フーガの泥沼
一枚一枚衣服を脱げば
記憶に残るやわらかな肌が
人工的な光のなかでいびつに歪む
だれの手から生まれた形か
不自然で自然な凹凸の不可思議さよ
運命をうたう手のひらの無邪気さが
閉じて開いてを繰り返す
わたしはなにものにもなりたくなかった
わたしはわたしでさえもなりたくなかった
わたしは無、わたしはいない、わたしは……
ーーではきみの拳の中で震えているのはなんだ
大きな木の幹から声がする
ーーではきみの眼の中で燃えているのはなんだ
強く冷たい風から声がする
ーー今、きみを感じるきみはなんだ
暗闇も光も時間も空間も輪郭も痛みも喜びも恥も情けも誰かの声も温もりも匂いも重みも不在も
溶けあって混ざりあって境界線のない
ひとつのわたしになる瞬間が……
なぜわたしはいる なぜわたしはここにいる なぜわたしはここにいなくてはいけない なぜなぜなぜ……のフーガの泥沼
あおむけになって深呼吸して
まだある手足を伸ばしてちょっと笑う
その笑いの余韻に漂いながら
深く静かな歴史のはりぼてに爪跡を残そうと
自らの喉もとを引っかき続けよう