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仮題「勇者パーティーのリストラ斥候兵」、古試作、一人称、時間遡行、ダークファンタジー

「嫌だねえ……この世の終わりってやつだ」


 人っ子一人いない村の物見台に登り、拾い物の安酒を瓶のままで呷りつつ、オレは丘の向こうを眺めている。見るかもしれないと思っていたものを、たった独り、見せつけられている形だ。


 燃えている。


 もう世界は夜にとっぷりと沈んでいるのに、あちらの空ばかりは一生懸命に夕焼け色だ。いや、一所懸命というべきか。あれは城が炎上する明かりなのだし、最終戦力たる連合騎士団が壊滅した証なのだから。


 どうやら、人類は魔族との大戦争に敗れたらしい。


 つまりは、あとは世界を化け物どもが覆い尽くしていくばかりということだ。


「やっぱ死んじまったんだなあ……お前、勇者のくせになあ」


 鼻を鳴らした。最悪を眺めつつの最後の晩餐だ。酒が尽きたがまるで酔えていない。何かないものかと荷袋を漁る。固く封をされた瓶壺を取り出した。野菜の酢漬けが入っている。蓋が開かない。何としたことか手が震えている。力が入らない。


 恐怖からではない。そんなものは今更に過ぎる。


 封を切ることにして、小剣を抜いた。そのまま白刃をじっと見つめる。惨めに疲れ果てた顔が映っている。三十歳にしてはかなりの老け顔だ。悪党面を通り越して、悪い魔法使いのような印象すらある。魔法など使えないのだが。


 もしも……もしも魔法が使えたなら。


 そうすれば、こんなところから見物しないですんだのだろうか。


 あの炎の中で戦っていたのだろうか。魔王の本拠地へ攻め入っていたのだろうか。


 魔法とは選ばれし者の力だ。才能なくば千日の努力も決して実らず、才能あらば千を数える間に虚空へ火を灯すなり、触れずに物を浮かべるなりするだろう。千日も磨けば爆発する火の球を投じることも、地を隆起させて岩の盾を作ることもできるだろう。


 ほんの少しでいい。伸ばすことのできる才能があったなら。


 現実は酷薄だ。どんなにか努力したところで、世界へと己の意思を反映することはできなかった。是が非でも魔法を使いたかったから魔法書の類も何冊となく読んだが、持たざる者の目に持つ者たちの高尚な理論が輝かしく羨ましく映るばかりだった。


 だから、外された。魔法を必要とするのっぴきならないその局面で。


 勇者と共にあることを誓った一団から、これ以上は足手まといであるとして追放されたのだ。


「聖剣の勇者と、彼に従いし運命の使徒たち……か」


 口に出して呟いてみれば、それは耳に特別な音色で響いてくる。真実、その一団が人類の希望であったからだろう。万民の願いを託されていたからだろう。


「オレの運命って、何だったんだろうな?」


 もう五年以上も前になるのか。


 嘘偽りなく、オレはその一団の中にいた。


 事の始まりからして、オレは場違いな人員だった。共通点も類似点もなかった。年齢にしたところで勇者らが十代半ばであったのに対して、オレは二十五歳だった。何もかもが異なっていた。


 帰る家も家族もなく、前科持ちの薄汚れた冒険者であるオレ。


 聖剣に選ばれた清く美しい少年と、彼を愛し支える美貌の少女たち。


 オレ以外の全員が魔法学院の選抜生で、家名を名乗る地位と周囲を唸らせるだけの実力とを併せ持っていた。勇者を中心として一夫多妻的ですらあった。宿で同じ食卓にもつけないオレなどは、傍目には道化にでも映れば上等で、精々が下僕程度のものだったろう。


 魔法の才の有無が戦闘力に直結するこの世界で、魔法はおろか真っ当な兵法も身に修めていないオレが、どうして勇者の旅になど同行したのか。仲間であることを許されたのか。一時期でも、オレが勇者と共に在った理由とは何か。


 切っ掛けははっきりとしている。酒場で暇をしていたところを雇われた。仕事内容は古代遺跡への道案内だった。


 深い森を踏破するための知識も経験も勇者一行にはなかった。いいところの坊っちゃん嬢ちゃん方が何の酔狂でと思ったものだ。彼らは旅慣れておらず、社会の裏側についても無知だった。当時はまだ勇者として広く知られていたわけでもなかった。


