第4話『新たな敵を待つ者、削る存在』その3
午後2時5分、別の動画がアップロードされたらしく、そちらにも注目を浴びる事になった。
その内容は――ジャンヌ・ダルクと斑鳩の対戦である。
過去にアップロードされた動画では、万策尽きたという気配で斑鳩が敗北をしていたのだが――。
「デザインが違うな」
「ああ。斑鳩は漢字とカタカナのイカルガ、他にも数人いると言う」
「確か――真戯武装パワードフォースにもいたような気がする」
「そうだ! あの時の違和感は、それだ!」
アップロードされたジャンヌと斑鳩の対決を見ていた一人が、思い出したかのように発言する。
今回の斑鳩の装備、それは――周囲が認識しているしていた斑鳩とは違う『斑鳩』だったのだ。
人気となっている特撮番組、真戯武装パワードフォースはARゲームでもモチーフにしたようなアーマーや武器を使うプレイヤーもいる。
それを踏まえ、あの斑鳩だと周囲は勘違いしていたのだ。
その一方で、正しく斑鳩を認識していたのは、アークロイヤルだけ――。
「あの時は――動画で見た限りだと敗北だった。それに――」
実は動画の日付にも秘密があり、これはゴールデンウィーク明けと思われる日付だ。
つまり、動画としてはバックナンバーに該当する物だろう。
再生されていた動画は、斑鳩の敗北なのは既に調べ物をしていた際に分かっている。
しかし、エクスカリバーで圧倒されたあの時とは違い、そこそこの対応が取れていたのかもしれない――とアークロイヤルは思う。
内容はどうあれ、この動画もジャンヌ・ダルクがリアルチートに匹敵するような強さを持っていると改めて知らしめるような――その光景は目に見えていた。
午後2時30分、メイド服姿の斑鳩は谷塚駅近くのコンビニでスポーツドリンクを購入し、ペットボトルを開けていた。
彼女に色っぽさを求めるのは酷かもしれないが、若干息を切らしているような彼女に近づこうと言う物好きはいない。
それに、草加市内ではジャパニーズマフィアの様な存在は一掃されたが、チートガジェットを使用して暴れまわる超有名アイドルファンは存在すると言う。
ARゲームのプレイヤーと下手にトラブルを起こせば、まとめサイトが色々とねつ造して記事を書き、芸能事務所AとJのアイドル人気に利用される――まるで、マッチポンプである。
斑鳩も一連の事件がどういう理由で起きるのかも知っており、ジャンヌが一連の炎上案件に対し動いているのも分かっていた。
それでも、ジャンヌ・ダルクはネット炎上を阻止しようとする動きを一切見せていない。彼女は、あの状況を利用しているのだろう。
「どうして――彼女は炎上マーケティングが起こる環境を生み出しているのか」
その後もジャンヌ以外と対戦するが、成績は伸びていない。あれから勝ったのが10回中2回なのも――納得である。
敗北が続くと降格やライセンスはく奪と言うルールは存在しないので、負け続ける事にリスクはない。
しかし、負け越し状態が続くのも気持ち的には引退と言う言葉が脳裏をよぎるので、決して良い傾向とは言えないだろう。
「気になるのか? ジャンヌ・ダルクと言う人物が」
斑鳩の近くを通りかかったのは、賢者のローブと言う外見をした銀髪の女性である。
その人物を見かけた周囲の野次馬が――例の動画の人物と指を指す一方で、その言葉に彼女が耳を貸す事はなかった。
それ位に彼女は周囲の声を一切無視して斑鳩に話しかけたのである。
「彼女はいったい何者なの? 明らかにネット炎上をするような事――」
斑鳩が途中まで発言した辺りで、銀髪の賢者は何かを気にし始めた。
野次馬は気にしないのに、周囲の上空を飛び交う無人ドローンは気にしている。一体、彼女は何を警戒しているのか?
「ここでは、さすがに無理がある。場所を変えよう――」
2人が向かったのは、ふと視点を変えた先にあったイースポーツカフェの別支店である。
近くにはファストフード店などもあるのに、どういう事なのか?
20分後、斑鳩は目の前の光景を見て唖然とする事になった。
レストランを思わせるテーブル席に案内されたのもつかの間、彼女はいくつかの菓子パン等をトレーに乗せて持ってきたのである。
これらは2人分と言う事で持ってきたようだが、斑鳩はチョココロネとチョコチップの入っているスティックパンをつまむ程度だ。
「どうした? 食べないのか」
銀髪の賢者は、既にカレーパンセットや肉まん、ハンバーガー等を平らげている。
そのぽっちゃりとした体格は――と斑鳩は想像したが、言わない方が身のためか。
それに、周囲の爆音は斑鳩も気になっている。まるで、ゲームセンターのソレと同等か、それ以上だろう。
鼓膜が破れそうな程ではないのだが、銀髪の賢者のグルメレポート的なつぶやきは一切聞こえていない。
「ジャンヌ・ダルクの何を知っているの?」
斑鳩は銀髪の賢者が誘った理由を思い出す。そして、問いただそうとする。
しかし、彼女は既に焼きそばパンとフライドポテト、それに――いくつかのメニューを注文済みだ。
彼女はフードファイターか何かなのか? そう斑鳩が疑問を持つレベルである。
周囲の客も気になっている様子だが、2人のいる場所が特殊な強化ガラスの部屋なので、のぞく事は不可能だろう。
「知っている事を聞いてどうする? 無策で感情のままに突っ込めば――勝てるとでも?」
その後、銀髪の賢者はカップに注がれたホットコーヒーに口を付ける。
それに、視線は明らかに斑鳩へ向けられた物――とは違う。目の前にある焼きそばパンに向けられているのだ。
「実力だけでいえば、私はARゲームでナンバー2の実力よ――得意なジャンルであれば」
ジャンルの部分は弱気だが、ゲームの実力はあると言う事を斑鳩は強がる。
しかし、それも――彼女にとっては興味のない話題なのだろうか?
「ジャンヌの実力は、それほど高くはない。しかし、まぐれで勝っている訳でもない」
自分がジャンヌと戦った際に感じた違和感もあるのだが、それを今の斑鳩に説明しても――無駄に終わる。
あの能力は、明らかに自分の知っている知識だけで太刀打ちできるかどうかも分からない。
情報不足は――明らかだろう。
「思い当たる物がない訳ではないが――」
彼女も見覚えがない訳でもない。発言の一つ一つが感情のこもっていない訳ではないが――熱くもなっていないような気配がする。
「しかし、それはパワードフォース内での話とか――そう言うレベルではない」
それを聞いた斑鳩は、そう言えば――と彼女の名前を聞いていないことを思い出した。
そして、名前を尋ねると――もったいぶる事無く、こう答える。
「そうだな。今は、ヴェールヌイと名乗っている――これでいいかな?」