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第10話 影武者、皇女の鬼謀に慄(おのの)く

 城へと戻った俺は、ルーテシアから、パレード中に棚上げにされた話の詳細を聞いていた。

 俺が偽物であることが、国民に知れ渡っていた件についてである。


 場所は、城の軍議室。

 他の国家との政治情勢なども絡む話だということで、話が外部に漏れない部屋を選んだ。

 なお、この部屋にも王専用の椅子があるのだが、当然のように二人掛けのものに変更されていた。


「軍議中までいちゃつくつもりなのか?」

「まあ、いちゃつくだなんて。わたくしは王妃として王に寄り添っているだけですわ」


 そういいながら、しっかり俺と同じ椅子に座って、体重を預けてくるルーテシア。


「ですが、レナードが望むのなら、たとえ戦争の只中であろうとも――」

「い、いちいちからかわなくていい! それより本題だ」


 ルーテシアは、俺の正体が知られていても問題ないと言う。

 その理由には、本物のレナード王が生存していることに絡んでいるとも。


「あら、残念ですわ。それではマルティナ、資料を出して」


 ルーテシアの政務秘書官であるマルティナが、恭しく俺に一礼した。

 政治の話も含まれるということで、ルーテシアが彼女を同席していた。


「かしこまりました。レナード王の存否と、周辺諸国の情勢について説明させていただきます。まずはこちらを御覧ください」


 マルティナは、最初に一枚の報告書を提示した。


「本物のレナード王についてですが、やはり、我が軍が包囲線を敷くより早く、国境を抜けていた模様です」


 本物なんて言葉を当たり前に使うマルティナ。

 報告書には、追跡にあたった部隊が見つけた遺留物など、王の生存と逃亡の証跡が、事細かに記されていた。


「逃走ルートの予想は立てておりましたが、王族のための秘密の脱出経路ともなると、もはや最高クラスの国家機密。事前に調べ上げることはできませんでした」


 そうだろうな。

 城には隠し通路があるとは聞いていたけれど、具体的にどこにあるのか、どこに繋がっているのかは、影武者である俺も知らされていなかったし。


 ……あれ?

 これって、その通路を早めに見つけておかないと、いつでも城に侵入し放題ってことにならないか?


「大丈夫ですわレナード。昨日のうちに城内はくまなく捜索して、隠し通路はすべて把握しておりますの」


 俺の不安をすぐに払拭するルーテシア。

 俺の頬に手をあてて、上目遣いで報告する。


「さすがだな」


 本心からの感想を漏らすと、彼女はにっこりと笑みを浮かべて、俺に抱きついてきた。


「だ、だから、からかうのは止さないか」

「あなた様に褒められると、嬉しくて高揚してしまうのですわ」


 国を8つも打ち倒した稀代の軍師が、この程度のことを褒められて喜ぶはずがないだろうが。


「もう、そのままでいい。マルティナ、続けてくれ」


 マルティナは小さく頷いて、話を進めた。


「本物のレナード王が逃げ込んだ先は、同盟を結んだ周辺諸国のいずれかであると推察されます」


 軍議机に、大きな大陸地図が広げられた。

 皇国製の地図らしく、真ん中には堂々とバティオリス皇国の国土が描かれている。

 大陸のほぼ中央に位置する皇国の、そのすぐ東隣に、ノーラン王国がこじんまりと記載され、その更に東側には、12もの小国が軒を連ねている。

 ノーラン王国とその12カ国は、同じ小国同士、仲良く軍事同盟を結んでいた。


「有力なのは、北隣のラカフォラ王国か、東隣のテンミ共和国。本物のレナード一派は一時隠遁し、勢力を整えていることでしょう。時期が来れば、他の同盟国と共に、こちらに撃って出てくることが予想されます」

「各国総出で、ノーラン王国を取り返しに来るってことだな」


 俺も、この国と近隣諸外国を取り巻く事情はそれなりにわかっている。

 王の影武者として、最低限以上の国際情勢を知らされていたからだ。


「この国は、同盟国の守りの要衝(ようしょう)だった、それが皇国に奪われた、これは、東の同盟国には由々しき問題だ」


このノーラン王国は、戦争大好きなバティオリス皇国の東隣に位置している。

皇国は、西側の国々を次から次に侵略し征服していったが、東側には手を出さなかった。

この国の王族が、我が身可愛さにせっせと献上品を皇帝に贈っていたからだ。それも何代にも渡って。

いわば、ノーラン王国が東側諸国の防波堤となっていたのである。


「地理的にも、皇国軍が同盟国側に攻めこむには、ノーラン王国の領地を経由しなければならなかった。しかし、此度の戦争の結果、西の皇国の侵攻を阻む堡塁(ほうるい)は奪われてしまった。彼らはなんとしてでも、この国を取り戻そうと奮起する」


