仮題「攻速のハクスライダー」、一人称、TS、VRMMO風、ライト
俺がゲームに求めるものはただひとつ、ハック・アンド・スラッシュだ。
ブッ倒して、ブン獲って、またブッ倒して。
壮大な設定だのドラマだのは、胃にもたれる。派手さや斬新さは、目がチカチカする。オンラインゲームも他プレイヤーが絡むやつは何かとルールが面倒だし、そうでないやつはテンポが悪くて飽きてしまう。
世にも無力なおっさんは、ゲームをやる時くらいぼーっとしたいんだよ。
だから、操作キャラの見た目にはこだわりがなかった。
移動スピードさえ速ければいい。その性能を追求すると女性キャラの使用頻度が高くなったが気にもならなかった。次々と戦えるならどうでもいい―――なんて。
そんな考えなしだったことを、このところずっと後悔している。
「行けい、タカセ!」
返事もせずに駆け出す。
走る。走る。今の俺は肥満でも運動不足でもない。一気にトップスピードへ。
フルプレートアーマーの前衛たちと、その防御力に足止めされた一角破砕獣……トラック大のトリケラトプスのようなモンスターどもを横目に石畳の床を蹴った。壁へ向かってだ。勢いのままに壁を天井を駆け抜けて、最後はジャンプ。
着地はモンスターどもの背後へ。どでかい尻を眺めまわす位置取りだ。
たずさえた剣が―――並みの盾よりでかい特大剣が、ギュインギュインとエネルギーをみなぎらせている。フルフェイスヘルメット内で鋭く息を吸って……!
「大王、エネルギッシュ!!」
はいダサい。痛々しい。いい歳して何やってんだ俺。しかし叫ばなきゃ技が出ないんだからしかたない。背に腹は代えられない。まだ死にたくは、ない。
実際、威力はすごいんだ。
振り抜いた範囲、中心角およそ二百七十度を、剣からほとばしった衝撃が薙ぎ払った。モンスターどもを一撃で吹き飛ばしてやった。ジタバタもがいてやがるぞ。
剣大王ユグドクラウン。
でかくて重くて扱いづらいのは、まあ、何とかやりようがあるとして……どうして音声入力式なんだろう。生み出したやつのセンスを疑うぞ。
「見事! さすがは名にし負う宝剣の継承者よ!」
驚いた。あの重甲冑、『将軍』のお出ましだ。凄まじい槍さばきでトドメを刺していく。鬼面に隠されて肌色のひとつも窺えないが、とんでもない美女らしいな。
……ここじゃ見た目も年齢も、性別すらも、何の当てにもならないが。
「残敵を掃討せい! 漁りはするでないぞ……さてもご苦労であったな、タカセ。なかなかどうして面白き闘争工夫……死中に活を求めるがごとき高速と攻撃……言うなれば『攻速』といったところか。我が配下となるのなら厚遇を約束しよう」
まずい。やりすぎたか。ここはお辞儀のままやり過ごすのが吉だな。
軍属なんて冗談じゃない。
「フ……まあいい。貴様は充分に働いた。約束の割符を与えようぞ」
よし、これで当面の生存費は確保できた。水はともかく酸素まで値上がりしたからな。エルフはいつも澄まし顔で首を絞めてきやがる。
「我らは征く。かかる難所を突破できたからには、こたびの遠征で瘴気台風の原因を突き止められよう。そなたの手柄だ。存分に吹聴するがいい」
更なる深層へと進む一団を見送って……残ったのは俺ともう一人。
「やったじゃないの、タカセ。これであんたも二つ名持ちよ」
ジェフ。帰りの護衛に雇ったとはいえ、こいつ、本当に一度もウォーハンマーを振るわなかったな。こちとら連戦で完全にガス欠だっていうのに。
T字の覗き窓付きバケツメットを見上げる。首を傾げてきやがった。
「喜ばないの? もっと嬉しそうにしなさいよお。『攻速』だって『攻速』。ス・テ・キ。帰ったら町中で噂にしないといけないわあ」
口調に合わないそのバリトンボイス、俺のと交換してくれないかなあ。
「勘弁してくれ。ただでさえ、この剣のせいで風当たりが強いんだ」
ああもう、この声。自分の喉から出ているとは思えない綺麗な声色。叫べばまだしも男らしく響くが、普通にしゃべると女にしか聞こえない。
「あーら、ダメよお。将軍閣下がおっしゃったでしょ? 軍が瘴気台風解決の目途をつけたってこと、大々的に広めないと怒られちゃうわよ」
「……なるほど。俺のことはオマケか」
「ンフン。軍の庇護下に入った、なんてセンセーショナルなオマケもつくかも」
「トラブル除けになる分だけ、トラブル寄せにもなりそうだ」
ため息をひとつ。剣を杖代わりにして寄りかかった。
「お疲れねえ。あんた走りまくるものね。例えはあれだけど、落ち着きのない小っちゃい子みたい。あとあれ、猫をじゃらす時のレーザーポインタ」
