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仮題「魔女と無敵と人型兵器」、三人称、現代、ロボット、ミリタリー

 

 いっそあれが隕石で、何もかもメチャクチャになっちゃえば良かったのに。

 プールの底から見上げる太陽みたいで、すごく、すごくキレイだったなあ。

              ~男性、地方出身、痩せ型、公立中学教諭、独身~







 日本がエーテル海に没して二十年と三―――今この瞬間に四日が経過して。


 平田兵司は四十歳の誕生日を迎えた。ひどく不本意な時と場所だった。単独で作戦行動中、試作型可変戦闘艇のコクピット内である。


「アンチアストラル対空機雷、正常に発動。妨害波の発生を確認しましタ」


 電子音声が祝辞を述べるはずもない。婚約者には逃げられ、血縁者とは疎遠で、同僚も上官も協調性のない曲者ばかりだ。そもそも亜音速航行をしているからには母艦との通信も不可能である。あるいは今晩戦死したのなら、享年記入欄でもって今日の日時が意味を持つのかもしれない。


「推定有効時間を表示しまス」


 フロントディスプレイに灯った数字を読み、苦笑した。待ち慣れたインスタントヌードルタイムだった。空腹を気づかされた兵司だが、指は既に中距離空対空ミサイルを選択している。エーテルの水柱が砕け、白煙と気化エーテルがアストラルと入り混じるその場所を照準した。六発全てを発射だ。アクティブ・レーザー近接信管が反応する前に、右方のトグルスイッチを下へ。


「船体変形、白兵戦モードへ」


 各所の固定が外れた音と、戦闘艇が人型へ変わっていく響き。空気抵抗が増したことによる振動と、エーテルの飛沫が複合装甲を撫でる動揺。アストラルが臭った気がして、顔をしかめ、呑んだ唾の味。


 十数メートルと視点の高くなった戦景に、遠く、敵が映った。


 魔獣だ。


 爆発を抜け、それらは多勢で襲い来る。グリフィン、ガーゴイル、ハルピュイア、グレムリン……どれも神話のイメージに比べ硬質で、無機的で、効率を突き詰めた形をしている。まるで殺意が凍り付いたかのような。


「敵、中型二十二。小型五十七。脅威度を色分けしまス」


 スラスターを噴かし急制動をかけた。相対速度を遅めてマルチロック。完了するなり即リリース。小型ミサイル二十発を同時に発射して、フットペダルを踏んだ。


 飛ぶ。取り込んだエーテルを消費する飛翔だ。


 眼下、スラスターの噴射光とミサイルの爆発光の更に先、エーテル海の底には……摩天楼の夜景が沈んでいる。先進国の首都たるメガロポリス東京が、今夜もまた賑々しく営まれている。雲海の高度で繰り返される超常の戦争など感知せず、エーテル海もアストラル圏も認識しないままに。


 ―――アニメだな。人知れず巨大ロボットで戦うんだから。


 そんなことを思えば、兵司の脳裏にはたちまちに勇ましいメロディが聞こえてきたものだ。誰かを護るため命懸けで戦う……そういう歌詞を口ずさむ。軍歌ではない。アニソンだ。胸の残り火に空気を送りこむようにして歌う。


 情熱など失せて久しい。高揚も恐怖も摩耗してまろやかに成り果てた。


 さりとて少年兵でなし、情緒で勤務態度が変わるような可愛げはないから。


 兵司の目はレチクルの動きを油断なく追っている。ターゲットがロックされるたびにトリガーを引く。白煙の航跡を幾つも描かせ、魔獣を爆砕していく。いや、躱されもする。どうにも追尾が緩慢だ。そら、今の一発も外れた。追い切れなかった。モニター端の数字はまだ残っているものの、明らかに、アストラルの電磁波攪乱効果が戻りつつある。


 舌打ちした。彼我の距離を詰められた。


 群がる小物を、小刻みな機動で避け、的確に撃つ。人型の左腕に携えたショットガンで、あるいはAI制御のバルカン・ファランクスで、寄せ付けず蹴散らす。目の回るような視界の中に霧が散る。敵はアストラルへと掻き消え、欠片のひとつも残しやしない。