 だが、一国二国だけで攻めては返り討ちだ。

 皇国の軍事力は、大陸随一と言っていいほどに凄まじい。

 全同盟国で挑まない限り勝ち目は薄い。

 そのためには、同盟国全体を戦争へと突き動かす、大義名分が必要だ。


「そのための旗印として、また、決死の先兵として、生き延びた本物のレナード王はうってつけ、ってことだろ」


 不当に国を奪われた王が蜂起し、打倒皇国を宣言すれば、これ以上ない神輿になる。

 実際、あの馬鹿王も、国の奪還を望まないはずがない。

 同盟国が祀り上げるには丁度いい人材だ。


「正解ですわ」


 再び、ルーテシアの手のひらが、俺の頬へとあてられる。

 そのまま撫で撫で。

 こそばゆい、というか、くすぐったい……じゃなくて、こんなことをしてる場合じゃないだろ。


「茶化すなルーテシア。事実、大義名分は同盟国側にある。12カ国もの連合軍に攻められれば、今度こそ王国民は戦禍を免れない」

「そこで、あなたの出番ですわ」


ルーテシアは、俺の頬から手を離し、真面目な顔になった。


「あなたには、自分こそが本物のレナード王であり、蜂起した王は名を騙る偽物であると宣言していただきます」


 連合軍に混乱を招こうってことだろう。

 しかし、そんなことで同盟に亀裂を入れられるのだろうか。

 彼らは小国だからこそ、強固に結びつくことで国家を保ってきた歴史がある。

 それに、蜂起したレナードが本物だと証明できなくとも、祭り上げることが得になるなら、本物として押し通すだろうし。


「あわせて、各国にはこのような書状を送るのです。『偽物を討ち取ることに協力した国とは、皇国は不戦協定を結ぶ用意がある』と」

「それを、他の国が信じるだろうか。ノーラン王国が王の婚約者であった君に攻め入られたという事実は揺るぎない。協定など、ただの甘言だと必ず疑われる」


 半信半疑の俺に、ルーテシアは不敵に笑った。


「だからこそ、この国を無血開城させたのですわ。処刑された者のほかは、国民は誰一人として死ななかった。悪逆な王とその側近だけを打ち倒したという大義名分が、こちらにもございます」


 彼女は俺に、パレードの時の様子を思い出すよう促した。


「同盟各国も、真相を確認するため、この国に諜報員を送り込むでしょう。そこで彼らが目にするのは、皇国軍を歓迎している王国民。耳にするのは、王が偽物であることを受け入れている驚愕の事実。そして、調べれば調べるほどに、重税や王族の奢侈生活など、本物に不利な証拠がいくつも出てくるのですわ」


 唖然呆然とさせられる俺。

 王が影武者であると知られていることが、他国への武器になっている。


「諸国の動静については、マルティナ、あなたはどう予想していますの?」

「仮に同盟を瓦解させられたとしても、半数以上の国を相手取らねばならないでしょう。ですが、いくつかの国は静観を決め込むことが期待できます」


 まだ、各国に潜ませた間諜(かんちょう)からの情報がないとしたうえで、マルティナさんはこう断言する。


「おおよその大勢は、この1週間以内に判明するでしょう。侵略に異を唱える国は敵、おふたりのご結婚を祝うならば静観ないし戦争に消極的と受け止められます」


 さらに愕然。

 戦争直後の結婚式は、まさか、未来の敵を区別するためだったのか。

 目線を落とすと、ルーテシアがやはり不敵に笑って、俺のことを見上げていた。


「どんな国でも、他国の王へのお祝いを遅らせることはできませんわ。ですので、同盟国同士で密談する時間もございません。初手で足並みの乱れた同盟国がまとまるまでには、相応の期間が必要。それまでに、ノーラン王国の軍事力を増強するのです」


 だから、王国の兵士をひとりも殺さず、皇国軍へと引き入れるのか。


「そのための国威発揚を見込んで、先ほどのパレードのような民へのアピールの機会も多く設けるつもりです。レナードにも、たくさん付き合っていただきますわよ」


 贅沢を廃止し、兵士の給金を高くし、更には国民の心を掌握して、急ピッチで軍備拡張を断行する。


「なんという、神算鬼謀だ……」


 全ての結果が、次への過程。

 俺の見てきたこと全部が、未来の戦争のための布石として生きている。

 これが、彼女が8つもの国を攻め落とせた所以、黒滅姫とよばれる所以なのだ。


 しかし。


「ルーテシア、ひとつだけ、君たちの策には問題がある」


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