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雪上の楼閣  作者: 馬場翁
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八歳 サーカスの少女

 フェリルは八歳の少女だ。

 その生い立ちは恵まれているとは言い難い。

 さりとて、涙なしには語れないほど不遇だったわけでもない。


 フェリルは実の両親のことを知らない。

 とある国の教会に赤子の頃に捨てられていたらしい。

 そして、幼少期はその教会で育てられたらしい。

 しかし、フェリル自身にはその教会の記憶はほとんどなかった。

 教会のある国で政変が起き、戦火が迫ってきていたため疎開した、ということを、疎開先の孤児院で聞いた。

 フェリルの幼少期の記憶はその疎開先の孤児院からスタートしている。

 教会でのことは幼すぎてほぼ記憶に残っていなかった。

 ただ、孤児に過ぎない自分を疎開までさせてくれたのだから、扱いは悪くなかったのだろうとフェリルは思っている。


 疎開先の孤児院での生活も、よくはなかったが悪くもなかった。

 裕福とは言い難かったが、量は少なくともきちんと三食食べられ、餓死者が出るようなことはなかった。

 大人に暴力を振るわれることもなく、寒さに凍えることもなく、いたって平穏な暮らしができた。

 家族のぬくもりこそなかったものの、下手な貧民よりもいい暮らしができていたかもしれない。


 その暮らしができた理由は、孤児院の立地にあった。

 孤児院のある街は国境沿いにある。

 ウェンズ王国に繋がる唯一の道がある街だった。

 ウェンズ王国は大陸から北に突き出た半島が領土であるが、大陸との間には山脈が連なり、陸路での移動は難しい。

 しかし、山脈を貫通するトンネルが開通したことで、唯一陸路での移動が可能となる道ができていた。

 フェリルのいた孤児院はその唯一の道が通っている街にあり、両国を行き来する人間が多くいたことで交易路として潤っていた。

 そのため、街が運営していた孤児院にもそれなりの予算がつぎ込まれていた。


 そして、人の行き来が多い街の孤児院の利点として、孤児を引き取りたいという人間が集まりやすいというものがある。

 ウェンズ王国に向かう人間の中には人足を現地調達、もしくは近場で雇おうとすることも多い。

 引き取り手や雇先が多いため、孤児院から出ても暮らしやすい。

 そういった理由により、世界中で見ても上等な孤児院だと言える。

 その孤児院で育ったフェリルは、孤児の中では幸せな部類だった。


 フェリルに転機が訪れたのは、ある国の貴族の目にとまったことだった。

 その貴族はいい噂のない、ありていに言えば幼児趣味と言われている男だった。

 孤児の中でも見目のよかったフェリルはその貴族に目をつけられてしまった。

 孤児院はフェリルを引き取りたいというその貴族の申し出に対し抵抗してくれていたが、相手もなかなか諦めずに粘り強く交渉してきていた。

 正攻法での引き取りを阻み続けることは難しい。

 困り果てた孤児院は、貴族に引き取られる前にフェリルの籍を移すことにした。

 その引き取り先がサーカスだった。


 フェリルの引き取られたサーカスは世界中を巡業して回る。

 一所にとどまらないため、しつこい貴族でも追いかけるのは難しい。

 また、世界中で巡業を行っている関係で、サーカスの団長は幅広い人脈を持ち、もし貴族とトラブルが起きてもなんとかできるだけの伝手があった。

 変態貴族から身を隠すにはうってつけだったのだ。


 そうしてサーカスに引き取られたフェリルだが、引き取られたからには劇団員として働かねばならなかった。

 八歳という、働くには幼い年齢ではあるものの、少し働き始めるのが早まっただけと、前向きに考えていた。

 孤児院でも家事をはじめ、簡単な仕事ならすでにこなしていた。

 変態貴族に引き取られるよりかははるかにましだし、かくまってくれた恩も感じていた。

 フェリルは芸の練習に、公演がない間のこまごまとした仕事などをこなしていった。


 そうして迎えたのが、ウェンズ王国での公演だった。

 フェリルは新参ながらも見目の良さを買われて一部演目を任された。

 引き取られて割とすぐの公演だったこともあり、芸の技術はまだまだ拙い。

 しかし、それを覆すだけの華がフェリルにはあった。

 ハッとするような美人ではないが、無意識のうちに視線が吸い寄せられてしまうような、不思議な魅力がフェリルにはある。

 技術は拙くとも、その魅力だけで乗り切れた。


 フェリルを引き取ったサーカスの団長は、それを見て内心で納得したものだった。


(こりゃ、変態が執着するのも頷けるわな)


 生来の魅力だけで観客を魅了するフェリルの姿に、団長は将来は傾国の美女になるかもな、などと妄想した。

 同時に、演目に出したのは失敗だったかもしれないとも感じていた。

 本人にやる気があり、団長もその才能ゆえに演目をやり切れると確信したからこそ出したが、予想を上回るほどにうまくいきすぎた。

 フェリルは観客を魅了し過ぎている。

 これでは、フェリルがサーカスに引き取られる原因となった変態貴族の同類が寄ってきてしまう。


 公演していたのが永世中立国のウェンズ王国でなければ、フェリルの出演を途中で止めただろう。

 ウェンズ王国であれば、他国の貴族はもとより、ウェンズ王国の貴族ですら下手なことはできない。

 だからこそフェリルの続投を決めた。

 しかし、ウェンズ王国以外ではしばらくフェリルの出番はなくそうとも団長は決意した。

 客引きなどもやらせるべきではないな、とも。


 そうやって団長はフェリルの、というよりもフェリルに近づく不逞の輩を警戒していた。

 ウェルズらと何かあった時、すぐに団長が駆け付けたのもそういった理由からだった。

 ウェルズらはフェリルと同年代の少年たちだったが、同年代だからこそ子供じみた無理強いをしないとも限らない。

 孤児院から引き取ったからにはフェリルを守る義務がサーカスにはある。

 各国を巡って巡業するサーカスには、信用がなければならない。

 ウェルズ王国と繋がる唯一の街の信用を損なうわけにはいかなかった。


 そうして常識的な判断の元、すぐさまフェリルをウェルズらと引き離した団長。

 常識では計れない出来事が起きていたなど、この時の団長に思い当たるはずもなかった。

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