プロローグ
ウェンズ王国に短い春が訪れた。
大陸の北方に突き出た半島を領土とするウェンズ王国は、その立地から一年の多くが極寒の冬に占められる。
夏と呼べる時期はなく、大陸で夏とされている暦がウェンズ王国にとっての春だ。
その春に合わせて、王国立学園の入学式が行われる。
世界中の知識が集まるとさえ言われる学問の聖地、ウェンズ王国。
そのウェンズ王国が国の威信をかけて運営する学園は、世界中の知識人のみならず、貴族や時に王族すら入学してくる。
そしてこの年の新入生は注目の的だった。
例年を超える豪華な面子がそろっていたからだ。
その理由は、このウェンズ王国の王太子とその側近候補たちがそろって入学するからだ。
国の特殊性から永世中立国となっているウェンズ王国だが、その王太子と好を結びたい人間は多い。
王太子の入学に合わせ、多くの人間が王立学園に入学する運びとなっていた。
その王立学園の門前。
あたりには異様な空気が漂っていた。
ウェンズ王国を象徴する雪の花と言われる白い花が咲き乱れる中、二人の男女が見つめあっていた。
片や件のウェンズ王国王太子。
片やその場のほとんどの人間が見知らぬ平民の少女。
異様。
そうとしか表現できない空気。
二人は一言も発することなく、お互いにただ見つめあっていた。
互いに一目惚れをしたという甘い空気、ではない。
不倶戴天の仇敵に再会したという険悪な空気、でもない。
その場にいるほとんどの人間が、その空気に的確な表現をつけることはできなかった。
ただ、異様な空気に飲まれ、緊張感が伝播して沈黙することしかできなかった。
本来ならば喧騒に包まれているはずの門扉の前は、常にない静けさに包まれていた。
普段は柔和な笑みを浮かべている王太子が、表情の抜け落ちた真顔で少女を見つめる。
対する少女も王太子と全く同じような表情で見返す。
思春期の男女の見つめ愛であるにもかかわらず、その目には異性に対する熱がこもっていない。
恋愛的な意味で二人の仲を邪推するような空気ではなかった。
しかし、それでも、その場にいた誰もが感じていた。
この二人の出会いが、運命的なものなのだと。
それほどまでに、二人の見つめ合いは特別な空気を作り出していた。
身じろぎすることすら憚れるほどの緊張感を生み出すほどの。
まさしくそれは運命だった。
ただ、その場にいる多くの人間が思った『運命の出会い』は、間違いである。
正しくは、『運命の再会』だ。
そして、『自分自身との再会』でもある。
七年前、二人はすでに出会っている。
二人の運命を決定づけた、七年前に。
王太子ウェルズが、平民の少女フェリルになり、
平民の少女フェリルが、王太子ウェルズになった、七年前に。