第6話『アークロイヤルの敗北』その2
バトルが始まったのは、更に5分が経過した合計10分後である。
チュートリアルを読み進めていき、何とか内容を把握したアークロイヤルに対し、ファルコンシャドウは武器の選択を迷っていた。
その結果、チュートリアルが終了したアークロイヤルの3分後、ファルコンシャドウの武器選択が――という、逆転現象が起こっていたのである。
どちらにしても――お互いに準備を手間取った結果なのかもしれないが。
『遅れを取ったが――こちらは問題ない』
ファルコンシャドウが装備している武器は、近距離、近距離、遠距離のようである。
見た目で明らかに分かる武装が、近距離×2と言う感じだったからだ。近距離を3つにするカスタマイズは出来ない。
そうなると、背中のキャノン砲は遠距離とみるべきだろう。
『まさか、こういう展開になるとは――』
アークロイヤルの装備は、近距離、中距離、遠距離にも思える。
あのロングソードは近距離で間違いないだろうが、バックパックの武装も――データ不足なプレイヤーだとしても、こちらの敵ではない。
《ラウンド1――セットレディ》
ラウンドコール後、5秒のカウントが始まる。
厳密にはゲージでの表示だが、ゲージがなくなったと同時に――バトルが始まる形式だ。
『ここが貴様の――』
まさかと言う行動に出たのはファルコンシャドウである。
ゲージがなくなって――ファイトがコールされてから、ARウェポンは仕様可能となるのだが――。
「アレはまずいぞ――」
ギャラリーの一人が、ファルコンシャドウの行動を見て――明らかにアウトの部類だと気付く。
単純に後ろに下がるだけであれば、遠距離武器の射程を確保すると言う目的もあるだろうが――これに関しては違う。
ファルコンシャドウは相手に背後を見せる事無くバックステップで後ろに下がっていた。
おそらく、向こうの目的は――。
「狙いは――!」
モニターで見ていた神原颯人も何となくだが把握していた。
反則スレスレの戦法を、ファルコンシャドウは使う気である。
しかし、それよりも明らかにアークロイヤルの方もおかしかった。
こちらは向こうが既に先制攻撃する事を把握したうえで、何かの準備をしている。
《ラウンド1――ファイト!》
ファイトのコールと同時に、アークロイヤルは背中のブレードバックパックを展開した。
バックパックのブレードは全部で6本あり、それが超高速でファルコンシャドウに向かってくる。
これを見て、即座に迎撃するのは不可能に近いのに加え――使おうとしていた戦法の関係で、防御が無防備同然だ。
『そんな馬鹿な――あの戦法はネット上でも高確率で――』
ファルコンシャドウがどのような戦法を使おうとしていたのか不明だが、ネット上では有名な必勝パターンだったらしい。
アークロイヤルの方はネットで類似のパターンを検索した訳ではなく――。
『バックに下がった段階で、何となくやろうとしていた事は分かっていた。それに、その戦法はVRでは通じても――』
ブレード6本は遠隔操作タイプではない。どちらかと言うと有線式であり――有線部分はビームで出来ていた。
そのビーム部分にもダメージ判定があり、ブレードに補足された段階で決着は決まっていたのだろう。
ワイヤーブレードは相手を補足したと同時に、ブレードからビームが放たれる。
ワイヤーのダメージ判定を含めれば、全部が直撃すれば――決着は容易に付くだろう。
『ARで通じるとは限らない。どのジャンルでも同じよ。システムが異なれば、今までの戦法全てがそのまま使えるなんて――』
アークロイヤルは分かっていた。この戦法は自分がVRゲーム時代に苦戦を強いられていた事がある。
だからなのかもしれない。背中を向けずにバックステップで移動した段階で――次に取る行動は分かっていたのだろう。
ラウンド1はアークロイヤルが無傷の勝利を――と思われたが、その後に別の遠距離攻撃を受けたことでパーフェクトは達成できなかった。
パーフェクトになってもスコアボーナスがある訳ではないので、有利だとすれば称号絡みだけだろうか。
しかし、その後もファルコンシャドウは馬鹿の一つ覚えみたいに同じ戦法を使おうとする。
それ以外でもVRゲームで過去に経験したような戦法を使うのだが、アークロイヤルには全く歯が立たなかった。
『不正プレイをしているのは、お前じゃないのか?』
証拠もないのに、自分が不利になると相手がチートを使っていると言い放つ。
いつの時代でも、こういった民度を下げるような行為は横行するのか――それが、VRゲームを離れるきっかけになったのだろう。
そして、この発言を受けたアークロイヤルに――過去のトラウマがよみがえる。
この時ばかりは、アークロイヤルも冷静ではいられなくなった。ファルコンシャドウの一言に反応してしまったのである。
相手の挑発や煽りの類に乗ってしまうのは――明らかに不利な状況に立たされると言うのに。
『自分が不利になれば、チートを使っていないようなプレイヤーもチートプレイとレッテルを貼る――何を考えて、発言をしているのよ!』
ファルコンシャドウの煽りに乗ってしまったアークロイヤルは、攻撃のタイミングなどが若干ずれ始めた。
これによってファルコンシャドウは接近戦で予想以上のダメージを与える事が出来たのである。
使用している武装は――カイザーナックルタイプのスパイククローだ。クロー部分はビームだが、その威力は――。
『貴様のようなプレイヤーは、リアルチートと言うのだ! 存在するだけでバランスブレイカーになるレベルの!』
ファルコンシャドウのパンチラッシュは続く。ガード体制を取ってガードをしても、ライフゲージの減りが激しい。
長期戦は危険だろうと判断し、何とかラッシュを振り払ってアークロイヤルはガンブレードを構える。
構え方は剣としての構えではなく、銃としての構えだ。しかし、向こうはそれに気づかない。
『バランスブレイカー? それをこのタイミングでいうべきではない――』
そして、放たれたレーザーは俗に言う極太系ではない。ホーミングレーザーと言う位に細い物だった。
それでも――ファルコンシャドウに止めを刺す事は容易だったのである。
バトルの方は3-0のストレートでアークロイヤルが勝利。
しかし、アークロイヤルに勝利の余韻に浸るような余裕はない。息を整えるにも――苦労しているからだ。
『お前は――根っからのゲーマーだな?』
ファルコンシャドウの方は、息が荒い事はなく――まだ余裕の表情を見せる。
負けたにもかかわらず、ここまでの余裕は何なのか? まるで、自分が勝負には負けたが――と言いたそうな雰囲気だ。
『私は――違う』
疲労で思考が追いつかないアークロイヤルは、今の立場も分からず――周囲の様子を見る事も難しい。
ARゲームが、ここまで体力を使う物とは予想もしていなかったのだ。ジャンヌ・ダルクと一戦した時とは――比べ物にならないだろう。
『だが、これだけは言っておく。不正やチートプレイで得た勝利は、何の価値も持たない。単純に時間の無駄だ――と』
それだけを言い残し、ファルコンシャドウは姿を消していた。
そして、アークロイヤルもログアウトをしてフィールドを立ち去る事になるが、その足取りは――重い物だった。