141. 女神
5日目―――2
勝手に僕達の席に加わって来たキガルに対して、僕はとりあえずの自己紹介を試みた。
「初めまして。僕はカケルで、この子はセリエって言います。僕達、今日神都に着いたばかりなのですが……」
キガルの口元に笑みが浮かんだ。
「カケル君にセリエちゃんね……ところで二人とも神都は初めて?」
「僕は初めてですが、セリエの方は以前、一度来た事があるみたいです」
「そう。あ、そんなに警戒しなくても大丈夫よ? 神都初めてだったら、この街の事、色々教えて上げるわ。その代わり、外のお話聞かせてね」
彼女が言うには、普段は神都の中心部に住んでいるので、他の街や村を訪れる機会が無いらしい。
そこで時々この酒場兼宿泊施設を訪れては、客から街の外の話を聞くのが趣味になっているのだそうだ。
僕は当然のように心の中に浮かんだ疑問を口にしてみた。
「どうして、直接自分で街の外へ出掛けないのですか?」
「みんな行かないからね。私だけ出掛けたらおかしいでしょ?」
彼女の言葉は、答えになっているような、なってないような……
「ところでカケル君とセリエちゃんは、どうして神都に来たの?」
キガルからの質問を受けて、僕は一瞬答えに詰まってしまった。
初対面の相手に、“何者かにこの世界へ召喚されたみたいなので、その召喚者か事情を知る人物を探しています”と正直に答えるわけにもいかないだろうし。
どう答えようか考えていると、セリエが先に口を開いた。
「カケルの記憶が曖昧で、もしかしたら神様が治して下さるかもって、ここへ来たんだよ」
いやセリエさん、そんな理解だったんですね、今回の神都行きの目的。
まあ、当たらずとも遠からずな面もあるけれど。
そんな僕の想いを他所に、意外とセリエとキガルの会話が弾んでいく。
どうやらキガルは、この街の住民としては例外的に、他種族に偏見を持っていないように見えた。
二人の会話が一段落するのを見計らって、僕もキガルに質問してみた。
「ところで、街の中心の高い塔に神様が住んでらっしゃる、とお聞きしているのですが、あそこは、大聖堂か何かの施設ですか?」
「ああ、“聖空の塔”の事ね? 大聖堂……?が良く分からないけれど、全能なる創造主、女神様の御座所よ。女神様は最上階、神聖なる始原の地にいらっしゃるわ」
どうやらあの高い塔――聖空の塔――自体が、神聖な御神体扱いのようなものらしい。
そう僕は理解したのだが……
そうした僕の理解を見抜いたかのように、キガルが言葉を続けた。
「カケル君、女神様の事、単なる目に見えない信仰対象に過ぎないと思っているでしょ?」
「違うのですか?」
「女神様は、実体を伴ってこの世界に留まってらっしゃるわ。この世界の全てを創造し、理を定め、規則を策定し、実際に今もこの世界を統治してらっしゃる……」
「!」
実体を伴った女神が直接、世界を統治!?
僕の驚き振りを確かめる様な視線を送ってきた後、キガルはさらに言葉を続けた。
「女神様は5人の“守護者”に守られて、今も聖空の塔最上階、神聖なる始原の地から、世界の全てを見通されている。まあ実際の統治に関する実務は、女神様に指名された私達魔族の指導者、“代行者”が行うんだけどね」
この世界における“守護者”達は、文字通り女神を守護する存在で、神都を含めてこの世界全域の治安維持を担当しているらしい。
そして“代行者”は行政のトップ、と言った立ち位置のようだ。
キガルから聞けた話は、僕にとっては非常に収穫が多かった。
彼女の気さくな話しぶりに少し気の緩んだ僕は、つい、最大の関心事についての話題を持ち出してしまった。
「女神様って、別の世界から誰かを召喚したりとかも出来ますか?」
キガルの目の奥がキラっと光ったような気がした。
「カケル君って、面白い事聞くのね。もしかして、別の世界から呼ばれてきたの?」
「いや、そういうわけでは……」
「フフッ、冗談よ」
思わず焦ってしまった僕の様子を、楽しげに眺めながら、キガルが言葉を継いだ。
「そうね、出来る……かもね。実際に、そういう事を女神様がなさったって話は聞かないけれども。女神様は私達が霊力と呼ぶ、奇跡の力を振るわれる。不可能は無いとされているわ。だからこそ、“全能なる”創造主と呼ばれているのだけど」
霊力!
