八歳 現状把握
ウェルズ→ウェルズinフェリル
フェリル→フェリルinウェルズ
ウェルズの口から語られたフェリルの生い立ち。
それを聞いたウェーテスたちは、ウェルズとフェリルが入れ替わっていることを確信した。
フェリルの生い立ち話は妙にリアリティがあり、一朝一夕で思いつく内容ではない。
ウェーテスらの質問にもよどみなく、矛盾もなく答えられた。
それに、真面目が服を着ているようなウェルズがこのような作り話をして、ウェーテスらを騙すとは考えにくい。
冗談にしても質が悪いからだ。
「人の中身が入れ替わるとか、そんなことある?」
ウェーテスはあまりの事態に頭を抱えた。
人の中身が入れ替わるなど、創作の中でしか出てこないような超常現象だ。
そんな超常現象が目の前で起きてしまった。
しかも、入れ替わったのはこの国の王太子だ。
ことは入れ替わった当人同士だけではすまない。
ウェーテスの顔色がどんどん青くなっていく。
「と、とにかく、もう一度二人を引き合わせてみよう。それで元に戻れる、かもしれない……」
ウェーテスは混乱で真っ白になりそうな頭を何とか働かせて、解決策を導き出す。
「そんなんで戻れるのかよ?」
それに対し、シトーの辛辣な言が飛ぶ。
「それは……」
ウェーテスに答えられるわけがない。
そもそも人の中身が入れ替わるなんてこと自体が超常現象なのだ。
二人が入れ替わってしまった原因もわからないし、再び二人を引き合わせて元に戻る保証もない。
「それでも何もしないよりかはましだろ? もう一度二人に握手してもらって……」
「だったらさっきやっておけばよかっただろうが! それをお前が!」
団長の登場によりウェーテスはその場を引いてしまった。
シトーはそのことを責めていた。
「あれは、だって……」
「僕は言ったぞ!」
「落ち着けって!」
加熱するシトーを抑えるように、カイデンが声を張り上げる。
寡黙なカイデンが大声を出していることが、より一層事態の深刻さを物語っていた。
普段は飄々としていて常に余裕を見せているウェーテスがしどろもどろになり、シトーは事態解決よりもウェーテスを責めることで現実から目を逸らしている。
彼らは今後のウェンズ王国を担っていく優秀な子息たちだが、それでもまだ八歳の子供なのだ。
同年代よりも大人びているとはいえ、経験不足からこういった想定外の事態に対処するだけの対応力がない。
もっとも、たとえ大人であったとしても、この事態を解決できたかは定かではないが。
「おいお前! 何が目的だ!?」
「え……?」
そして、加熱するシトーの矛先は、この事態の元凶(とシトーは思っている)のウェルズに向く。
「ウェルズの体を乗っ取って、何をしようってんだ!?」
「え、え?」
シトーから見れば、フェリルはウェルズの体を乗っ取った忌まわしき悪だ。
しかし、ウェルズからしてみれば、訳も分からぬうちに体が入れ替わってしまっただけに過ぎない。
ウェルズもまた被害者に過ぎず、シトーのそれはただの言いがかりに過ぎなかった。
困惑して何も言えないウェルズの態度が、シトーには余計に腹立たしかった。
ウェルズはいつも泰然としていて、王者の貫禄があった。
けれど、今のおどおどとしたウェルズには、シトーの憧れた姿はない。
それが、どうしてもウェルズの中身が別人だということをまざまざと見せつけてきて、シトーをなおさらいらだたせる。
「なんとか言った「やめろって!」
シトーの言葉をカイデンが遮る。
「……とにかく行動しよう。考えるのはその後だ」
カイデンのとりなしにより、シトーは渋々と口を閉ざす。
しかし、その目はなおもウェルズを憎々しげに睨みつけたままだった。
「それじゃあ、」
カイデンがサーカスのテントにもう一度戻ろうと提案しようとしたそのとき、コンコンと扉を叩く音が響いた。
「誰だ!?」
カフェの店員には誰もこの個室に通さないように言いつけてあった。
それを破ってやってきた相手に、ウェーテスは怒鳴る。
が、それも扉を開けて入ってきた相手の顔を見るまでだった。
「ち、父上……」
カイデンがその顔を見て呆然と呟く。
やってきたのは、カイデンの父、現騎士団長オーデムだった。
見上げるほどの長身に、服の上からでもわかる筋肉の鎧。
カイデンがあと二十年ほど年を取ればこの姿になるだろうと思わせる美丈夫だが、その威圧感だけでウェーテスらは委縮してしまう。
なまじ顔がいいだけに、余計に怜悧な眼光が鋭くウェーテスらを射抜き、心臓を握りこんでいるかのようだった。
「王太子殿下。お遊びはここまです」
その言葉で、オーデムがウェルズのことを迎えに来たのだと察せられた。
ウェルズたちが王城を抜け出したことがばれ、連れ戻しに来たのがオーデムだった。
オーデムがウェルズたちの居場所を特定したのは、簡単なことだった。
人を使って目撃情報を探せば、そもそもウェルズたちは隠れて行動しておらず、その足取りを追うのは簡単だった。
明らかに貴族の子息とわかる四人組の少年など、目立ってしょうがない。
その目立つ少年らがサーカスのテント前で軽い騒ぎを起こし、その後今いるカフェに向かって、そこでも個室の客を追い出す騒ぎを起こしている。
これで見つけられないほうが無能の誹りを受けてしまうだろう。
騎士団長が直々に迎えに来た。
もう、自由に行動することはできそうにない。
つまりは、タイムオーバーだった。