14.魔法
第003日―2
治療院を出た僕達は、ガスリンさんとの待ち合わせ時間まで、周辺をぶらぶらして過ごした後、冒険者ギルドへと向かった。
ギルドの建物の中に入ると、先に到着していたらしいガスリンさんが、私服姿のミーシアさんと笑顔で立ち話をしていた。
僕達に気付いたらしいガスリンさんが、こちらに笑顔を向けてきた。
「よう、カケルにメイ。治療院はもう終わったのか?
「はい、おかげさまで」
「メイの方は、特に問題無かったのか?」
「はい。身体の方は何ともないから大丈夫だって言われました。ただ、記憶の方は……気長に待つしかないって」
僕は治療院でのやりとりを手短に説明した。
「そうか。なら、昼飯、皆で食いに行こう」
そう話すガスリンさんに連れられて、僕達が向かったのは、『バルサムの力車亭』であった。
時間帯のせいか、或いは元々人気店なのか。
結構混んではいたけれど、僕達は幸いすぐに、四人掛けの席に案内してもらう事が出来た。
そしていつもの猫耳ウエイトレスが、注文を取りに来た。
なんだかこの世界に来て、宿屋の食事以外は、この店の料理しか食べた事が無いような気がするが、気にするのは止めておこう。
一緒にお昼ご飯を食べながら、ガスリンさんが午後からの予定を話題にしてきた。
「カケルはどうも冒険者としては危なっかしい。わしが責任もって鍛えてやる予定だ」
正体不明の骨付き肉に豪快にむしゃぶりつきながら、そう口にするガスリンさんに、ミーシアさんがたしなめる様な口調で言葉を掛けた。
「鍛えるって……あんまりカケル君をいじめちゃだめですよ?」
「心配するな、死なない程度に手加減する」
「手加減して、死なない程度なんですね」
言葉を返しながら、僕は自分の頬が完全に引きつっているのを自覚した。
「まあ、ガスリンさんは私より年下だけど、数十年冒険者しているし、戦士としては、超が付く一流だからね~。カケル君にとっても良い機会かも」
ミーシアさんって、見た目20代だけど、見た目30代のガスリンさんより年上なんだ。
って、二人とも見た目より相当年上って事だよね。
「こら、ガスリンさんはともかく、私の年齢、詮索しちゃだめよ?」
笑いながらミーシアさんが、僕の額を小突いてきた。
って、本当に心読めたりして?
それとも顔に出ている?
昼食後、ミーシアさんは冒険者ギルドに戻り、僕とメイは、ガスリンさんのアドバイスを受けながら、今後の冒険の準備を行う事になった。
今更ながら、ガスリンさんがたずねてきた。
「そう言えば、お前たちは魔法を使えるのか?」
僕は首を横に振った。
「多分、使えないと思うんですが、もし使えるようになるなら、練習したいです」
「マホウッテ ナニ」
そこからか、メイさん。
まあ記憶喪失だし、仕方無いか。
ガスリンさん自身は、簡単な治癒魔法位しか使えないらしく、僕とメイの魔法の素養確認のため、まず魔法屋に行ってみる事になった。
ガスリンさんの旧知だという魔法屋は、看板も出さずに、路地裏にひっそりと店を構えていた。
入口の扉を開けると、店内は薬品か何かを調合中なのだろうか?
得体の知れないにおいが漂っていた。
店の奥に、灰色のローブを目深に被り、その下から炯々と輝く鋭い眼光を覗かせた、いかにも魔導士然とした老人がいた。
僕に向けられたその老人の眼が一瞬、きらりと光ったように感じた。
しかし次の瞬間にはその輝きは消え、その老人は、満面の笑みを浮かべながら、こちらに近付いてきた。
ガスリンさんが、その老人に声を掛けた。
「よお! イクタスの爺さん、生きているか?」
「ガスリン! おぬしの方こそ噂を聞かなくなって数年、ようやくくたばったと思っておったのに、残念じゃ」
どうやら店主と思われる老人はイクタスという名の魔導士で、ガスリンさんとは気の置けない間柄のようであった。
ひとしきり再会を喜び合った?後、ガスリンさんが僕とメイに視線を向けながら切り出した。
「早速だが、この二人に魔法の素養があるかどうか、見てもらいたいんだ」
僕はイクタスさんに軽く頭を下げつつ、自己紹介を行った。
「イクタスさん、初めまして。カケルと申します。宜しくお願いします」
「……ヘンナニオイガスル」
メイさん、それ初対面の人に向かって言う言葉じゃないよ?
