18.帝都
第006日―2
アルザスの街の転移の魔法陣は、街中心部のやや北より、四日前にも訪れた知事の館のほど近くに設置されていた。
リュート公達に見送られる形で、僕とメイは、魔法陣の中央に並んで立った。
転移の魔法陣を使用するのはこれが二回目だ。
前回同様、魔法陣を管理する魔導士が何かを唱えた瞬間、僕の視界が切り替わった。
「カケル! メイ! 二人とも息災そうで何よりだ」
転移した先では、数名の衛兵を従えたノルン様が、僕達を出迎えてくれた。
僕は慌てて、事前に教わっていた通りの作法で臣礼を取った。
「ノルン様、この度はお招き頂きましてありひゃがとうございます」
うわっ!?
焦って、セリフを盛大に噛んでしまった!
しかも隣に視線を向けると、メイは臣礼すら取らずに、ぼーっと突っ立っているし。
僕がメイに片膝をついて臣礼を取らせようとするのと同じタイミングで、ノルン様から声を掛けられた。
「よい、そなたらは私の命の恩人だ。堅苦しい礼は無用ぞ」
促されて、僕は立ち上がった。
「す、すみません。明日は僕達、皇帝陛下とお会いする事になるんですよね? 絶対色々とんでもない事になりそうで、今から胃が痛いです」
ノルン様が微笑んだ。
「ははは、父上が何かおっしゃったら、身に余る光栄ですっとでも言っておけば、大体大丈夫だ」
僕とメイはノルン様と共に、用意されていた馬車に乗り込んだ。
ノルン様の話では、今から僕達を今夜の宿泊施設へと案内してくれるらしい。
乗せてもらった馬車は、普段、ノルン様が専用で使っているとの事で、内外共に精緻な装飾が施されており、座席もとてもふかふかしていた。
あまり感情を表に出さないメイも、今は若干嬉しそうにその座り心地を楽しんでいる様子であった。
馬車の窓から外に目をやると、さすがは帝都と言うべきか、アルザスの街を遥かに凌ぐ活気に満ち溢れた情景が広がっていた。
道幅は広く、様々な種族が行き交うその通りの両側には、多くの商店が立ち並んでいるのが見えた。
ノルン様が上機嫌で、道々、馬車から見える風景を説明してくれた。
やがて馬車は、瀟洒な造りの三階建ての洋館の前で停止した。
「ここがそなたらの今宵の宿だ。帝国傘下の諸公もたびたび泊まる迎賓館でな。そなたらにも気に入って貰えると良いのだが」
そう話すと、ノルン様自ら、僕達を建物内部へと案内してくれた。
よく手入れされ、落ち着いた雰囲気の内装が施されている玄関ホールは天井が高く、巨大なシャンデリアが下がっていた。
そして執事であろうか?
身なりを整えた老人が、素人目にも洗練された物腰で、僕達を出迎えてくれた。
「ノルン殿下、お待ちしておりました。カケル様とメイ様のお部屋も整えさせて頂いております」
「ではデニス、あとは宜しく頼んだぞ。二人は宮中の儀礼に詳しくない。明日の恩賞の儀の際の立ち居振る舞いについても、相談に乗ってやってくれ」
「かしこまりました」
ノルン様は僕達に、また明日会おう、と言葉を掛けてから、待たせていた馬車の方に歩いて行った。
――◇―――◇―――◇――
カケル達を迎賓館に送り届けた後、ノルンは馬車を帝城とは反対方向に向けて走らせた。
馬車が到着したのは、何の変哲もない民家の建ち並ぶ一角。
ノルンは馬車から降りると、衛兵達に少し離れた場所で待つように言い残し、一軒の民家の門扉を叩いた。
「ハーミル、おらぬか?」
ややあって門扉が開き、顔を出したのは、ノルンより一つ年下の少女であった。
凛とした意志の強さを感じさせる顔立ち。
茶色の長髪はポニーテールのように、後ろで結ばれている。
彼女の父キースが帝国の剣術師範であったこともあり、ノルンとは幼馴染とも言える間柄であった。
キースが2年前にある事情で半身不随となり、師範の職を辞した後は、この家で父の介護をしながら静かに暮らしていた。
実は彼女は、父以上に剣術の神に愛されていた。
毎年行われる帝国の武闘大会では、13歳の時に初優勝して以来、この5年間連覇を続けていた。
また、大小の試合のいずれにおいても、いまだ彼女に勝利する者は現れず、無敗を誇る彼女は人々から『剣聖』と畏敬の念を込めて呼ばれていた。