 遺跡に着けば着いたで、鍵を開ける魔法こそ使えるものの罠を感知したり解除したりする技術がなく、戦闘においては強力でも見ていて危なっかしいことこの上なかった。オレは追加料金を約束させて遺跡内にまでついていくことにした。


「あん時、オレは凄ぇ儲けたんだぜ? お前らホント、金銭感覚おかしかったしよ」


 だから、その後の山越えも手伝う気になった。険しい道のりとはいえ先導するだけでもう一儲けになるのだ。引き受けて当然だ。


 ところが、峠を越えたところで崖崩れが起きた。元の町へと戻れなくなった。それはそれで適当に何とかするつもりだったが、勇者はどういうわけか真剣な顔をしてオレを勧誘してきた。


 一緒に行こうと。どうか自分を助けてほしいと。己の旅が危険であることを明かしつつも、その困難極まる目的を果たすためにこそオレの協力が必要なのだと訴えてきた。


「必死の形相だったよな、お前。ははは」


 周囲の女たちは不承知な様子だったが、それを無視させるほどの熱意が勇者から伝わってきた。しかもそれは、少し一緒にいただけでもわかるそのお人好しな美少年にとっては珍しく、義務感や正義感からの発言ではなかった。子供らしい我儘からの発言に感じられた。


 そう、勇者は随分といじましい奴だった。


 勇気を示すくせに実は臆病者で、正義を貫くくせにどこか常識がずれていて、勝利を導くくせに何とも頼りないところがあった。それでも勇者だった。重大な使命に怯みながらも責任を全うすべく自らを律していた。努力していた。歯を食いしばっていた。その様は必死に背伸びをしている子供を思わせた。


 そんな彼が、あの離別すべき時、どうしてか無茶を通そうとした。畢竟、オレに甘えたのだ。目に涙を浮かべていたから、泣き言といってもいいのかもしれない。


 放っておけばよかったのだろう。きっと。


 オレにとっても。あのお人好しな少年にとっても。


 勇者の仲間たる綺麗所……彼の関心、ひいては寵愛を求め競う少女らにとっても。


 オレという異分子が交じってしまったがために、それまでは正しく一致団結していたに違いない勇者一行は、徐々に何かが歪んでいった。勇者は何かにつけオレを頼るようになったし、それが少女たちを憤らせ焦らせて……狂わせていったのだろう。


 嫌われるどころではなかった。オレは少女らに憎まれた。


 勇者はいまいちわかっていなかったし、わからせようとも思わなかったが、オレの扱われ方たるやそれは酷いものだった。腕力など魔力を前にしては無意味だ。オレは魔物よりも彼女らの敵意に身の危険を感じていた。目で見て避けられるものならばまだいい。魔物はオレの食事に毒を混入したりはしない。


 随分と我慢もしたが、今にして思えば、どうしてそこまで我慢できたのか。


 金銭欲からではない。勇者の旅とは基本的に危険地帯を巡る旅だ。蓄財とはとんと無縁だった。命と安全を購うようにして、手に取ることも憚られるような宝具や霊薬に財貨を投じた。


 名誉欲からでもない。オレは最初から最後まで正規の人員として認められなかった。当然だ。家名も持たない犯罪者が華やかな舞台に登れるわけもない。オレの名が歴史に記されることはない。


 使命感などは抱いたことがないし、正義感にしても同様だ。どちらもオレには無縁のものだ。そういう綺麗な代物は清く正しく生活してきた人間にのみ持ち得る。あるいは愛されて育った人間にのみ。


 だから、我慢できた理由もまた、勇者なのだろう。


 次第次第に人々に認められ、世界の注目を集めていく勇者……人類の存亡を懸けて戦い、勝利することを期待される存在……そんな人間から信頼を寄せられることが喜びでなくて何だというのか。驚くべき快感だ。あの少女らにいわせれば、分不相応かつ罰当たりなのだろうが。


 事実、勇者に置いていかれた後のオレは途方に暮れ、身を持ち崩した。魔法が使えないなりに場数をこなし、英雄的な力を持つ者らと共に修羅場を越えてきたから、冒険者としてやっていく分には何の問題などなかったというのに。


「面白くねえんだよなあ……何やっても、本当に面白くねえ。畜生」


 町に入り、些細なことで刃傷沙汰を起こした。衛兵を打ち払って別な町へと流れた。そんなことを何度か繰り返したところで討伐隊を組まれた。逃げ続けた。山野に分け入って、野垂れ死にするところをドワーフに拾われた。顔見知りだった。勇者一行として旅をする中で出会った鍛冶師だ。

