仮題「ちぇすと転生」、古試作、三人称、TS、異世界転生、主人公最強
村を襲わんとする野盗たちの目に『彼女』は奇妙に映った。
美しい少女だ。ダークエルフでもなしに黒髪黒瞳で、ハイエルフのように肌が白い。年のころは十五、六か。服装はドワーフじみた粗野な男物だが、それが却って少女のフェアリーとも見紛う可憐さを際立たせている。
少女は太い木の棒を手にしていた。すわ杖か? 魔法使いか? いや、どこにも魔晶石が見当たらない。本当にただの棒でしかない。初めは呆気にとられた野盗たちだが、すぐにも下卑た笑みを浮かべはじめた。
この少女には、どこか、強く獣欲を刺激するところがあった。
細くしなやかな手足といい、豊満な胸の膨らみといい、女としての色香は瑞々しいばかりだ。そのくせ髪をかき上げる仕草や身体を伸ばす様は隙だらけで、チラチラと肌が覗ける。どうにも幼稚で、無防備だ。例えるならば新雪の原か。踏みにじってしまいたくなる類の。
さても、野盗たちは冬越えの食料を目当てに襲撃したまでのことで、他にはさしたる期待もなかった。戦乱の世である。奴隷市場は値崩れしていて、痩せ衰えた村人なぞ運ぶ手間の方が高くつきかねない。
しかし、その少女がいた。極上の獲物が無防備に佇んでいた。
誰しもの頬が緩んでいる。舌なめずりをし、下半身をいきり立たせているようだ。いずれは売り払うとして、まずは存分に楽しむつもりに違いない。その蛮行を阻み咎める者などいやしない。
剣を手に、清浄なるものへ寄る。欲を胸に、不浄へと貶めるべく寄る。
一個の命の尊厳を踏みにじり、粗暴な快楽に溺れるべく、寄っていく。
野盗たちの数は二十と少し。傭兵くずれである。世相を体現してか荒くれ、無法を法とし、暴力を生業としてきた。強きを避け弱きを食い物にすることに慣れていた。
村は滅ぶ……もはやそれは避け難い未来であろうに。
少女が、棒を構えた。
左腕はひじを脇腹につけて狭く、右腕は脇を開いて高く、棒を地面に対して垂直に振りかぶったその姿勢の不思議さよ。一切の迷いなき熟練の気配がある。堂々たる風格をも感じさせる。
ただ事ではない。しかし何事か判断がつかない。欲に駆られた歩みは止まらない。
そして。
少女から放たれたのは、物凄まじき、殺気であった。
「チエエエエエエエェェェェッ!!」
裂帛の気合いを発し、少女は消えた。いや跳んだ。地を砕くばかりの豪壮な踏み込みだ。それで一人叩き殺された。残酷な音がした。首の根に当たり周囲の骨を粉砕する一撃だ。
打たれた男が倒れるよりも早く打撃が連続する。左右の男の首が折れる。速い。三つの胴体が崩れ落ちたのはほぼ同時であった。
次の瞬間、少女はもう別な男へと攻めかかってきていた。それでまた一つ首を折られる。一歩一殺。二歩二殺。電光石火の攻撃は目にも留まらない。
まともに抵抗できた者は皆無だった。少女が更に速さを増したからだ。動きを小さく鋭くし、狙いを首から手へと変えたようだ。肘が、手首が折られていく。速く、力強い。指に至っては折れるばかりかちぎれ飛ばされるほどだ。閃く打撃には僅かな隙もない。絶え間ない打撃音が鳴り響く。
間合いを開けたとて少女の勢いを止められはしなかった。馳せるも速いからだ。むしろ距離は助走を呼んで威力を生じさせた。弓矢を用いようとした男は弓ごと腕と首を折られた。解き放たれた弦がビンと鳴った。
少女は苛烈だった。まるで魔神だ。
戦おうとする者の手を折り、逃げようとする者の足を折り、誰一人として逃がすつもりがない。命乞いにも寸時とて耳を貸さない。傷ついた者たちの頭蓋を砕いていって躊躇うところもない。
やがて野盗たち全てが地に転がることとなったが、ただ一人、今際の際にあって『彼女』の呟きを耳にした者がいた。
容貌に相応しい美声ながらも、それは実に奇怪な言語だった。
「やいややいや、どこでん戦じゃの」
意味が、わからなかった。西域語でもなければ東域語でもなく、さりとて各種族語でもない。強いて言えば古代語にやや似る。あるいは祈りの文言だったのかもしれない。
「……股ぐらが寂しか、やっぱい。慣れん」
何かをボリボリと掻く音を最後に耳にし、その者は事切れた。武装した二十人余りの無法者たちが、一人の少女と一本の棒によって、僅かの間に全滅した瞬間である。
はたして、『彼女』は、何者か。
それを知るためには少々の時を遡らなければならない。




