11.知事
第002日―4
あたりが茜色に染まる中、アルザスの街まで戻って来た僕達を目にした詰所の衛兵達が、大慌てになった。
「で、殿下!?」
「一体、どうされたのですか?」
どうやら衛兵達は、僕達と一緒に、てくてくここまで歩きで戻って来たノルン様が、皇女である事を見知っているようであった。
「うむ。実はな……」
ノルン様が事情を簡単に説明し、僕達は身分証の確認もそこそこに、そのまま瀟洒な馬車に乗せられ、知事の館へと丁重に案内された。
知事の館は、街の中心部から少し離れた北寄りの小高い丘の上に建っていた。
お城のような豪華さは無いものの、赤いレンガ造りの重厚なその建物の前には、事前に知らせを受けていたのであろう、十数名の人々が姿勢を正して僕達を待っていた。
案内に従って馬車から下りると、その人々が片膝をつき、一斉に臣礼を取った。
一瞬戸惑ったけれど、すぐに彼等が敬意を向ける対象が、僕では無く、傍に立つノルン様である事に気付き、僕は一人、心の中で苦笑した、
臣礼をとる人々を代表するかのように、一番前にいた一人の男性が声を上げた。
「お帰りなさいませ、ノルン殿下!」
ノルン様がその男性に声を掛けた。
「出迎え痛み入る。ここは帝城ではないゆえ、礼は略式で構わぬ。さ、立たれよ」
ノルン様の声に応じて立ち上がったのは、歳の頃50過ぎ、中肉中背の温厚な雰囲気の男性であった。
その男性はやや戸惑った様子で、ノルン様に声を掛けた。
「それにしましても、なぜこのような形でのご帰還に……」
「リュート公、実はこちらへ戻る途上でモンスター共に襲撃された。せっかく、公につけてもらった衛兵達は全員……っ!」
そこで言葉を切ったノルン様は、顔を歪めてうつむき、唇を噛んだ。
「モンスターの襲撃!? よくぞ御無事で……しかし、我が衛兵達が全滅させられるほどのモンスターとは?」
「襲撃してきたのは、ウルフキングに指揮されたキラーウルフ共であった。私は馬車の中に留まっておったゆえ、正確な数は分からなかったが、恐らく30は下らなかったかと」
「ウルフキングですと!?」
リュート公が大きく目を見開いた。
「北方のモンスターがなぜここへ……」
ノルン様が僕達の方に顔を向けた。
「ともかく、この者達がおらねば、私も恐らく生きてここに戻って来る事は出来なかっただろう」
リュート公も僕達の方に視線を向けて来た。
「あなた方が殿下を……」
言いかけて、リュート公がハッとしたような表情になった。
「これは誇り高きドワーフの戦士、ガスリン殿では御座いませんか? 久しくお噂をお聞きしませんでしたが……貴殿程の戦士であれば、ウルフキング程度では、相手にもならなかったのでは?」
「ガハハ、久しぶりだなぁリュート公よ。残念ながら、今回、わしは何もしとらん。わしが姫様らと合流した時には、既にウルフキングは、そこのカケルってぼうずが倒してしまっていたしな」
リュート公が感心したような表情を僕に向けて来た。
「なんと! カケル殿もお若いのに、相当の手練れでいらっしゃるようですな」
「いえそんな。気付いたら相手が死んでいた感じなんですが……」
僕は言葉を返しながら、戸惑いを隠せなかった。
本当にどうやって倒したのか、思い出せない。
あの瞬間の事は、記憶に靄がかかったようなもどかしさのみが残っている。
「ささ、立ち話もなんですので、こちらへどうぞ」
僕達はリュート公の案内で、館の中へ入り、応接室へと通された。
結局、ノルン様はその日は知事の館に泊まり、翌日帝都へと帰還する事になった。
そして僕達は、知事の館で夕食を御馳走になった後、冒険者ギルドまで送ってもらう事になった。
夕食後、ノルン様はリュート公と共に、僕達を知事の館の外まで見送ってくれた。
「カケル、おぬしは私の命の恩人だ。近日中に恩賞の沙汰が下ると思うゆえ、また帝都で会おうぞ」
