第1.5話『始まりは、何時も唐突に』
アークロイヤルの目の前にいた人物――それは追いかけていた騎士で間違いないだろう。
しかし、まさかの一言が出た事には彼女も驚きを隠せない。
『問おう、お前が私の標的か?』
彼女は再び、一度引き下げた6本のダガーをアークロイヤルに向けて放つ。
どうやら、向こうは自分を敵と認識したようである。しかし、手持ちの武器はソードのみで大丈夫なのか――という不安があった。
飛んできた2本は、何とかソードで切りはらう事が出来たのだが――本来であれば、これが正しいのだろう。
VRゲームでも武器を切り払えば飛び道具系であれば消滅をする。
それなのに神原颯人は素手でARウェポンを弾き飛ばした――と言うよりは無力化したからだ。
「ターゲット? それは違う!」
アークロイヤルは、彼女の言葉を否定しつつ――飛んでくるダガーを弾き飛ばす。
しかし、そのダガーが消滅する事はない。神原が吹き飛ばした時は消滅させたはずなのに?
『違わないさ。コンテンツ炎上の手助けをするような連中は――無意識に炎上を否定し、自らの発言を正当化しようとする』
再び指をパチンと鳴らし、今度はシングルアクションアーミーを1丁呼び出した。
それを左手に持つと、問答無用に彼女は撃ってきたのである。躊躇も警告もなし――どう考えても、何かがおかしいだろう。
『しかし、こうしたコンテンツ炎上や炎上マーケティングは、ある芸能事務所を喜ばせるだけの物であり――百害あって一利なしと言える』
彼女は意図的に狙いを外すような感じで、シングルアクションアーミーを撃っていたのである。
既に5発撃ったはずなのに――2連射しようと銃を構え続けているのも気になるが。
『どうやら、貴様も芸能事務所AとJに裏金を受け取ってコンテンツ炎上を行う――』
彼女は他にも何かを言おうとしたのだが、それを止めたのは――アークロイヤルだった。
彼女は別に呼び出したビームブレードで彼女のアーマーに傷を付けたのである。
しかし、アーマーは瞬時に再生され――見た限りではダメージがないように見えるだろう。
「貴方はVRゲームでネット炎上を行った――」
アークロイヤルの一言を聞き、彼女は一瞬だが動揺を隠せないでいた。
その隙を突く形で更に連続した斬撃を彼女に向かって放つのだが、それが致命傷には至っていない。
実際はアークロイヤルのARバイザーにも相手のライフ表示が見えているはずであり、そこでどれだけのダメージを与えたのかが分かるはずだ。
しかし、お互いにゲージの類をチェックしているような気配は感じられず――時間が過ぎて行く。
3分が経過した所で、再び彼女は別の武器を呼び出した。
カテゴリーとしては近距離武装と言う気配だが――形状は、明らかに近距離用ではない。
『炎上マーケティングは悪魔の所業――それは明らかに犯罪であり、法律によって取り締まるべき案件なのだよ!』
口調が先ほどと違う様な――と声を聞いたアークロイヤルは思う。
しかし、彼女の発言には賛同できる要素が全くない。
ネット炎上は起きてはいけないだろうが――犯罪として取り締まれば、未成年だろうと本名で各メディアで報道されるのは明らかだ。
それこそ――未成年はネット禁止と言う極論を言いだす人間も出かねない。
「それこそ、芸能事務所側が狙っていることだと分からないの!? ARゲームを炎上させ、そのままサービス終了まで追い込む――」
アークロイヤルは遠距離武装で応戦しようとしたが、ストックに遠距離武装がない。
あるのは中距離専用のハンドガンだが――この距離で届くような武器ではないだろう。
『始まりは、何時も唐突に――』
彼女は特殊な形状のナイフをアークロイヤルに向かって投げる。
それを弾き飛ばそうとアークロイヤルはハンドガンを撃つのだが――撃ったと同時に、何かビームの光を思わせる物がナイフから放たれた。
『特定のトレンドワードが出れば――それを引き金にして、悪目立ちしようとする人間やビジネスチャンスにするまとめサイト管理人、芸能事務所AとJが動く』
彼女の考えは変わりそうにない。しかし、その考え方は――VRゲームで自分が体験したネット炎上に類似している。
だからこそ――同じ事は繰り返すべきではない――そう考えているのだ。
「あの人物の考えている事は、どう考えても何かを連想させる。まるで、過去の事件を何処かで知ったような口ぶりだ――」