この世界の女神が使用するという霊力が、僕の知るそれと同じであれば、確かに異なる世界の間を繋ぐ扉を開く事も、容易いと思われた。
ならば……
「あの……女神様って、実際にお会いしたりできないですか?」
キガルが一瞬キョトンとした表情を見せた後、破顔した。
「カケル君って、本当に面白い事言うわね。女神様に会いたいだなんて」
「無理ですか?」
重ねて食い下がってみると、キガルは僕に探るような視線を向けてきた。
「無理というか……女神様は守護者達や代行者を除いては、滅多に人前にお姿をお見せになられないわ。だから、会うのは至難の業でしょうね」
僕は軽く落胆した。
まあ、今までの話の流れから、容易に会いに行けるような存在では無いらしい、とは感じてはいたけれども。
「そうそう、女神様に会いたいからって、聖空の塔に無暗に近付いちゃだめよ? 塔の直下は、私達街の住民含めて、禁足地になっているからね」
禁足地。
つまり、立ち入り禁止って事らしい。
その後、話題は自然に他愛の無い物へと移り変わっていき、僕達は色々な話をしながら、食事を楽しんだ。
キガルが僕達に別れを告げ、街の中心地に帰って行ったのは、すっかり夜も更けてからであった。
キガルを見送った僕とセリエは、今夜は酒場の2階に併設されている簡易宿泊所に泊まる事にした。
大広間での雑魚寝ではあったけれど、セリエは布団で寝られる事を素直に喜んでいた。
僕にとっても、久し振りに布団をかぶっての就寝――最近は馬小屋で藁に潜り込んで寝る事が多かった――であった。
僕はセリエと寄り添うように布団を敷き、夜遅くまで、他愛もない事を喋りあった。
やがて睡魔が訪れた。
「明日は神都の中心街の方へ行ってみよう。自分の今の状況を打開できる手掛かり、何か得られると良いんだけど……」
僕はそのまま、夢の世界へと誘われて行った。
――◇―――◇―――◇――
6日目―――1
まだ夜明け前の暗がりの中、空中に浮遊し、夜直(※夜の見張り)の任に当たっていた『彼女』は、何者かが聖空の塔に近付いてくるのを感知した。
その何者かは、聖空の塔の直下まで走って来ると、跪き、両の手の平を胸の前で合わせた。
「神様、お願いです。どうかお母さんの病気を治して下さい」
一心不乱に祈りを捧げる獣人の少女。
周りには色とりどりの美しい花々が咲き乱れている。
しかし、ここは禁足地。
この世界の住民達にとって、自分達守護者と代行者を除いては、決して入ることを許されていない聖なる場所。
『彼女』は眼下の少女の下へ、ゆっくりと降下した。
『彼女』の接近に気付いた少女が顔を上げた。
『彼女』が少女に告げた。
「そこの者、ここは禁足地。主の御座所にみだりに近付いた不敬の罪により、お前を捕縛する」
「ご、ごめんなさい」
動揺する少女に構わず、『彼女』は右の手の平を少女に向けた。
少女に不可視の力――霊力――による拘束の網が纏わりついていく。
突然体の自由を奪われた少女の表情が、恐怖で固まった。
「お前を裁きの間へ連行する」
『彼女』はそう告げてから目を閉じた。
『彼女』の傍らに、唐突に光球が現れた。
『彼女』がその光球に手を伸ばすと、それは消滅し、代わりに不可思議な揺らめきに縁どられた、黒い穴が出現した。
と、天空より別の声が響いた。
―――待てアルファよ。その娘を裁きの間へ連れて来る必要は無い。
アルファ、と呼びかけられた『彼女』が片膝をつき、頭を垂れた。
再び先程と同じ声が響いた。
―――冥府より災厄がこの地に召喚された。その娘はその災厄に魅入られ、その魂は穢された。その者の裁きは私自らが行う故、しばしそこで待て。




