停戦してから五十年、帝国軍と共和国軍は再び戦端を開いたそうです。
静寂に包まれる会議室。
そこに居るのは、帝国軍と共和国軍の前線司令部要員たち。
そこでは、それぞれの祖国の軍服に身を包む男たちが、張り詰めた空気の中で机を挟んで向かい合っていた。
両国の間に停戦合意が成立してから五十年。
和平合意には至らなかったものの、仮初めの平和を享受してきた人々は、両国間に再び戦火がもたらされたとの厳しい現実を前に、その表情を強張らせていた。
「……帝国側も、もう聞いたか?」
「……つまり、共和国側もすでに聞いたのか」
「「ここで、血で血を洗う激闘が繰り広げられているのか……」」
窓の外では、青空を背景に小鳥たちが躍り、何も知らない両国の下っ端兵士たちがのんびりと賭け事に興じていた。
「どうして、こんなことになったのか……」
「本当に……」
両軍の最高指揮官が頭を抱える中、突如、机に拳を叩きつける音が鳴り響き、一人の共和国軍の若手参謀が立ち上がる。
「そんなの決まっている! 帝国側が、両国対抗サバゲ―大会で停戦ライン内の非武装地帯を使いたいとか言い出すからだ!」
「なんだと!? そういう共和国側が、気分を出すために、空砲で良いから大砲をぶっぱなし続けろと言い出したからだろう!?」
「いやいや、弾を赤いペイント弾にしろと言ったのは、帝国側ではないか!」
「それを言うなら、やられたときの演技にもこだわろうなどと言う訓示を両軍にした共和国側の罪こそ重い!」
「「黙れっ!」」
双方の若手たちが次々と立ち上がっては相手側に責任を押し付け合う中、両軍のまとめ役である最高指揮官たちが不毛な争いを止めた。
「何が悪かったかなど、今を生きる我々には図りきれぬ。判定は、ただ歴史だけが下すのだよ」
「そう。まさか、サバゲ―大会中に、両国首脳が和平交渉のために電撃的にこの停戦地域で会合をするなど、誰が予想できただろうか……」
「ああ。まさか、政府専用機で来ていたとは、気付きもしなかった」
「まったくだ。だからこそ、今更どうこう言っている場合ではない」
その場の男たちを、重い沈黙が包む。
「その、正直に言う訳にはいかないのですか?」
その発言は、共和国軍のとある補給参謀のものだった。
「そうか、その手があった!」
「単純故に皆が気づかぬ穴を突くなど、なんという神算鬼謀か!? 貴国は良い参謀を持った!」
それを聞いた大半の男たちは、この様に安堵に包まれる。
しかし、両軍の最高指揮官たちは、相変わらず暗いままである。
「情報参謀長。現在の共和国世論の様子を」
「こちらも頼む」
その声に答え、両国の情報参謀のトップが立ち上がり、全員の目がそこに集中した。
「はっ! 現在の共和国では、戦争再開の報道を受け、『帝国を打ち倒せ!』『帝国のクズどもが仕掛けてきたに違いない』『あいつらはいつかやると思っていた』など、反帝国世論が形成されております。さらに、帝国系住民の強制収容所への収容が決定されたとか」
「続いて、帝国側の報告です! 現在の帝国では、戦争再開の報道を受け、『共和国を打ち倒せ!』『共和国のクズどもが仕掛けてきたに違いない』『あいつらはいつかやると思っていた』など、反共和国世論が形成されております。さらに、共和国系住民の強制収容所への収容が決定されたとか」
「諸君は、ここまで盛り上がった状況に、簡単に水を差せるのかね?」
「むしろ、はいそうですか、と民意が納得すると思うかね? 恐らく、両国共に、相手国のやらかしたことをなかったことにさせられたとなりかねん。そうすれば、両国の政界は民意との関係で大混乱に陥るだろう」
共和国軍司令官に続いてそう言った帝国軍司令官の言葉に、誰も口を開けない。
そのまま無為に時間が過ぎる中、その静寂を破ったのは、扉が開け放たれた音だった。
「共和国陸軍最高司令部より通信です!」
「帝国陸軍参謀本部より通信です!」
同時に現れた両軍の若い兵士は、それぞれの最高指揮官に、手元の書類を渡した。
「なんと、援軍の第一陣として、即応部隊をすぐさま送る、だと……?」
「くっ、帝国側もほぼ同じ内容だ」
そんなものが来れば、あっという間に事が露見する――そんな恐怖が男たちを震撼させる中、ただ一人だけ例外が居た。
「私に、良い考えがある」
それは、これまで一度も口を開かなかった帝国軍の作戦参謀のものだった。
驚きに皆が口を開けない中、彼はその『良い考え』を述べていく。
「両国共に、周辺国や、ここ以外の国境線を無視する訳にはいきません。他の戦線で戦いを始めるにも、この五十年間戦争がなかった油断から何の準備も行われていないので、しばらくは動けないはず。つまり、援軍さえ来なければ、対策を取る時間が稼げる」
「なるほど確かに、そうかも知れぬ。で、どうするのか?」
共和国側のある参謀のその言葉に、帝国軍作戦参謀は不敵な笑みと共に答えを提示する。
「まずは飛ばしてくるだろう双方の偵察機が戦火を確認できねば、手詰まりなのかと相手より早く援軍を寄越して優勢に立とうと考えるはず。なので、これより両軍部隊に派手に撃ち合わせましょう。もちろん、互いの安全は万全に配慮して。そして、戦線は有利だから、兵力の逐次投入をやめるように、と進言するのです。実際、様々な方面がどう反応するか分からない偶発戦争の序盤は、動員が終わっていないことから戦力が足りていないはず。そこにただでさえ少ない兵力を慌てて動かさなくてよいと言えば、両軍ともに喜んで予備兵力を置いて様子を見てくれるでしょう」
「そうか、その手があった!」
「人間心理を完全に読み切ったその戦略眼、なんという神算鬼謀か!? 貴国は良い参謀を持った!」
今度こそ、会議室は明るい空気に包まれる。
両軍の最高指揮官は、お互いに頷くと、固く握手を交わした。
「これで行こう。お互い、安全にな」
「そうだな。お互い、安全に」
同日、両軍の偵察機は戦線上空に至り、その激戦ぶりを余すところなく報告する。
そして、両軍の戦闘指揮を執る最高指揮官たちは、それぞれの本国に対し、援軍は不要であり、周辺への牽制のための予備兵力とするように進言するのであった。
「共和国軍援軍第一陣! ただいま到着! 我が国民と政府は、少々の危険を冒しても、最前線で十分な準備もなく戦う英雄たちを見捨てない! いやぁ、ある程度の疲労は覚悟で強行軍をしたお蔭で、予定よりもずっと早く着いてしまった。本国では、あなたたちを見捨ててはならないと、あなたたちの報告以降、政府と軍と国民が進んで協力し、より素早く戦争準備が行われていますよ!」
「帝国軍援軍第一陣! ただいま到着! 我らが皇帝陛下と臣民たちは、少々の危険を冒しても、最前線で十分な準備もなく戦う英雄たちを見捨てない! いやぁ、ある程度の疲労は覚悟で強行軍をしたお蔭で、予定よりもずっと早く着いてしまった。本国では、あなたたちを見捨ててはならないと、あなたたちの報告以降、政府と軍と国民が進んで協力し、皇帝陛下の下でより素早く戦争準備が行われていますよ!」
結局、何やかんやで色々と怒られた。