第7話『反撃のヴェールヌイ』
午後2時――アークロイヤルが去ったフィールドとは1店舗離れた位の場所に、ジャンヌ・ダルクが現れたと言う。
その話を聞き、駆けつける者もいたが――今回のフィールドはARゲームプレイヤーではないと入店出来ない制限がある。
他の店舗でエントリーすれば何とか入店できるかもしれないが、そこまでしてリアル観戦する人間は相当な物好きかもしれない。
『相当な物好きがいる物だな――私を名指しで指名するとは』
重装甲の鎧は近代SF色が以前よりも強くなり、こちらもレベルアップしているという証拠かもしれない。
しかし、相変わらず素顔をさらすようなスタイルなのは変わりないだろう。白銀のツインテール、目つきも――明らかに戦闘態勢だ。
「ジャンヌ・ダルク、おまえを倒せば俺が英雄になれる!」
明らかに敗色濃厚な重装騎士が、ジャンヌの目の前に姿を見せた。
彼女としては――肩慣らしにすらならないと捨てておこうと思ったが、わざわざ名指しをしてくるので、どれほどの人物か――試す事にする。
『吠えるのは構わないが、負ければ炎上では済まないぞ――』
ラウンドコールの前なので、いきなり攻撃を仕掛けるような姿勢ではないが――相手との距離は既に5メートル以上は離れていた。
周囲のオブジェクトは市街地に設定されているが、破壊可能オブジェクトではなく破壊不可能オブジェクトとして配置されている事――これが大きい。
破壊不可能オブジェクトは基本的に壁や弾よけと言う役割が多い。しかし、アカシックワールドでは――内部に侵入する事も可能になっていた。
《ラウンド1――ファイト!》
結局、相手はかませ犬にもならない方な失態を晒す事となった。
仮にもベスト100圏外ではあるものの、負け越しなプレイヤーではなかっただけに――たった1回の失言が思わぬ所でフラグとなった例だろう。
そのバトルが終了し、姿を見せたのは斑鳩だった。既にアーマーを装着し、臨戦態勢と言うべきか。
『色々とかませ犬にも満たない相手ばかりで退屈していた所だ――斑鳩?』
ジャンヌは既に臨戦態勢を取り、ARウェポンも準備している。お互いに――本気だ。
『ジャンヌ・ダルク――次こそは!』
斑鳩は既に何度か交戦し、全て敗北という結果に――負けは許されない状況だが、そこまで追いつめられる表情はしていない。
あくまでもARゲームを全力で楽しむ事が優先と言う証拠だろうか? この部分に関してはジャンヌも懐疑的だが。
『何度でも挑んでくる事自体に――異論はない。しかし、挑む以上は――それなりの覚悟が――?』
ジャンヌが全ての台詞を言い終わる前、周囲のオブジェクトにノイズが入った。
ウイルスの類を走らせた覚えはジャンヌにはない。おそらく、ジャンヌを倒そうとしている一部勢力が暴走した結果か?
オブジェクトのノイズが走った後、そのオブジェクトが変化する事はなかったが――ノイズが消える事もなかった。
ノイズが出続けると言う事は、自分の使用するARガジェットにも支障が出かねない。これに関しては、斑鳩も同じだが。
しかし、この症状はジャンヌも初めて見るようだ。もしかすると、何かのシステムをオフにしていたのが原因か?
『勝負に水を指すのは、何処の勢力だ? 状況次第では――』
指をパチンと鳴らす前提動作なしで、ジャンヌは右腕に白銀のガジェットを呼び出す。
装着されたガジェットは、今までにも見たことないようなデザインをしており――周囲のギャラリーもチートガジェットと見間違えるほど。
しかし、そのガジェットを見て全く驚かない人物もいた。それは――偶然中継を発見した神原颯人だったのである。
「あの右腕――そう言う事か。違和感を持たなかったのは北欧神話の意匠を持ったアーマーだったから――」
神原はタンブラーに入っているコーラを片手に、中継動画のいくつかを観戦していた。
アークロイヤル戦の後は大きなバトルはないので静観していたが――偶然、ジャンヌの動画を発見したのである。
「アガートラームを扱える人物――そう言う事なのか」
アガートラームとは、ケルト神話で伝わる銀の腕である。ARゲームにおいては『チートキラー』として伝えられている物だ。
そのアガートラームを再現したというのであれば――ゲームバランス以前の問題になるだろう。
チートキラーは基本的にチートガジェットや違法ツールに反応し、相手を一撃で撃破する威力を発揮する。
しかし、ジャンヌ・ダルクが持っている物は――ARゲームで使用されているような要素とは全く違う。
形状もソード等と異なるような武器である事はネット上でも言及されているが、ARゲームで使用されるアガートラームは基本的にアームウェポンだ。
それに加えて、アームウェポンとしてアガートラームを出しているのがARゲーム以外でもう一つあった。
「あのジャンヌと言う人物――何処まで知っているのか」
神原は若干慌てるような表情をしたが、まだそのような時期ではないとすぐに冷静を取り戻す。
実は――特撮番組であるパワードフォースにも、何作かにはアガートラームがアームウェポンとして登場しているのだ。
それを理解した上で、彼女はアガートラームの形状をアームウェポンにしているのか――それは、本人に聞かないと分からないだろう。
会場のノイズ、それは別勢力が海賊放送をするのに利用していた回線による物と判明したのは、少し後の話である。
ジャンヌも別勢力が嗅ぎまわっている事は把握済み――その上で泳がせていたのであれば、このトリックに気付いてもおかしくはない。
そんな表情を見せていない所を見ると、本気で気付かなかったのか――意図的に気付かないふりをしているのか?
『勝負に水を指すのは、何処の勢力だ? 状況次第では――』
ジャンヌがアガートラームを展開し、その力を持ってノイズを書き消そうとするのだが――全く効果がない。
もしかすると、ジャンヌはアガートラームの真の能力に気付いていないのか?
『アガートラームは万能ではないと言う事か――ならば!』
アガートラームでも効果がないノイズ――その正体は、アイドル投資家と思われるプレイヤーだった。
厳密には、別ゲームのアバターと言う形で姿を見せている。ジャンヌ・ダルクとシステム的には一緒だろうか?
そして――ジャンヌは、何時も通りに指をパチンと鳴らし――日本刀に類似したような刀を複数呼び出した。
この刀は実体剣の類ではなく、あくまでもAR映像である。つまり、この刀自体には殺傷能力は一切ない。
次に指をパチンと鳴らすと、今度はノイズと共に姿を見せたアバターに高速で飛んできた刀が命中すると思ったが――。
『この刀はARウェポンだ。そのアバターがVRアバターと言う事であれば――』
ジャンヌの一言と共に――周囲の観客は騒然となった。刀はVRアバターに刺さる事無く、50メートル先の場所にあるオブジェクトに刺さったのだ。
AR映像のオブジェクトであれば、ARウェポンも刺さるだろうが――本当に刺さっただけなのか?
その後、周囲のノイズは消滅し――フィールドの歪みも元に戻る。
どうやら――あれがノイズの元凶だったらしい。