「本当にあれな例えだな……げんなりだ……」
「まったくもう……いいわ、帰る前にちょっと休憩しましょ。これも料金分ってことで結界を張ったげる」
おっと、甘えてしまったかな。
シグサント青鋼のペグが石畳へ打ち込まれていく。五本のそれを水筆でつないでいけば五芒星となり、即席の瘴気祓いができあがる。ジェフは手際がいい。
「言っとくけど、橋のこっち側だからあんまりもたないわよ?」
肩をすくめ、座り込んだ。太ももを揉みほぐす。厚い多層生地ごしにも弾力のあるこの肉体……慣れやしない。気恥ずかしいというかムズムズするというか。
「エネルギー切れなんだ。十分でも開放感を味わえたなら、十分ありがたいさ」
だいたい、ライダースーツってやつは蒸れるんだよ。特にバスト。谷間は予想できたが、まさか胸の下がこうもかゆくなるとは。ブラジャーのワイヤー部分め。
「……水浴びしたい……」
「盾も鎧もなしに戦う、戦えてしまう、その代償ってとこかしらね……って、ちょっと! おっぱいいじるのやめなさいよ、みっともない!」
男の夢は女の汗に支えられていたなんて、俺、知りたくなかったよ。
「さってと……呼吸試験薬……反応スカイブルー。もう大丈夫よん」
「ハー、ドッコラショ」
ヘルメットを取るや、バサリと銀髪が広がった。邪魔だがどうにも切りがたい。これは今の俺によく似合っているからだ。
手鏡を取りだして、つらつらと顔を見る。
女の子。
高校生くらいの、超のつく美少女だ。どの角度から見ても隙がない。瞳の碧色と髪飾りの金色が髪の銀色と引き立て合っている。ガチのマジで超アイドル級。
「ハア……どうして俺が、こんなにカワイイのか」
「うっわ、ドン引きい……なに言っちゃってんのこの子」
ジェフはいつもながら黒人イケメンだな。鎧も鎧だから、抱えているバケツメットがアメフトのボールに見えてくる。心外だろうから言わないけどな。
本人いわく、こいつの正体はフロリダのセクシーチアガールだそうで。
鏡に映る銀髪碧眼超美少女の方の正体は、くたびれたおっさんときた。
大きく大きく、息を吐く。
レッグポーチからタブレットをヨッコラショ。アイテム倉庫アプリを起動し、ボトル瓶を出現させてラッパ飲みだよ。顎から首へ伝っていく冷感が気持ちいい。
「あんたねえ……一息ついたら拾うもの拾っちゃいなさいよ。それも報酬でしょ」
「了ー解」
アイテム収集アプリを起動して、タブレットを前へかざす。そこらに散らばっていた各種素材が淡い光球に変じて飛んでくる。次々と画面に吸収されていく。
「お、この骨材って」
「やっだ、それレア素材じゃないの。フリマに出せば結構な値段つくわよ」
「だな。卸すんじゃなく委託販売に回すか……ドワーフ鑑定の方は?」
「持ち込んで消し炭にされたって話を聞くわ。堅実に換金しとくのが正解よ」
苦笑し、うなずいた。
所詮、地獄の沙汰も金次第……まあ、ここが死後の世界かどうかは、異世界説や別惑星説と同様に議論が尽きやしないが。いわゆるフルダイブ型ヴァーチャルリアリティなんてものが空想の産物でしかない以上、ゲームということもありえない。
誰が言ったか、ここは今際の瀬戸際、最果ての果て先―――ザイノクワール。
本当に訳のわからない場所だ。ここじゃ金くらいしか信じられるものがない。
エルフやドワーフは得体が知れないし、同じ境遇の連中は正体が知れない。性別も年齢も見た目通りじゃないから、人物に予想がつきゃしない。常識のズレもひどいもんだ。下手すりゃ国どころか時代すら違うんじゃないか? 将軍とかさ……。
水を飲み干した。役割を終えた空瓶が、空気ににじむようにして消えていく。
アイテムも、モンスターも、人間も、ここじゃ幻のようなものなんだろう。
それでもゲームじゃない。戦えば疲れる。手足がもげれば痛いだろうし、内臓をぶちまけるのも苦しそうだ。意識のあるまま喰われるのも御免こうむりたい。当然ながら復活の奇跡なんてものもない。死体も残らない死があるきりだ。
逃げ隠れしようにも、人生を質にとられているからなあ。
「飲めるだけ飲んどきなさい。出発したらノンストップよ。グロッキーになったって、オンブなんかしてあげないんだからね?」
「ジェフはやさしいな」
「ちょっとお! オンブしないって言ってんのよ!」
橋まで無事に戻れる確率は、そう高いものじゃない。
大剣を薄目で一瞥し、俺は事の始まりを……三か月前の夜を思い返した。




