第5話『虚構の英雄』その3
アークロイヤルが足を止めた中継映像、それは巨大ロボットにも思えるようなARガジェットだったと言う。
アカシックワールドでは公式ガジェットであれば問題ないという認識があるとはいえ――戦力差が大きい。
しかし、その状況下で蒼風凛はロボット形態を解除したのである。
『さぁ――始めるよ!』
彼女はバイク型ガジェットではなく、ボード型ユニットの上に乗り――数百メートルは距離を取るような動きを取った。方角は北である。
相手は遠距離武装を持っているような気配ではないのだが、隠し玉を持っている可能性も――。
【隠し玉じゃないな。あれは相手をなめてるとしか思えない】
【アレを使用するにも前提条件があるのでは? すぐに使えなかったというのは別のバトルでも事例がある】
【ソレは違う。確かに別のバトルではすぐに使わなかった。それは、アカシックワールドでの話だ】
【今回の都市伝説が生まれたのは、ARロボットバトルでの活躍等も影響しての尾びれが付いた物と言う話もある】
【考えて見れば、ロボットバトルの方で蒼風と言えばそこそこ有名なプレイヤーだったな】
【しかし、そうなると彼女がアカシックワールドに来た理由が分からない】
つぶやきサイト上では、様々な意見が飛び交っている。
都市伝説を引き合いに出す者、まとめサイトの記事をソースとして出す人物もいれば――。
【都市伝説? 謎のプレイヤーに関する情報はこちら――】
中には、フィッシングサイトや出会い系サイトへと誘導するようなつぶやきも混ざっている。
こうしたサイトは、明らかに周囲が知りたがっている情報を餌にしてスパムサイトへ誘導する手口で被害を広めていた。
この手口に関してはネット炎上勢力やアイドル投資家等は無関係と言及しているが、どう考えても悪目立ちしようとして広めているとしか思えない。
「彼女、もしかすると――自分と同類なの?」
アークロイヤルは中継映像を見て、蒼風も実は別ゲーム出身なのではないか――そう思っていた。
しかし、VRゲームの技術が通用するような世界ではない事を分かっているアークロイヤルに対し、蒼空の方は――明らかに違っている。
相手プレイヤーは遠距離へ移動したのを、逃げたとは認識していなかった。
逆に逃げたと考えれば、それを追いかけた途端にガジェットを合体させて迎撃されかねない。それが頭をよぎる。
「蒼風と言えば、ロボットゲームでは有名と言われるプレイヤーだ。しかし、ロボットゲーム仕込みの戦法が通るとは――」
彼が取った行動、それはレーダーで蒼風の場所を把握した上での遠距離攻撃だった。
使用する武装はロケットランチャーである。しかも、破壊力が非常に高く、爆風でダメージを与える事も可能だ。
しかし、破壊可能オブジェクトが極端に少ないエリアである為、建物を破壊しての隠れ場所を減らす作戦は使えない。
その為に彼が最初に取った行動とは、ジャミングを使用してのかく乱作戦だった。
こちらもレーダーが一定時間使えなくなるが――向こうも状況は同じになる。
そして、彼はジャミング電波を展開し、レーダーを一時使用不能にさせた。
しかし、これによって中継映像が視聴不能になるかと言うと――そうではない。
さすがに、ジャミング使用中に青い画面で『しばらくお待ちください』という時代ではないからだ。
「これで――勝負あった――?」
彼は勝ち誇り、蒼風が向かった方角とは逆の方向へとホバー移動を行う。徒歩と言う考えもあっただろうが、足跡で察知される危険もある。
逆にホバーの音で位置を特定されかねないが、それは向こうも同じだ。大型のARガジェットを使っている以上、動力源の音は――?
『勝ち誇る行動は、一種の負けフラグ――それ位分かるよね? これは、あくまでもゲームなのだから』
何と、南の方角に自分は移動していたはずなのに――移動した先には、何と蒼風の姿があったのだ。
しかも――合体後のARガジェットで。これは、彼も運がなかったと言えるのかもしれない。
『ヴァルキューレ!』
大型ARガジェット、ロボットタイプとも言われるヴァルキューレのシールドアンカーが放たれ、その一撃で相手はあっという間に吹き飛ばされ――気絶した。
この決着には周囲のギャラリーも言葉に出来ないが、WEB小説にあるような勝利パターンだった事もあり、一部の層には反応が良かったらしい。
「何て奴なんだ?」
「チートじゃないのか?」
「これが、都市伝説?」
「圧倒的だろう」
「戦闘描写が少ないのは、勝利フラグなのか?」
どう考えてもメタ発言もあるかもしれないが、センターモニターで中継を見ていた観客が盛り上がっているのは事実だった。
そして、アークロイヤルもこのバトルには――驚かされたのである。
「彼女も、いずれ自分の前に立ちふさがるかもしれない――」
ARゲームでも炎上要素を持っていそうな人物が現れた事は、アークロイヤルにとってはトラウマの再来でもあった。
過去に諦めたプロゲーマーの夢を、またしても――?
その一方で、アカシックワールドのメーカー側も動き出そうと考えていた。
草加市内にビルを構えているメーカー、決して大規模メーカーではないのだが――。
ARゲームの開発メーカーは、何故か草加市に集中していると言う。他のゲームを開発しているメーカーも、ARゲームは草加市に部署を置いている感じだ。
「ジャンヌ・ダルクと言う人物が起こしている行動、もはや放置できるレベルではなくなってきている」
「メーカーとして適切な対応を取らなければ、ネット炎上は確実か」
「しかし、あのゲームには神原が無断で介入しているという話も――」
「あの男は――既に別のゲーム開発を行っているではないのか?」
会議室では、幹部クラスの人物が数人集まって緊急会議を行っている。
会議室と言うには、数十人規模の人間しか入られないような小規模な部屋で行われ、しかもパイプ椅子に折り畳み可能なテーブル――緊急性を優先したのだろうか?
本来はアカシックワールド以外の話題で情報交換をしていたが、一連の話題が幹部の耳に入って――今回の会議になったらしい。
さすがに防音施設ではないので、怒鳴り声が飛び交う様な状況にはなっていないが――こうした部屋しか確保できなかった事からも、緊急案件だと言う事が分かる。
「アカシックワールドは、あくまでも試作ゲームとしてプロジェクトが動いていたのでは?」
「あれを完成させたのは神原だ。本人を呼び出した方が早い」
「しかし、神原は外出中と言う話ですが?」
「すぐに呼び戻すか、電話はつながらないのか?」
「呼び戻して対応できれば、ここまでの大事にはならないでしょう。問題は、我々のメーカーにピンポイントでネット炎上を仕掛けている勢力――」
「そちらと神原が絡んでいると?」
「違います。我々のメーカーに敵対しているメーカーは多いでしょうが、ここまであからさまな炎上を仕掛けるのは――」
会議は神原颯人を呼び戻すと言う話にまで言及されたが、それは上層部の指示で止められた。
そちらよりも重要視する案件がある――という鶴の一声で。
会議のメンバー自体、開発チーム数名と上層部幹部数名のみ――しかも、外部スタッフは一切呼ばないという徹底ぶりだ。
そこまでして情報が外部に漏れる事を恐れている案件を話しているという事なのだろうか?
今回の会議では緊急案件以外に、他のARゲームで行うコラボイベントに関しての会議も行われた。
むしろ、本来であればコラボイベントのスケジュール調整がメイン議題のはずが、すり替えられた格好である。