 グリフィンが肉薄した。目一杯に広げられた翼を、鬱陶しいと感じるや否や。


 切断していた。


 隙だらけの胴体を袈裟懸けに真っ二つだ。まったくの無意識の操縦だった。右腕部に備えられたエーテルブレードは、斬る瞬間だけ発現発光する格闘武器である。


 残る小物も滞りなく消し去り、殲滅を終えた。


 ほどなく飛翔限界を迎え、エーテルの水面へゆっくりと降下した。脚部の半ばまで沈むも、エーテルを吸い上げて飛翔力を回復し、ホバリング状態へ移行する。


 広がる波紋を何とはなしに見やって、兵司は海を思った。液状半物質であるエーテルと気状半物質であるアストラルとの境界面は、質感と反射において大気と大洋のそれと異なるが、雲のない今夜はいかにも似ていよう。


 潮騒はない。機関部の振動音と脚部吸水口の作動音が響くばかりだ。


「作戦を完了しましタ。司令部への報告を推奨しまス」


 吐息し、兵司はシート脇のレバーを引いた。錨状の通信装置を投下する操作だ。エーテル伝達式の通信は深度が距離と精度を左右する。その調整をオートにしたところで、兵司は妙な感覚に襲われた。


 チリチリと首筋が痺れる。シクシクと胸がうずく。そういった勘働きを軽視するパイロットは死ぬと知っていたから、兵司は計器類をチェックした。船体に問題はない。観測機器の情報にも異常はないが、レーダーが当てにならないアストラル圏においては手放しに安心できない。最後に頼るべきは、実のところ視力である。


 エーテルの水面。アストラルの風。音もなく煌々とする、妖艶な月光。


 レバーを引き倒した。錨の放棄だ。アクセルを目一杯に踏んだ。急発進だ。直後に猛烈な火柱が立った。もう一発来る。爆発。強力な火球が次々に撃ち込まれている。上からだ。月を背に何かがいる。恐るべき何かに攻撃されている。


「注意。焦点化現象を観測しましタ。魔獣の出現が予測されまス」


 全方位に影がうごめいた。アストラルから魔獣が滲み出てきた。


 境界面に現れ出でたのはオーガ、ミノタウロス、サイクロプス……中空にはグリフィン、ヒポグリフ、ワイバーン……脅威度の高い大群だ。滅多に確認されない魔獣種も多い。


 もはや倒しきれる数と質ではない。銃弾にしろミサイルにしろ残弾数が少ないからだ。エーテルブレード恃みの強行突破も図れない。可変戦闘艇は通常の人型戦闘艇に比べて船体強度が低いからだ。ましてや試作型である。無茶なことをすれば何が起こるかわかったものではない。


 平田兵司は四十年間も生きた。十分に生き飽いている。強制徴募とはいえ軍人で、曲がりなりにも階級は大尉だ。死ぬことも仕事とわきまえている。


 だからこれは、生存意欲というよりは往生際の悪さなのかもしれない。


 兵司は左脇の足元奥の小さなハンドルに触れた。推力リミッターを解除するためのものものだ。握りを確かめる。動作の素振りもした。次いでリリースボタンとトルグスイッチに指をかけた。


 深く息を吸い、吐いて、兵司は月を仰いだ。


 目を凝らす。カメラのクローズアップもする。やはりいた。六枚の巨翼を悠然と広げるあれは、見紛うべくもなくホーリードラゴンだ。そうであるからには、竜鱗の背には宿敵が座すに違いない。政治信条や価値観を異にするどころか、種としての生存戦略が対立する不倶戴天の存在が。


 魔女―――アストラル圏の支配者にして、地球環境の管理および人類統治を標榜する、不老不死の超人。


 眩暈がした。白雪のような髪が見えた気がした。水晶のような瞳もまた。




 ハッピーバースデイ、ヘイジ。




 聞こえるはずのない、凛とした、懐かしくも愛おしい声。


 ボタンを押した。スイッチを弾いた。ハンドルを引っ張った。衝撃を被り高速に浴し、兵司は戦闘の渦中へ飛び込んだ。何かを叫び、咆哮を上げながら。


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― 新着の感想 ―
[一言] 【感想返し】 あと前々から水没都市のイメージが強くありまして。 ↑ 水没都市、良い画ですよね(≧▽≦) 自分の中のそれ系の原風景だとラピュタにちょっと出てくるのとかコナンの突き刺さって立って…
[良い点]  眼下、スラスターの噴射光とミサイルの爆発光の更に先、エーテル海の底には……摩天楼の夜景が沈んでいる。先進国の首都たるメガロポリス東京が、今夜もまた賑々しく営まれている。雲海の高度で繰り返…
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