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【改稿版】僕は最強者である事に無自覚のまま、異世界をうろうろする  作者: 風の吹くまま気の向くまま
Ⅰ. 気が付いたら異世界
15/239

15.帝国


第003日―3



「陛下、ただ今帰還いたしました」


ノルンが片膝をつき、臣礼を取った。

彼女の前に立つのは、長身痩躯の壮年男性――ナレタニア帝国第二十代皇帝ガイウス。

彼は、優しい眼差しを自分の娘に向けながら、声をかけた。


「堅苦しい礼は無用ぞ。ここには予とそなたしかおらぬわ」


声に促され、ノルンは立ち上がった。

ナレタニア帝国の帝都中心部に位置する帝城の一角、皇帝の居室で、一組の親子が対面していた。

約400年前に建国されたこの帝国は、数多(あまた)の王国、共和国を従え、今やこの大陸の人間(ヒューマン)達を完全統一するまでに発展していた。

直轄の領域には、あのリュート公もその一人である、多くの知事達が中央より派遣され、主要な都市や施設等に設置された転移の魔法陣と共に、帝国の統一を強固に支えていた。


宗廟(そうびょう)の調査、ご苦労であった。帰途、襲撃にあったと聞き、気を揉んでおったぞ」

「ご心配をおかけして、申し訳ございません」

「よい、そなたが無事なればこそじゃ」


頭を下げる娘を軽く手で制してガイウスは言葉を繋いだ。


「して、あの報告は真実であったのか?」



数日前、ガイウスの元に一つの知らせがもたらされた。

宗廟――帝国代々の皇祖皇族が(まつ)られるその施設――での異変についてである。

何者かが結界を破って宗廟に侵入し、『儀式』を行ったというのだ。

祭壇で『儀式』を行う事自体には特に危険はないはずだ。

元々毎年行われており、宝珠を受け継ぐ皇女が(みそぎ)を行い、祭壇に宝珠を捧げ、先帝達の遺徳を(しの)ぶ、といった儀礼的な意味合い以上の意義は無い。

しかし、『儀式』を行うには、宝珠が不可欠であった。

現在のところ、複数の女性皇族の内で、確認されている宝珠の所持者は、ノルンただ一人。

彼女は『儀式』が、行われたとされる日、終日、帝都で政務に当たっていた。

報告が事実とすれば、ノルンではない何者かが、宝珠を祭壇に捧げたという事になる。


一体、誰が何のために?


事態を重く見たガイウスは、その件に関して緘口令(かんこうれい)を敷き、内密に調査するようノルンに命じていたのである。


「『儀式』は確かに行われた形跡がありました。私の所持する青の宝珠とは違う宝珠の残滓(ざんし)を、祭壇に感じ取りました」


ノルンのもたらした調査結果はガイウスに衝撃を与えた。


第二の宝珠を所持する者が外部にいる!


それは、帝国の根本を揺るがしかねない調査結果であった。


「一応、他の女性皇族達の動向もそれとなく調べさせたが、報告のあった日に、宗廟を訪れておる者はいなかった」


そう語るガイウスの表情は険しかった。


「……父上、もしや私の妹がどこかで生きている……そういう可能性は無いのでしょうか?」

「16年前の出来事か? あの時、そなたの母は難産の末、母子ともに死亡した」


ガイウスは吐き捨てるように答えた。

16年前、ガイウスの妻であり、ノルンの母であり、ナルタニア帝国皇后であったディースは、ノルンの妹を産み落とすことが出来ず、母子ともに死亡した……という事になっていた。

当時まだ3歳であったノルンは、葬儀の際、母の遺骸に(すが)りついて泣いた(かす)かな記憶が残っている。

が、本当に母と妹は、難産が原因で命を落としたのであろうか?