 

「……死んじまった方がよかった、とも思ったけどよ」


 オレは今、きっと物欲しげな顔をしている。


 こんなところまにでやって来て、未練がましく落城の光景を眺めやっている。


 もしも魔法が使えたなら……勇者からの信頼を失っていなかったなら……オレは必死になって魔王の軍勢と戦っていただろう。そう確信する。どんなにか少女らに敵対視され、王侯貴族や民衆から蔑視されても、ただ一人勇者さえオレに期待してくれたなら……勇敢に戦えたに違いない。


 言い訳ではない。強がりでもない。英雄願望などあるはずもない。無論、あの少女らが疑っていたような同性愛の熱情でもない。戦闘狂というわけでもない。死にたがりでもない。


 もっと単純で幼稚な理由だ。我ながらどうかと思うが……とうの昔にわかっている。


 認めてくれたからだ。生まれて初めて。


 憧れてくれたからだ。下らないオレなどに。


 掛け値なしの笑顔で、裏表も打算もない純粋な好意を、オレという人間に与えてくれた。この世界で唯一人、勇者だけが、オレを立派な人間とみなしてくれた。恃むべき男と見てくれた。


 だからオレは……勇者に褒められたかった。


 いい歳をしてあまりにも幼稚な動機だ。


「あの後、お前、どんな冒険をしていたんだ? 結局、あの別嬪さんたちの内の、誰とくっついたんだ? オレとしちゃ、あの魔導師だけは避けてもらいてえとこだが……笑顔がむかつくんだ。アイツ」


 全てがもう今更だ。もう終わってしまったことだ。勇者は既に亡く、人類には再起するための力など残されてやしない。魔王討伐を要とした対魔族戦争の大計は破れたということだ。


「そんで、お前……どんな風にやられちまったんだ? 聖剣なんてもん、持ってるくせによ?」


 今夜の内にオレも死ぬだろう。何せここは最前線だ。しがない冒険者風情が朝日を拝めるはずもない。


 瓶の中へと手を突っ込み、なよなよとした酸い野菜を取り出した。噛み千切る。飲み下す。不味い。ところどころ腐っている。それでも吐き出すほどではない。ただし残りは瓶ごと投げ捨てた。


 濡れ汚れた手を見る。まるで震えが治まらないそれを。


 魔族は怖くない。そんな感情は既に摩耗した。死ぬこともさして恐れていない。生きて幸せになることを諦めて久しいから、己の終わりなど容易に受け入れられる。人類の滅亡にしたところで、その全てを見届けるわけでなし、どこまでも他人事だ。


「何で、震えるかねえ? 酒の毒か? オレらしいっちゃ、オレらしいが……」


 先ほどから森に物音が連続している。次第次第にそれは村へと近づいてくる。音の質、大きさからして並大抵の来訪者ではあるまい。


 死が来たのだろうか。早くも。震える手の意味もわからないままに、早々とオレは魔族に喰われるのか。どれにだ。黒色にか。灰色にか。それともあるいは白色にか。どのようにだ。触手にか。大顎にか。魔法にか。いっそ魔王が来ればいい。それが最も望ましい。


 カサリ、とやけに小さな音が耳に届いた。


「何だ? 蛇?」


 月明かりに照らされて、白く長い何かが草地に閃いた。全長は大人の身長くらいか。魔物であれば馬も丸呑みにする程の蛇もいるのだから、まるで脅威たりえない。拍子抜けといっていい。


 されど、それは呼び水か。


 次いで灌木を弾き散らし姿を表したものこそ、死だった。


 おぞましき紅の光点を数も位地も定めずに宿して、のっぺりと夜を凝縮したようなその忌まわしき寸胴。それは牛三頭ほどにもなる重量。五本以上にして必ず奇数となる触手。それは関節なき手足。体表には濡れそぼりつつも騒めき揺らめく影の渦動。それは魂を毒する汚濁。


 万物の天敵種として魔界より来たりし者ども……魔族……その『黒色幼生体』だ。


 つまりは化け物だ。


 人間も、獣も、魔物でさえも、この化け物どもの目には動く捕食対象でしかない。善も悪もない。生物としての強弱より他に何もない。圧倒的なまでの暴力が吹き付けてきて、この世の全てを壊して飽くところもない。