剣術のみなれば、あの勇者ナイアすら打ち破った事がある。
当然、父が倒れた後の師範職には、皇帝直々に就任を乞われたのだが、彼女は父の介護を理由に固辞し、あっさりと城下に引っ込んでしまった。
ノルンとしても、ハーミルの家を直接訪ねるのは、これが初めてであった。
ハーミルはやや驚いたような顔でノルンに問いかけた。
「ノルン? 急にどうしたの?」
「実はおぬしに相談があってな……少し話だけでも聞いてもらえぬか?」
ハーミルはしばらく逡巡する素振りを見せていたが、結局、幼馴染の皇女を家の中に招き入れた。
応接室にノルンを通したハーミルは、手ずから紅茶を二人分テーブルに並べた後、ノルンの傍に腰を下ろした。
「それでノルン、相談って?」
ノルンがおもむろに切り出した。
「勇者ナイア絡みの話なのだが……」
「そういや、ナイア、勇者になっちゃったのよね~。幼馴染が勇者様だなんて、いまだに実感湧かないけど」
ハーミルは少しおどけた感じで答えながら、旧知の彼女の事を思い浮かべた。
剣の腕前では自分に一日の長があると自負してはいるものの、総合力で彼女と一対一で勝てる者はこの世界には存在しないだろう。
彼女こそまさしく『勇者』の名に恥じない存在であった。
「その彼女がちと気がかりな知らせを寄越してきてな……調査に同道してもらいたいのだ」
「私は知っての通り、父の介護に専念しているわ。今更宮仕えには興味無いわよ?」
「安心せよ。宮仕え云々とは無関係の話だ。実は少々込み入った事情が有って、この件に関しては、私個人で動いているのだ。それゆえ、おぬしのように気心知れた者が手助けしてくれると、非常に助かるのだが……」
ノルンの言葉を聞いたハーミルが、やれやれといった表情になった。
「……仕方ないわね。皇女様にここまで頼まれたら断りづらいわ。分かった。もう少し詳しく聞きましょうか?」
「実は……」
ノルンはハーミルに、一連の宝珠がらみの出来事を語って聞かせた。
――◇―――◇―――◇――
第007日―1
明けて恩賞の儀の当日の朝。
僕とメイは豪華な朝食を振る舞われた後、迎えの馬車に乗り込み帝城に向かった。
僕は馬車の中、隣に腰掛けるメイに声を掛けた。
「はぁ……なんか緊張するね」
しかしメイは、キョトンとした表情になって言葉を返してきた。
「キンチョウ? ドウシテ?」
「ま、メイは緊張とは無縁そうだもんな」
緊張感の欠片も感じさせないメイの様子に、僕は思わず苦笑した。
一応昨晩、僕達はあの執事――デニスさん――から、儀式の時の作法についての手解きを受けてはいた。
意外にもメイは呑み込みが早く、すぐに覚えてしまったけれど、僕の方は悪戦奮闘。
今も頭の中で、本番に向けたシミュレーションの真っ最中だ。
「ともかく、終わったらすぐアルザスに送ってもらって、『宿屋タイクス』で一息つこう」
そんな会話を交わしている内に、僕達を乗せた馬車は街中を抜け、帝城の大門をくぐった。
そのまま馬車は城内の中庭を通り、少し大きめのホールのような建物の前で停車した。
「タカシ殿にメイ殿ですね? お待ちしておりました」
帝城の女官達に傅かれるようにして、僕達は、そのホールのような建物の中に案内された。
建物の中は、学校の体育館位はありそうな広間になっており、この儀式の参列者と思われる数十名程の人々が整然と着席していた。
皆、立派な身なりをしている所を見ると、この国の貴族や高官達であろうか?
とにかく、その光景は僕を十二分に委縮させた。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、メイがのんきな感想を口にした。
「イッパイ ヒトガイルヨ」
「そ、そだね……僕らの席はどこかな?」
一瞬、どう動けばいいのか戸惑っていると、聞き知った声が掛けられた。
「カケル、メイ、よく来てくれた」
声の方に視線を向けると、ノルン様がにこやかな笑顔で近付いてくるのが見えた。
「そなたらの席はこちらだ」
傍までやって来た彼女が、自ら僕達を席へと案内してくれた。