その疑問を裏付けるように、直後からまことしやかに(ささや)かれる噂があった。


曰く、ディースの遺体には、背中に大きな切り傷があった、と。

曰く、産み落とされた赤子は死んでおらず、何者かにかどわかされた(※さらわれた)、と。


ガイウスは何故かディースとその死産とされる赤子の話題を以後口にしたがらず、それは少女時代のノルンやその兄テミスにも、暗い影を落としていた。


「現状では情報が少なすぎるな……」


ガイウスは一人(つぶや)いた。


「とにかくご苦労であった、予の方でも、もう少し調べてみる故、ノルンもこの件は隠密に調査を続けてくれ」

「かしこまりました」

「ところで襲撃を受けた時、モンスター共は何か申してはおらなんだか?」

「指揮官と思われる高位のモンスターが、私から宝珠を奪おうとしておりました」

「宝珠を? 魔物が宝珠を奪ってなんとする?」

「私にも分かりません。ただ、私を護ってリュート公の付けてくれた護衛達がっ!」


その時の事を思い出したのか、ノルンが唇を噛みしめた。


「彼らの遺族には手厚く報いる故、気に病むな。それと、通りがかりの冒険者達が、そなたを救ってくれたとか?」

「はい、カケルとメイと申す者達です。彼等がいなければ、私とて、今こうして父上とお話し出来ていたかどうか……」

「そうか、ならば厚く報いねばならぬな。恩賞に関しては追って沙汰しよう。今日は疲れたであろう。下がって休むが良いぞ」



ノルンが退出した後、居室で一人になったガイウスは、ゆっくりと窓辺に近づき、眼下の繁栄する帝都の風景に目をやった。


「愚かなディースよ。予を裏切り不義の子を宿し、死してなお、こうして予の心をかき乱すか」


ガイウスの瞳に宿った暗い炎は、いつまでもくすぶり続けていた。



――◇―――◇―――◇――



「よし。これで準備は一応終了だな」


ガスリンさんが、真新しい装備を着用した僕とメイを眺めながら、満足そうに(うなず)いた。

ガスリンさんの見立てで、僕はミスリル銀の軽装鎧に、魔力の付与された長剣といった戦士スタイル、

メイは紺色の、これも魔力の付与されたローブに、先に水晶の付いた杖といった魔法使いスタイルに、

それぞれコーディネートしてもらった。

幸い、昨日手に入れた魔結晶を換金したので、お金にはまだまだ余裕がある。


「あとは、明日の依頼を受けに行くか」


僕達は連れ立って冒険者ギルドに向かった。



日もそろそろ傾く頃だというのに、掲示板の前には相変わらず人だかりが出来ていた。


「討伐系、それも中級位のモンスターが良いな……」


ガスリンさんが熱心に掲示板を眺めている。


中級?

そういや、初日にいきなり襲ってきたあの巨大イノシシ(グレートボア)も、討伐対象だったような……


まるで僕の嫌な予感を無理矢理的中させるかの如く、ガスリンさんが、依頼の一つを指差した。


「よし、グレートボア5匹討伐で銀貨20枚、これが良いだろう」


僕はとりあえず、確認してみた。


「グレートボアって、もしかして巨大なイノシシですよね?」

「もしかしなくても巨大なイノシシだぞ。肉がまた旨いんだ」

「……僕とメイには、荷が重すぎないですか?」


返ってくる答えはほぼ分かっていたけれど、一応聞いてみた。


「心配するな、わしとイクタスがついているんだ。それにこれ位のモンスターの方が、カケルもメイも一撃では倒せんから、色々練習できるぞ。死なない程度の訓練相手としては、最適だ」

「はぁ。くれぐれも、死ぬ大分手前程度で、宜しくお願いします」


僕達は、受付のミーシアさんに、明日の依頼内容を伝えた。

彼女と軽く談笑した後、ガスリンさんは寄りたい所がある、との事で、僕とメイだけ、先に『宿屋タイクス』に戻ることになった。

冒険者ギルドから宿屋までは、歩いて10分程度。

何気ない会話を交わしながら宿屋に向かう途上、ふとメイの足が止まった。


「メイ?」


彼女は、道端に品物を広げる露天商の前にしゃがみ込んで、食い入るように商品を見つめだした。

どうやら、髪留めを見ているらしい。


やっぱり女の子だし、記憶が無くても、こういうのには関心が向くのだろうか?


「すみません。これ、一つください」


僕はメイが見つめていた髪留めを指して、店主のおじさんに声を掛けた。

おじさんに料金を支払い、受け取った髪留めをメイの髪にさしてあげようとして……

僕はメイの右の側頭部に、髪が薄くなっている部分を発見した。


まるで円形脱毛症のような?

しかし、まさかメイに“10円ハゲみ~つけた”なんて話題を触れるわけもなく……


僕は見なかった事にして、買ったばかりの髪留めを、メイの髪のちょうどその部分に付けてあげた。


「これ欲しかったんでしょ? はい、プレゼント」


メイは驚いたような顔をしていたが、その顔が見る見る赤く染まって行く。


「アリガト」


メイは嬉しそうに自身の頭に手をやって、何度も何度も髪留めを触っていた。



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