八歳 側近候補
市中散策のメンバーは四人。
王太子ウェルズ。
ウェルズのいとこにあたるウェーテス。
騎士団長の息子、カイデン。
理研長の息子、シトー。
ウェーテスは王弟の長男で、ウェルズと同じ年のいとこになる。
ウェルズの両親が完全な政略結婚だったのに対し、ウェーテスの両親は恋愛結婚で仲睦まじく、すでに三人の子宝に恵まれている。
ウェルズが一人息子であるにもかかわらず、次の子供を望む声が低いのは、ウェーテスを筆頭に王弟に三人も息子がいるからだった。
仮にウェルズの身に何か起きても、予備がいる。
王と王妃も自身の息子に必ず跡継ぎになってほしいという欲求は低く、ウェルズに何かあった際はウェーテスらに王位を継がせると公言している。
その態度がまた、ウェルズに「代わりはいる」「実の息子でも容易に切り捨てる」という事実を突きつけ、心的負担になっているのだが、やはり本人に自覚はない。
しかし、ウェルズに自覚はなくとも、はたから見ているウェーテスには察せられてしまうものがあった。
ウェーテスは一歩引いた位置からウェルズとその両親を見ている。
そのため、本人たちには見えていないものが見えていた。
ウェルズの両親はウェルズのことを愛していないわけではない。
ウェルズの身に何かあった際に、ウェーテスに王位を継がせると公言しているのも、ウェルズに限ってその心配はないと確信しているが故だと、ウェーテスは思っている。
家族としての愛情は乏しくとも、王と王妃はきちんとウェルズのことを評価している。
そこには確かな信頼があるのだ。
ただ、ウェルズが望む愛情とは異なるというだけで。
そうした親子のかみ合わなさを間近で見ているだけに、ウェーテスは今回のウェルズの参り具合がいつもより深刻だとわかった。
いつものウェルズであれば放っておけばそのうち自身の中で折り合いをつけていく。
だが、今回は少し手を貸してやらねば立ち直れないかもしれないと危惧していた。
婚約者の少女がウェルズと相性がよければいいが、反対に相性が悪ければ、今までため込んでいた反動も相まって折れてしまいかねない。
だからこそ、気分転換に市中散策を提案した。
そこに打算が含まれていないと言えば嘘になる。
ウェーテスはウェルズに王になってほしかった。
というよりも、ウェーテスが王になりたくなかった。
ウェーテスもまた、王と王妃の背中を見て育った人間だ。
同時に、相思相愛の王弟夫妻を見て育ってきている。
その二組の夫婦の在り方の差が激しいだけに、どちらが幸せかを考えてしまう。
ウェーテスから見て、王の在り方は酷く窮屈に思えた。
玉座に座り、王妃となる人物と仮面夫婦となり、王国のために身を粉にして働く。
なるほど、理想の王ではあれど、自分がそれになるかもしれないと考えると、ウェーテスは背筋に冷たいものが走りそうになる。
頼むからこのままつつがなくウェルズが王になってくれ、というのがウェーテスの本音だった。
もちろん、この真面目過ぎるいとこのことを本気で心配しているのもあるが。
ウェーテスが若干私情交じりでウェルズのケアをしようとしているのに対し、残り二人は混じり気なく本気で心配してのことだった。
カイデンは騎士団長の次男にあたる。
騎士団長の座は世襲制ではなく、能力によって選ばれる。
しかし、ここ何代かはカイデンの一族が騎士団長の座を占有していた。
いずれも実力でもぎ取って。
そして、次代の騎士団長は年の離れたカイデンの兄になるだろうと言われている。
それだけ若手の中では突出した実力をカイデンの兄は有していた。
兄がいる限り騎士団長の座に就けないカイデンが目指したのは、未来の王の護衛、近衛だった。
カイデンはウェルズとは幼馴染の間柄でもあり、ウェルズが善き王になるために努力してきた姿を知っている。
そんなウェルズを剣で支えたい。
それがカイデンの願いだった。
カイデンと同じように、シトーもまたウェルズの頑張りを見て支えたいと思っていた。
シトーは理研長の長男だ。
理研長とは、ウェンズ王国の研究機関を総括する理研庁をまとめる立場である。
学問の聖地と呼ばれるウェンズ王国は、世界で最も研究が進んでいる地だ。
そのため多くの研究機関が存在し、そのすべてを管理監督するのが理研庁となる。
ウェンズ王国を象徴する学問を統べる立場とも言えるため、理研長の権力は強い。
それだけに理研長の座を狙う人間は多い。
騎士団長の座と違い、単純な知力だけでなく、権謀術数も駆使せねばならない。
あまたの候補者を蹴落として理研長の座を獲得したシトーの父親は、ある意味ウェンズ王国で最も優秀な人間と言えるかもしれない。
そんな偉大な父を持つシトーだが、父と違ってやや単純なきらいがある。
感情的になりやすいし、影響を受けやすい。
ウェルズと出会ったシトーは、わかりやすく影響を受け、将来はウェルズの右腕になると言ってきかない。
まだ八歳という年齢を考えれば、その単純さは許容範囲であるが、理研長の座を継いでほしいと願っている彼の父からすれば頭の痛い問題だった。
同時に、その性格が治らなければ理研長の座はどちらにせよ継げないな、とも彼の父は感じている。
そんな親の心子知らずで、シトーの頭にあるのはウェルズのことだけだった。
三人の中で最もウェルズに傾倒しているのがシトーであり、同時に盲目的になっているのもシトーだった。
ウェルズの気分転換のために市中散策を提案したのはウェーテスだったが、カイデンとシトーもこの案に一も二もなく頷いた。
カイデンとシトーもウェルズのケアは執拗だと感じていたのが最大の理由だが、カイデンは自分がいれば護衛は十分と考え、シトーは単純に四人での小さな冒険にワクワクしていた。
三者三様。
立場は違うし、考えていることも若干異なるが、ウェルズを心配しているのは本心からだった。
そして、市中散策に誘ったのも良かれと思ってのこと。
そこに悪意はなかった。
しかし、三人はこの時のことを後悔し続けることになる。