獲得なさった経緯は不明ですが、少なくとも、今の守護者アルファの力とは無関係。もっとはっきりお伝えするとすれば、あの女神の力そのものです」
僕のこの力が、女神の力そのもの?
この世界を精霊達から奪い、生きとし生ける全ての命を創造した?
そんな事が僕にも出来ると?
まさか、僕に霊力を継承させたのは、『彼女』では無く、女神自身だったとでも言うのだろうか?
ポポロが僕の反応を確かめるような素振りを見せながら言葉を続けた。
「救世主様、女神のダンジョンから脱出したおり、獣人達の村で“霊力を従え”ましたよね?」




