第4話『新たな敵を待つ者、削る存在』その2
銀騎士はレールガンのターゲットをジャンヌに合わせるのだが、そこから腕が動かないでいる。
彼女の発言によって動揺している訳ではない――おそらく、あの煽り発言が罠である事が分かっているからだ。
ジャンヌ側にシールドを展開するような仕草が確認されない事を把握したうえで――彼女は引き金を引く。
「ジャンヌ・ダルク――」
後に何かを続けようとも考えたが、言葉が浮かぶ事はなく――そのままレールガンを撃つ。
放たれたのはCGで作られた弾丸ではなく、魔法弾を思わせるようなエフェクトがかけられている。
それを把握したうえで、ジャンヌは指をパチンと鳴らした。そして、次の瞬間には――。
『この状況をご都合主義と言うか? ARゲームではガイドラインに違反するガジェットは持ち込みが出来ない――それは分かっているはずだな?』
その言葉と共に、銀騎士のレールガンから放たれた弾丸は消滅していたのである。
そして、同時にジャンヌが放った30センチほどの長さを持つビームセイバーが銀騎士のシールドにダメージを与えていた。
銀騎士もジャンヌが突っ込んでくるのは予測していた為、あらかじめシールドの展開準備をしてからレールガンを撃ったが――。
「確かに――ガイドラインに違反していればの話だ」
銀騎士の口調が歪む事はない。彼女は――冷静である。
ジャンヌのパターン誘導を狙っているような煽りも、彼女にとっては全く効果がないのだろう。
消滅したと思われた魔法弾は、別の場所――ジャンヌの頭上10メートルほどの上空に出現し、そのまま高速で放たれた。
『貴様――!!』
この状況を見たジャンヌは、思わず激怒する。完全にはめられた――と。
回避体制を取る事が出来ず、とっさにバリアを展開する事で致命傷は回避した。
しかし、そのダメージは銀騎士以上の物である。ジャンヌの方も――この状況には理解できずにいた。
「ジャンヌ、あなたの能力は――いわゆる負けフラグ等を自在に操る事と――」
銀騎士が何かの発言を続けようとした時には、ギャラリーが想定以上に増え過ぎていた。
駐車場にも車が数台ほど姿を見せた為、これ以上は時間のかけ過ぎと――両者は判断する。
『果たして、それで正しいのかな?』
銀騎士の発言を受けての反応かは不明だが、一言いい残して姿を消した。
その消え方はCG演出のソレなので、銀騎士はジャンヌ・ダルクをゲームキャラか何かと考えている。
「ARゲームでテレポート自体、確立された技術ではない。瞬間移動を再現するにしてもリスクが大きすぎる」
銀騎士のアーマーもゲームの終了と同時に消滅し、元の賢者の姿に戻った。
彼女は周囲のギャラリーに視線を一切向ける事無く――そのままエレベーターの方角へと向かい、姿を消したと言う。
午後1時45分頃、草加駅に設置されていたセンターモニター、そこで別のARゲームの中継を見ていた人物がいる。
それは、私服姿のアークロイヤルだった。今回に限って言えば、ARガジェットのチェック的な意味合いで草加市に足を運んでいたのだが――。
「ARゲームでもプロゲーマーは存在するのね――」
映像で確認していたのはARスーツの仕様上で素顔が見えない人物だったが、その腕前はプロ級と分かっていた。
アークロイヤルもVRゲームでは実力があっただけに、ゲームが違ってもある程度は動きで分かるのだろう。
その一方で、彼女はアンテナショップで妙な事を聞いた。
神原にもらったARガジェットに関しての話だが――色々と謎の部分があり過ぎる。
『このガジェットは市場に出回っていない物です。ゲームに関してはアカシックワールドで存在はするゲームであり、闇のゲームやデスゲームではない事は確認済みですが――』
女性スタッフはアークロイヤルのガジェットを調べた後に、若干深刻そうな表情で警告をしていた。
ARゲームでデスゲームは禁止されているし、非公式なギャンブルに悪用されている噂もネット上で聞くのだが――ソレとも違うらしい。
では、彼女はどういう理由でガジェットの使用を警告したのか?
『市場で流通していないガジェットは、ロケテスト用の試作品と言う路線もあります。しかし、それ以上に懸念されるのが――』
「チートガジェット、と言う事ですか?」
女性スタッフは試作品も稀に流通している部分に断りを入れた上で、このガジェットをチートの可能性があると明言した。
チートガジェットはプレイヤーに最強と言えるようなパワーを与えると同時に、ARゲームで使用すれば場合によってはアカウントがはく奪の危険性もある。
しかし、陸上競技などのスポーツの世界におけるドーピングと同じなのは変わりない。それに加え、どのような副作用や不具合等がないとは言い切れないのだ。
一歩間違えれば、命の危険性もあるのが――ARガジェットにおけるチート問題である。
それでも、自分はこのガジェットを使用する事をスタッフに伝え、アンテナショップを後にした。
危険性が疑われるチップやアプリがインストールされている事はなかったようだが、それでもスタッフは継続使用を薦める事はしなかったのである。
『これだけは言っておきます。そのガジェットは公式でARゲームを販売しているメーカーから出ている物ですが、本来のメーカー品とは違う仕様もあります。それが原因で狙われる事が合っても――』
保証はできない――そう言及していた。
神原と言う人物がゲームメーカー出身なのは、さっくりと本人も言っていたし、ゲームサイトでも名前が出ていたので問題はないだろう。
しかし、あのプレイ感覚はVRゲームのそれとも違うし、動画等で見たARゲームとも違っていたのは間違いない。
午後2時、いくつかのプレイ動画がアップロードされ、その内の1つが注目を浴びる事になった。
それは――ジャンヌ・ダルクのプレイ動画である。
いつも通りの無双展開、まるでWEB小説で見かけるようなチートスキルの使い手と言えるような――とは大きく違っていた。
「ジャンヌらしくない」
「同名のジャンヌはいくらでもいるだろう。あのジャンヌ・ダルクとは――」
「ネット炎上狙いのなりすましじゃないのか?」
「なりすましは、警告を受けるだろう。それに、該当すれば動画がアップロードされる事無く削除されるだろう?」
谷塚駅に設置されたモニターには、いつの間にか20人位のギャラリーが集まっている。
一連の騒動は、警察が介入した事で何とかなったのだが――まだ全てが終わった訳でもない。
その状況でアップされたジャンヌの動画は、疑問を抱かせる結果となった。
「アーマーのデザインも微妙に違う。あの時のジャンヌではないのか?」
神原颯人はジャンヌの騒動に出遅れた事もあり、少しいらついている。
しかし、それを八つ当たりの様な形でストレス発散しても――まとめサイト等で炎上するのは明白だろう。
仕方がないので、コンビニで購入したばかりのキシリトール入りのタブレットを手のひらに2個ほど出して、それをかみ砕いた。
「ネットでも大きな情報がない以上、このまま戻った方が早いのだろうか――?」
タブレット端末の方も電波障害が回復し、何とかつぶやきサイトの方も閲覧が出来るようだが――そこで、ある書きこみを発見した。
【賢者のコスプレをした人物が、さっきのタイミングでジャンヌと戦っていたような――】
【コスプレイヤーにしては、体格が――アレだった気配もする】
【しかし、無効試合として処理されたらしい】
この書き込みを見て、もしかして――と神原は思う。
仮に賢者と思わしき人物が、ジャンヌと敵対する勢力の出身だとしたら――大きな事件に発展するだろう、と。