「お言葉、ありがとうございます。でも、よく分からない内に、敵がやられていたって感じなんですけど」
ノルン様が悪戯っぽい表情になった。
「何を申すか。おぬしは気付いておらぬやもしれぬが、私個人の命よりも大事なものも、同時に護ったのだ。一国一城の主も夢ではないかもしれぬぞ?」
「勘弁してください。身分不相応のものを貰っても、身動き取れなくなります」
それは僕の本心だ。
右も左も分からないこの世界で、いきなりどこぞの領主とかは、本当に勘弁してもらいたい。
大体、僕があの時護ろうとしたのは、朧げな記憶を辿ってみる限り、ノルン様では無く、メイだったはず。
そんな僕の心の内を見透かしたかのように、ノルン様が愉快そうに笑った。
「ハハハ、安心せい。此度は、物品の下賜或いは勲章授与程度にしておいてやろうぞ」
そしてノルン様は、メイとガスリンさんにも声を掛けた。
「メイ、ガスリン、おぬしらにも世話になった。息災でな」
僕達は、ノルン様に改めて別れの言葉を告げ、リュート公が用意してくれた馬車に乗り込み、館を後にした。
馬車の中で、ガスリンさんが話しかけてきた。
「ぼうず、これからどうするんだ?」
「とりあえず、冒険者ギルドで、ヒール草採集の依頼達成を報告してこようかと」
「なんだ、依頼の途中だったんだな」
「ヒール草50本集め終わって、丁度帰ろうとしていて、偶然あの現場に居合わせてしまったんですよ」
「そうか……ところで、ぼうず。冒険者になって何日目だ?」
「実は昨日から冒険者していまして、依頼を受けたのは、これが二件目です」
「なるほど。だから魔結晶の取り出し方も知らなかったんだな……よし、ではわしがお前に冒険者の何たるかを教えてやろう」
「ええっ!?」
なんだか猛烈に体育会系のにおいがするんだが、大丈夫だろうか?
しかし、確かにこの世界で今後も冒険者をやっていくなら、誰かに色々教わるのが得策のような気も……
「ガハハ、心配するな。死なない程度に、冒険のイロハを教えてやるだけだ」
僕の不安は、確信に変わった。
が、結局、しばらく一緒のパーティーで、色々教わる事にした。
「じゃあ、死ぬ大分手前程度で、宜しくお願いします」
「ああ、宜しくな」
冒険者ギルドに到着した時は、すっかり夜も更けていた。
まずは依頼達成報告して報酬貰わないと……
今僕の全財産は、銅貨8枚。
つまり、バルサムのシチュー煮込み一食分ってことだ。
建物の中に入った所で、僕はガスリンさんに一応、声を掛けてみた。
「ガスリンさん、どうしますか? 僕とメイは、とりあえず依頼達成を報告してこようかと」
「ここで待っているから、行ってきな」
冒険者ギルドは、当然と言えば当然かもしれないけれど、24時間営業のようで、夜の遅い時間帯にも関わらず、ホール内のそこかしこに、何人かの冒険者達がたむろしていた。
ある者は掲示板に目を凝らし、またある者は、ホールに置かれたテーブルに腰掛け、仲間達と何かの相談がてら、談笑している。
そんな彼等の内の何人かが、僕達を一瞥した後、ガスリンさんに目を止めて、やや驚いた表情を見せた。
「……おい、ありゃガスリンじゃねえか?」
「ドラゴンスレイヤーのガスリンか」
「ここ数年、この街では見掛けなかったが、あんなガキとつるんでるたぁ、どういうこった?」
ガスリンさんは、少なくとも冒険者達の間では、相当な有名人のようであった。
知事のリュート公とも旧知の間柄みたいだし、ドラゴンスレイヤーなんて肩書で呼ばれている所を見ると、もしかして物凄い人なのかもしれない。
そんな人から冒険のイロハを教えてもらえるのは、やはり幸運と捉えるべき……なのかな?
そんな事を考えながら、ホール中央の丸い受付カウンターに近付いていくと……
「カケル君! メイちゃん!」
まだ半日しか経っていないのに、懐かしい声。
受付カウンターの向こうから、ミーシアさんが明るい笑顔で、こちらに向けて手を振っていた。