 掛け声の一つもなく、オレは跳躍した。


 両手に握り締めるは穂先のみならず柄まで全て鉄製の槍、『長楔』。人間が魔族に一撃するために考案した特殊兵器だ。魔法の使えない凡愚でも必ず有する力を利用する……即ち、肉体の重さで一点を穿つ。


 衝突。衝撃。肺の空気が消し飛んで、胃の中身が込み上げる。


 物見台の上という位置が幸いした。直上から入って、上手い具合に幼生体の体幹を貫いた。先端は地面にまで達している。完全に縫い止めるには浅いが、追撃で槌を振るってくれる味方がいないのだから最上の結果だ。


「シッ!!」


 足場の確保もそこそこに次の得物を腰から抜き放つ。大振りの鉈だ。振り下ろす。一息に叩けるだけを叩く。地を耕すように。穴を掘るように。紫色の体液を飛び散らせる。服越しにも肌を刺すその冷たさを振り払うように、動く。動く。足りない。この程度では。足らない。このままでは。


 さても、オレは魔法が使えない。


 魔法とはとても理不尽な力だ。何もないところに火を生み、動かざる大地を動かし、浮くはずもないものを触れずに浮かす。つまるところが、自分の意思で世界を変えるのだ。そういう力だ。オレには扱えない。


 けれど、オレにも魔力はある。


 魔法として外へ放てはしなくとも、内へならば……自分という枠組みの内側にならば……この慣れ親しんだ肉体にならば、魔力を巡らせることができる。自分以外の何ものも思い通りにはいかなくとも、自分くらいは……自分だけは何とかしてやれる。


 オレはオレのものだ。


 オレだけが、オレを動かせる。


「叫べよ出でずの力! 猛りて破れ! 我苛むは我なれば……≪魔力暴走ハイペルド≫!」


 全身に力が漲る。鉈を保持する握力が増す。鉈を振るう速度が速まる。鉈を叩きつける打撃力が強まる。狩れる。打てる。潰せる。震えるほどの殺意がオレを衝き動かしている。


 ≪魔力暴走ハイペルド≫。


 これは魔法ではない。いわば意図的な魔法の失敗だ。勇者一行と別れた後、ドワーフの魔法戦士に師事し体得した技術だ。極限状態における捨て身の手段として、あるいは魔族に捕らわれた際の自裁手段として伝授された。


 その原理は単純明快だ。心身に魔力を過剰循環させて自壊自爆する。上手くすれば大きな爆発力を発揮できる。魔族の『灰色成体』とて腹の中からならば致命傷を与えられるかもしれない。


 また、爆発へ至る過程で身体能力が増強される。魔力が作用することによる一時的な現象で、多分に自滅的ではあるが、その副次効果こそがオレの切り札だ。


 大丈夫。すぐには死なない。死んでもいいが、まだ死ぬつもりはない。


 この化け物を蹂躙し、踏みつけにした後でなければ、死にたくはない。


 この身が爆発するまでの時間はまだある。悲しいかな才能なき身では即時の自爆は技術的に高等過ぎるからだ。されど嬉しいかな時間的猶予があるため、途中で魔力の暴走を鎮めることも可能だ。そこに光明を見出し、そう利用できるように訓練してきた。落伍者の一念だ。たとえ魔法には届かなくとも。


 いける。大丈夫だ。まだいける。


 限界を超えた運動により骨が幾本も折れた気配があるし、筋肉の損壊はいちいち箇所を確認できないほどだが、まだ動ける。殺せる。滅ぼせる。こいつを。この化け物を。


 繊維質の何かを切り払い、入り組む根のような邪魔物を引き千切って……見つけた。内臓という生物の常識を持たない化け物が動作するための核心を。中枢を。禍々しくも妖しく灯る硬質の球体、『紅玉』を。


「おお! おおおおおお!!」


 掌大のそれを両手で掴み、引っ張る。ブチブチと音を立てて引っこ抜く。踏ん張り、踏み締めた足がズブズブと紫色に沈んでいく。ボキリと妙に大きく響いた音は右足か。奥歯も砕けたか。構いやしない。気にしやしない。殺す。殺す。殺す。


「っらあ!!」


 取った。獲った。った。


 歓喜したその直後に黒い風が頭上を吹き抜けた。勢いのままに紅玉を掲げ持った右腕が、その肘から先が、何の痛みも感触もなく切断された。斬り飛ばされた。化け物の触手だ。刃物のような一本を持っていたらしい。