「フハハハ、魔法使いの館は、怪しげなにおいが充満しているのが定番じゃろうて」
イクタスさんは、大して気にも留めていない素振りで面白そうに笑うと、奥から大きな水晶球を持ち出してきた。
「ほれ、順番にこれに触れてみるのじゃ」
まず僕が触れてみた……
が、水晶球には何の変化も起こらない。
しかし、続いてメイが水晶球に触った瞬間……
水晶球が、音も無く砕け散った。
「!」
イクタスさんが一瞬大きく目を見開き、しかし次の瞬間、再びいかにも楽しそうに大笑いした。
「フハハハ、これはまた面白い二人じゃ」
「爺さん、水晶球砕けちまったぜ??」
「この娘の魔力が強すぎて、もたんかったようじゃな。結論から申すと、カケルには魔法の素養は無い。と言うより、魔力を持っておらぬ。対してメイの方は、溢れんばかりの魔法の才を秘めておる」
メイって凄かったんだ。
それに引き換え、僕の方はどうやら魔法は使えないらしい。
それはさておき、魔力ゼロって、この世界で何か問題は生じないのだろうか?
イクタスさんが、僕の疑問に答えてくれた。
「それは大丈夫じゃ。魔力を持たぬ者は珍しいとは言え、魔法を使わないのなら特に問題は生じぬ。相手からかけてもらう魔法に関しては、治癒魔法も攻撃魔法も普通に通るからのう」
ガスリンさんが、イクタスさんに問いかけた。
「しっかし、メイは凄いんじゃねえのか? 結構高レベルの魔力まで鑑定できるんだろ? その水晶球」
「メイと申すこの娘、記憶を失う前には、相当な高位の魔法を行使できたのかもしれんのう。まあ、簡単な手ほどきで、魔法をすぐにいくつか使えるようになるじゃろう。なんなら、わしがメイを鍛えてやろうか?」
「ちょうどいいぜ。わしはカケルを鍛えようと思っていたところでな。爺さんにメイを鍛えてもらえれば、効率が良い」
それを聞いていたメイが、僕の服の裾をぎゅっと握り締めてきた。
「カケルト ベツコウドウ シナイ」
僕はメイに優しく話しかけてみた。
「メイは魔法に関して才能あるみたいだしさ。折角だから、色々教えてもらったら? メイがここで魔法の練習をしている間に、僕は僕で、ガスリンさんから冒険のイロハを教えてもらってくるからさ」」
しかしメイは僕の服の裾を掴んだまま、首をぶんぶん横に振った。
「ベツニ マホウ ツカエナクテイイ」
「しかし魔法を使えたほうが、カケルがピンチの時、おぬしが助けてやれるぞ?」
イクタスさんの言葉で、メイの表情に若干の迷いが現れた。
そんなメイの様子に、イクタスさんが苦笑した。
「やれやれ仕方無いのう。ではこうしてはどうじゃ? 今日中におぬしらは装備を整えて、明日、ギルドでモンスター討伐の依頼を受けよ。わしも同行して、おぬしらの依頼遂行中、メイに魔法の初歩を実地で教えてやろう」
「えっ!? いいんですか?」
今日会ったばかりのイクタスさんに、そこまでしてもらうのは、なんだか申し訳ない。
「おぬしら二人は面白い。わしも最近薬草調合ばっかりで、ちと外の空気を吸いたくなっておったからのう。その代り、依頼の報酬は授業料代わりに、きっちり頂くとしようかの」
魔法屋を出た僕達は、ガスリンさんの案内で、冒険者御用達だという武器や防具のお店に向かう事になった。