神原は見ているだけしか出来なかった。1対1で設定されたバトルである以上は、介入すればバトル自体が無効になるだろう。
それをアークロイヤルが望む訳がないし、下手をすればまとめサイトに炎上記事として使われてしまう可能性も高い。
それが今回のタイミングで行われれば、作戦は失敗したも同然であり――メーカーに秘密裏で行ってきた意味もなくなる。
下手をすれば、進退問題を問われる可能性だってあるだろう。
「しかし、このバトルへの介入は――」
神原は周囲を見回し、何かを探していた。
建物の周囲にはAR映像の投影する機械、中継用カメラ、監視専用ドローンも一部で確認出来る。
しかし、神原が一番あってはまずい物は存在しない事を確認した。
そして――何かを取り出そうとしたが、既にガジェットはアークロイヤルに渡していた事を忘れている。
「そうだった。アレは、彼女に渡していた事を――」
次に何か別の物で対応できないか――自分のタブレット端末でチェックすると、あるアプリの存在に気付いた。
そのアプリはARゲームのサイトでダウンロード可能なもので、いわゆる一つのゲームアプリと言う物である。
「これがここで使えるかどうかは不明だが――」
ダウンロードをしている間に神原は、2人のバトル状況を確認した。
ゲージを見る限りでは、アークロイヤルは圧倒的に不利だが――これを伝えるのも彼女のテンションを下げる危険性があるだろう。
《ダウンロードが完了しました》
ダウンロード自体は1分未満で完了した。
ARゲームのアプリは1ギガを平気で越えるような物も複数あり、こういう時に不便と思う。
しかし、まだ時間があるとすれば――と急いでタブレット端末にダウンロードしたアプリを即座にインストールする。
5分が経過した辺りで動きがあった。相手の方が動きを止めたからである。時間切れと言うべきだろうか?
《アクシデントにより、このバトルを無効試合といたします》
理由は不明だが、今回のバトルは無効試合となった。この理由は何となくだが――神原には分かっている。
しかし、2人には何が起こったのかは分からない。お互いにチート武装ではないはずなのだが――。
『助かったようだな――』
そして、彼女は姿を消した。一体、何をする為に姿を見せたのか――分からないままに。
彼女の言う事を鵜呑みするようなアークロイヤルではない。
『これだけは言っておこう。今回の行動は、始まりに過ぎない――これから起こるであろう、大きなバトルの』
次の瞬間には、周囲のARフィールドが解除され――アークロイヤルのARアーマーも解除された。
元のメイド服がそのまま――と言う事には、別の意味でも驚きの一言だが。
その後、神原が再びアークロイヤルに接近してきた。
ガジェットを返して欲しいとでもいうのかと身構えたが、そうではないようである。
「それは欲しければ、使い続けるといいだろう」
何か含みのあるような神原の発言に、アークロイヤルは警戒をするのだが――。
「何か条件付き? それとも――」
「条件を付ける事はない。自由に使いたければ、自由に使えばいい」
神原は自由に使ってもいいと言うが、パワードフォースでは色々とフラグが立ちそうな場面である。
アークロイヤルは本当に受け取ってもいいのか――疑問が浮かぶ。
「何を困り顔になっている? 言っておくが、ARゲームは原則デスゲーム禁止だ。それ位、ガイドラインに書いてあるはずだが――」
それを聞いて、アークロイヤルは改めてタブレット端末でARゲームのガイドラインを調べようとするが、上手く検索できない。
慌てているというよりは――あまりにも凄い事が起こり過ぎて、手が震えていると言うべきか。
「そ、そうですね。始めたばかりと言うか……まだ、始めようか悩んでいた所なので」
その一言を聞いた、神原は――ある事を思いつく。これならば――と。
「始めたばかりと言うのであれば、それはプレゼント代わりとして受け取って欲しい。ARガジェットと言っても、1万円弱はするだろう?」
一応、この好意を受け取るべきなのか――と数秒ほど思考するが、最終的には無言でガジェットはそのまま受け取る事にした。
これが――あるゲームの始まりになろうとは、この段階のアークロイヤルには分からないでいたのである。