 だが、もう遅い。今更のことだ。たとえ頭を吹き飛ばされていたとて勝敗は変わらない。


 急速に力を失っていく化け物の、そのおぞましい冷たさの中に身を横たえながら、思う。こんなことは初めだ。単独で魔族を……最弱の幼生体とはいえ、誰の援護もなく打ち滅ぼすなどとは。


「はは……やってやった……ははは……案外やれるじゃねえか、オレだって」


 黒色幼生体の攻略法は確立している。その胴体に取り付くことだ。鋼の鎧すら物ともしない強力なその触手も、接触距離にまで入ってしまえば脅威ではない。化け物は決して自損自傷しないからだ。他者へはまるで無頓着な存在も、自己愛だけはあるのかもしれない……そんなことを思う。最後の一撃は油断したが。


 何にせよ、終いだ。


 目を閉じよう。もう何を見る必要もない。


 右腕の切断面から大量に出血している。鎮めるまでもなく魔力が漏れ消えていく。全身から力が抜けていく。オレの命が温かく流れ出て、化け物の命の冷たさと混ざり合っていく。


 その代わりとでもいうものか、焼け付くような痛みがやってきた。返済すべき苦痛だ。代償の激痛だ。視界が明滅するほどだ。立ち上がる気力など湧くわけもなく、ただ蹂躙される。なす術もない。酷く喉が渇く。頭痛と耳鳴りが綯い交ぜになって襲い来る。


 それでもオレは気分がいい。幸福なわけではないが、化け物と戦う前と比べれば何とも爽快だ。


「……仇討ちにも、なってねえけどよ?」


 目蓋の裏に浮かぶ彼へと声をかける。


「これくらいが、まあ、オレの精一杯ってやつだ。少しくらいは見直してくれっかなあ……」


 返事をあれこれと想像しながら眠ろうとした、その時だった。


 おぞましいことが起きた。


 初めは手足の感覚が麻痺してきたのかと思った。失血による症状なのだと。だから、切断された右腕からそれが始まったのだと。


 違う。


 蛇だ。存在も忘れていた先の白蛇が切断面に喰らいついている。


 いや、違う、それどころではない……入り込んでいる!?


 その身をくねらせて、オレの中に潜り込もうとしている!! もう半ばまで!!


「うおっ!? おおおお……!!」


 左手で掴みたかった。引きずり出したかった。しかし動かない。首から下がいうことをきかない。僅かも身動きができない。まるで凍りついたかのようだ!


「ま、魔物だったか……こ、この……!!」


 駄目だ。完全に侵入された。想像だにしなかった事態だ。こんなことになるのなら、いっそ≪魔力暴走ハイペルド≫を最後まで進行させるべきだったか。魔物に内側から食い荒らされるくらいならば。


「は……ははは」


 惨めだ。こんな終わり方とは。


「所詮はオレってことか……ああ、畜生め、変なものまで見えてきやがる」


 世界が歪んでいく。


 頭の奥のところが痺れていて、もはや不快感すらが遠い。夢と知りつつ見る夢のように、視界は幻の如く非現実的なくせにどうしても目が離せない。自分の輪郭も定かではない。全てが曖昧に溶けていく。液体となってどこかへと流されていくような、奇妙な酩酊感がある。


 これは夢か現か……それとも死出の旅立ちか。


 葉を茂らせた草木がそれを畳み、身の丈を縮めて、土の中へと消えていく。


 蝶はサナギに。そして芋虫に。飛ぶ鳥は飛べぬ雛に。そして卵に。


 四季が逆向きに流転していく……死が生を証明していく。亡き者を在らしめていく。


 強烈な光が近づいてきている。何もかもを呑み込んで、全てを白く塗り潰してしまうほどの光だ。驚きだった。漠然と死とは黒いものと考えていたから。


 何にせよ、もはやこれまでだ。驚く心さえも白く消えていく。


 薄れゆく意識の中、声を聞いていた。


 そっと囁くような音量なのにも関わらず、妙によく聞こえる。


 

 コワイ。アイツラ、コワイ。ニゲロ。ニゲロ。


 コレニ、ノッテ、イケル、トコロマデ。



 そしてオレは、オレであることを終えた。


 『血塗れ村』のブランギルと呼ばれた、その下らない一生を。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 素直に続きが読みたくなりました。
[一言] オッサン(まだ若いけど)健気でウルッときたやん(´;ω;`) 勇者の無自覚なカリスマにやられてる点では女どもは正しいのかもしれないですね(>ω<) 次は『勇者を中心として一夫多妻的(たまに俺…
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