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エピローグ

「それで、お母様。その後はどうなったのですか?」


 ベッドの上で、幼い少女は目を輝かせて、話の続きを母親にせがんだ。


「もう何度もお話したでしょう。ほら、そろそろお休みになる時間ですよ」


 少女は不機嫌そうに、しかし、すぐに笑顔になって反論する。


「何度だって聞きたいのです。だって、お母様がとても幸せそうに話してくださるんですもの」


 仕方ない子ね、と、母親は、話をねだってやまない我が子に、物語の続きを語ろうとした。

 王の影武者と、その影武者に恋をした、麗しい皇女の物語を。


 その時、寝室のドアが開いた。


「あ、お父様!」


 少女はベッドから跳ね起きて、父親に抱きついた。


***


「あ、お父様!」


 ドアを開けると、娘のマリエールが俺に飛びついてきた。


「まだ起きていたのかい、マリエール」

「お母様に、お父様のお話を聞いていたのです」


 にこにことご機嫌なマリエール。

 娘を寝かしつけていたルーテシアも、俺の傍へと寄ってきて、そして、ぴとりと背中に抱きついた。


「マリエールばかりずるいですわ」

「実の娘に嫉妬する母親があるか」


 俺はマリエールをベッドに降ろして、背中のルーテシアもその隣に座らせた。

 もっと抱きついていたかったマリエールは頬をふくらませ、ルーテシアも、不満そうな目で俺を見ている。


(似たもの親子というか、母親の影響が強すぎたというか……)



 婚姻を交わした日から、毎晩のように睦みあっていた俺とルーテシアの間には、すぐに第一子が生まれた。

 マリエール。

 今年で5歳になる、俺たちの愛娘だ。

 母であるルーテシアに似て、黒髪の似合う、とても可愛い子に育った。


(この子が生まれて、そして、ここまで育つまでには、色々なことがあったよな)


 近隣の国を攻め落としたり、

 別の国と同盟を結んだり、

 周辺諸国の同盟軍と戦争をしたり、

 そのどさくさに本物のレナード王が蜂起したり、

 そして、ルーテシアの故郷である、バティオリス皇国と戦ったり。



「嫉妬ではありませんわ。妻であるわたくしにも、公平に愛情表現をかけていただきたいだけです、皇帝陛下(・・・・)


 いまだに違和感が残るその呼び方。

 俺は影武者でありながら、ノーラン王国国王の立場に飽きたらず、バティオリス皇国皇帝の座にまで上り詰めてしまったのである。


 無論、俺が何かを為したのではない。

 戦争も、内政も、なんだったら、ここまでの流れすべてが、ルーテシアの知謀と機略によるものだった。

 俺がしたことは、せいぜいが彼女の隣に寄り添って、王様のふりをしてふんぞり返っていたくらい。

 俺は、彼女に王様にしてもらった以外の何者でもなかった。


「わたくしに寄り添ってくださったことこそ、陛下の何よりの成果でございますわ」


 そう言って、俺の胸の中に顔を(うず)めるルーテシア。

 この話になると、彼女は必ずと言っていいほど抱きついてきて、自分の表情を見せまいとする。

 幼い日に誓った覚悟と決意、それを果たしたこれまでの経緯、なにより、俺への愛が綯い交ぜになって、とても見せられない顔だからと、今でも恥ずかしがってしまうのである。


「それに、あなたはわたくしを、もう一度救ってくださいました。もう誰も、わたくしを黒滅姫などと呼ぶ者はおりません」



 皇帝になってすぐ、俺はルーテシアを、平和の象徴として祭り上げた。

 今までの彼女の侵略行為は、すべてノーラン王国国王であるレナードが裏で糸を引いていたことにしたのである。


 もちろん、戦争を仕掛けたことの正当性は、念入りに周辺各国に根回ししてある。

 戦争直後、あるいは戦争をしていた真っ只中から、近隣国家に情報工作を施して、民たちに洗脳まがいの教育を施した。

 このあたりは、政務官であるマルティナさんや同盟国の要職たちに、かなりの協力してもらっている。

 そして、この過程で、俺は関係各国の国民に、ある噂を流していたのだ。


『古来、大陸に平和をもたらした王は、誰もが黒い髪をしていた』


 古い伝承と偽って、旅の吟遊詩人たちにほうぼうで歌を唄わせて、黒髪は呪いなどではなく、太平の世の兆しであると信じこませたのである。


 かつて、黒滅姫として人々に畏怖されていたルーテシアは、今では恒久平和をもたらす女神の化身として、大陸中の民から信望を集めている。



「自分の妻を、戦争の申し子のように言われることが腹立たしかっただけだよ」

「だけ、で、ございますか?」

「妻の行いを、正当に評価してほしかったというのもある」

「それだけ、で、ございますか?」


 ルーテシアは、胸の中から顔を上げ、上目遣いで俺を見てくる。

 蕩けるような表情で、しっとりと潤んだ瞳で、俺の目をしかと見据えている。


「ただの妻、なのですか?」


 言ってほしい言葉は、最初からわかっていた。


「愛する妻の、最愛のルーテシアが歩む道を、皆にも祝福して欲しかったのだ」


 ルーテシアは、溢れんばかりの満面の笑顔を俺に向けた。


「はい。『共に歩む道』であれば、満点でしたわ」


 そう言いながら、彼女の両腕はぎゅっと俺の体に巻き付いていく。

 俺は、平和の象徴に変わった黒い艶髪を、優しく手で撫でた。


「それに……幼少の折とはいえ、我が妻を入水するまで追い詰めた卑俗(ひぞく)な風習を、この手で打ち壊したかったのだ」


 抱きつくルーテシアの腕の力が、急に弱くなった。


「ルーテシア?」


 無言の彼女は、すっくと立ち上がると、有無をいわさず俺の唇を奪いに来た。


「んむっ!?」


 突然の口づけ。

 同時に彼女は絡みつくように抱きついてきて、俺はベッドの上に押し倒された。


「ちょ、ルーテ、んむぅ!?」

「ん……はむ、ちゅ、ん……」


 覆いかぶさったルーテシアは、娘の前だというのもお構いなしに、執拗に唇を重ねて、いや、もはや貪るように吸いついてくる。

 結婚式の日に交わした誓いのキスのような、あまりに熱烈な接吻が、俺を囚えて逃してくれない。


「ぷはっ! ル、ルーテシア、時とか場所とか、考え――」

「あなたが、あなた様がいけないのですわ。わたくしを、燃え上がらせることをおっしゃるから」

「ま、待てルーテシア。マリエールを寝かしてから――」


 断じて俺を離そうとしないルーテシア。

 ついには、俺たちはもつれるようにベッドから転がり落ちた。

 それでも、ルーテシアの愛情表現は一向に収まらない。


 仲の良い両親の見慣れた光景に、マリエールは眠たげな目をこすりながら、うとうとと微笑んだ。


「お母様、やっぱりとても幸せそうです」



 この後、バティオリス皇国は、大陸を統一した平和国家として、数百年の長きに渡って繁栄していくことになる。



少し打ち切りエンドっぽくなっちゃいましたが、これで予定通りの終わり方だったりします。影武者くんとルーテシアをイチャイチャさせたいだけだったので。

終盤のほうで仄めかしてた他国との戦争やら何やらについては、気が向いたら、第二章って形で書くかもしれません。

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