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雪上の楼閣  作者: 馬場翁
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八歳 出会い

 四人が王城を抜け出すのは簡単だった。

 普段からお行儀のいいウェルズが、まさか脱走するなど誰も思っていなかったのもある。

 しかし、それ以上に決行日を王立学園の入学式に合わせたのが功を奏した。


 ウェンズ王国において、王立学園の行事は国の行事と変わらない。

 特に入学式と卒業式には各国から来賓も訪れ、時には王族すらも訪問してくる。

 そのため、ウェンズ王国側も格式を上げるため、王と王妃が出席するのが恒例となっている。

 その警備や準備のために入学式の日は慌ただしくなり、王城待機のウェルズに向ける視線は緩くなる。

 専属の侍女侍従や護衛はもちろんいるが、彼らもウェルズに四六時中張り付いているわけではなく、隙を見計らってその目を盗むことは容易だった。

 ウェルズが模範的な優等生で、多少目を離しても問題がなかったことと、入学式に当たって全体的にバタついていたことが重なり、ウェルズたちの脱走はあっさり成功した。


「……こんな簡単に抜け出せていいのか?」


 王城を振り返りながら、ウェルズは警備体制のザルさに危機感を覚えた。

 永世中立国で長らく争いとは無縁だったせいで、少々平和ボケしているかもしれない。

 研究機関の防諜体制はしっかりとしているが、その分王城の警備が疎かになっていた。

 ウェンズ王国に下手な手出しをすれば、最悪世界中から袋叩きにされかねないため、各国は大人しくしている。

 しかし、今後もそうであるとは限らない。


「帰ったら進言すべきか」

「それ、抜け出したこともバレるんだが?」


 ウェーテスが呆れたようにウェルズを見やる。


「しかられるのは覚悟の上だ」

「うぇ……」


 嫌そうに顔をしかめるウェーテスと、今さらながらにまずいことをしたのではないかと顔を青ざめさせるカイデン、シトー。

 年齢に見合わない大人びた思考をするウェルズとウェーテスに対し、カイデンとシトーはまだまだ思慮が足らないところがある。

 それでも同年代の他の子供に比べればはるかに大人びている。

 比較対象であるウェルズとウェーテスがそれ以上だという話だ。


 ウェルズはこの脱走劇のあと、しかられることを織り込み済みだった。

 そして、王太子であるウェルズをしかれる人間など限られている。

 王か王妃、もしくはその両方だ。

 王や王妃からおしかりを受ける、その意味するところは重い。

 ウェルズや王位継承権を持つウェーテスならばいざ知らず、カイデンやシトーは重い罰が下されるかもしれない。

 そんな想像がカイデンとシトーの脳裏をよぎる。


 しかし、ウェルズとウェーテスはそこまで重大なことにはならないだろうと予想していた。

 治安のいいウェンズ王国では、貴族の少年が屋敷を抜け出して市中に冒険に出かけるのはよくあること。

 それは現在の子供世代だけでなく、親世代でも同様だ。

 自分たちが通ってきた道を子供が通ったのならば、それがいけないことだとしても強くしかることはできない。

 そして、ウェルズとウェーテスの父は兄弟そろって王城を抜け出したことがある。

 自分たちも同じやらかしをしているのだから、単純なおしかりはあっても罰らしい罰はないだろうというのが二人の予想だった。

 もし予想を外し、カイデンやシトーに罰が行きそうならば、ウェルズは二人をかばうつもりでいる。

 いくら精神的に参っていたとしても、友に不利益が行くようなことはしないくらいの計算高さは残っていた。


(まあ、できすぎるのも考えもんだよなー)


 ウェーテスは自分のことを棚上げしつつそう思う。

 ウェルズは努力する天才だ。

 遊びたい盛りの同年代とは根本的に話が合わない。

 そのため、気を許せる同年代の友はこの場にいる三人くらいしかいなかった。


 ウェーテスはその点、締めるところは締め、緩めるところは緩め、同年代相手でも交友関係を築いている。

 しかし、ウェルズは常に締め続けているため、それができない。

 王子として尊敬されることはあっても、腹を割って話せる間柄になれる人は少ない。

 着実に父王と同じ、理想にして孤独な王の道を歩んでいた。


(それはちょっと寂しいよな)


 ウェーテスは王になどなりたくないが、だからといってウェルズを孤独な王にもしたくはなかった。


「さーて! じゃあ、しかられる分思いっきり楽しまないとな!」


 ウェーテスはウェルズのたまったストレスを発散させるために、今日のプランをきっちりと練ってきている。


「まずはサーカスだ!」


 ウェンズ王国には王立学園の卒業式と入学式に合わせ、各国から多くの人が訪れる。

 当然、その人々を顧客とした商人なども訪れる。

 サーカスもその集まった人々をターゲットにした期間限定の催しで、毎年この時期にやってきて興行を行っている。

 公演は毎回満員御礼の状態だが、入学式のあるこの日に限って言えば穴場となり、混雑も緩和される。

 ウェーテスはつてをたどってあらかじめこのサーカスのチケットを人数分入手していた。


「サーカスか。見るのは初めてだな」

「俺もないな」

「僕は一度あるぞ!」


 軽々に身動きの取れないウェルズはサーカスに来たことがなく、あまりそういったことに興味のないカイデンもまた初。

 シトーは来たことがあるようで、サーカスについて自慢げに解説している。

 ウェーテスも毎年のように家族とともにサーカスを見ているのだが、ここはシトーに花を持たせるために黙っていることにした。

 ウェルズとカイデンもシトーの話を聞いてサーカスに興味を抱いてきているようで、足取りが軽くなっている。

 そうしてサーカスのテントが張られている広場に到着した。


「まもなく公演時間になりまーす! チケットお持ちの方はご入場してお待ちくださーい! チケットを持ってない方はまだ席が余ってますのであちらにどうぞー!」


 その広場では、公演用のかわいらしい衣装をまとった少女が告知と客引きをしていた。

 広場にいる大人たちはその少女の愛らしさに顔をほころばせながら、テントに向かう。


「ちょうどいい時間みたいだな」

「おう! 行こう行こう!」


 ウェルズたちは少女の横をやや駆け足で通り過ぎていった。

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