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昨日、世界が滅亡しました。  作者: 伯灼ろこ
第二章 監獄塔
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3.奴隷生活のはじまり

 自分のせいだ、と思った。いや、疑いの余地が無く、自分が悪い。こんなウマイ話があるわけがなかったんだ。生存者が極僅かで、誰しも自分が生きることに必死な世界で、他者に手を差しのべるようなやつがいるわけないことを。

 いるとしたら、罠、だ。

 見事罠に引っ掛かった僕たちは人権を剥奪され、家族とすらも引き離され、常に処刑と隣り合わせの恐怖の中、強制労働を強いられることとなった。

 疑問なのは、霧島茜を初めとするエデン教の者たちが族長――尾張都嵩おわりつかさという男を盲信している理由だ。平和ボケし、自らの権利ばかりを大切にする日本人がこんな環境に堪えられるわけがない。彼らの心を掴む絶対的なナニカを――尾張は所持していると考えれる。それが何なのか判明すれば、少なくとも今の境遇に納得できるかもしれない。

「……納得できるわけねーだろ!!」

 割り当てられた2245号室の壁へ薄っぺらい枕を投げつけ、僕は腹に溜めていたストレスを少しだけ吐き出した。

「うおー……荒れてるっすねぇ……奏兄貴ぃ。やぁ~もう諦めましょうよ~。俺ら、せっかく生存したけど結局は一生奴隷のままなんす~」

 そう、奴隷だ。そこで廃人のように生気を失った果月ミライが表現してくれたように、僕たち第5階級以下は“エデンの園”の奴隷だ。一度加入してしまえば最後、死ぬまで抜けることは叶わない。

「世界滅亡に乗じた新手の詐欺だな。まさに見事で、大規模な」

 僕が生まれ育った某県雫石市からおよそ9時間ほどをかけて辿り着いた楽園は、その名からは程遠い様相をしていた。地を這う物々しい雰囲気は、その建物が保有する本来の姿。物騒な鉄格子の扉を前にして迷いを浮かべたのは、きっと僕だけではない。

 ここへは入りたくない、お家へ帰りたい。駄々をこねる悠匕を光代さんが懸命に宥めていたことが印象的だ。

 あのときに引き返していれば良かった。結果論に過ぎないが、僕は今でも頭痛がするほどの呵責に苛まれているのだ。

『遠路はるばる、ようこそお越しくださいました。我々は、運命に見捨てられながらも生存の道を選択してくださった勇気ある人々に希望を与えることを役割と考えている団体です。いえ、この規模はもはや“国”と称しても良いかもしれません。我が国の領土は、もとより他者の力を借りずして運営可能なシステムとなっており、故に人類生存への道は“エデンの園”――ひいては族長であらせられる尾張都嵩様に託されたと言っても過言ではないでしょう』

 “エデンの園”の支配人――霧島茜の営業は見事だった。“やっぱりやめておこうかな”という消費者の心理を購入まで引っ張っていくあの感じ。怪しいんじゃない? なんて考えは、餓死を目前にした人間の思考には存在しない。

 僕らは騙された。

「はぁ~生きる希望が見出だせない~」

 ミライは金がぎゅうぎゅうに詰まったスーツケースにもたれて愚痴をこぼし、午前9時から開始する酪農の仕事を待つという日々を送っている。一度没収された大金が後日返却されたことは驚きだが、かといって使い道も無い。僕はミライの前で膝を折り、低く言葉を落とした。

「おい、ミライ。もしお前が自殺したら、僕は地獄の果てまで追いかけて八つ裂きにしてやるよ」

 半ば本気での脅し文句に、ミライは目を剥く。

「え、えー……? なんすかぁ、突然!」

「“エデンの園”にお前の親族はいないんだろ? なら、ミライが自殺すればその飛ばっちりを食らうのは僕らだ」

「はあ……っすね。だから?」

「全力で生きろ、銀行泥棒」

「ヒデェ! それ秘密にしてくれるって約束したじゃないっすかあー兄貴!」

「いい加減、兄貴は止めて。ミライのほうが年上だろ」

「年齢とか関係ないっす~! 奏兄貴と律姐さんは俺の命の恩人なんすー!」

「じゃあその恩を自殺や脱走で返すことだけはしないでおくれよ、クソ泥棒」

「え? くそ?」

 午前9時になる前、この2245号室の扉を叩く男がいる。霧島茜に僕らの世話係を任命された堂沢どうたくだ。年齢は20代後半くらい。階級はもちろん平民。堂沢は、要教育と認定された悠匕を義務教育機関へ送り届けたあと、僕らと共に牧場へ行く。本来ならば世話係の任務は満了している時期だが、僕たっての願いで継続してもらっている。もちろん無償ではない。女を与え、飢えを潤してやっているのだ。

 “エデンの園”は男女別居制が採用されており、その徹底ぶりは誰もが知るところ。しかし裏には遊郭等が集まった花街の存在がある。利用をするのは主に第4階級以上の裕福な男性だ。裕福である必要性は、現金が必要だから。つまり金さえあれば第5階級の平民でも遊女を抱くことができる。

 その労働に従事させられている女性の身分は平民で、給料の支払いを現金で望む者ばかりという現状がある。つまり、“訳あり”だ。

 遊女と客間では男女別居制という規則は通じない。逆に言えば、花街こそが本来の人間としての姿を取り戻せる――皮肉な場所なのかもしれない。

 僕は、一色家から持ち出していたお金を切り崩して、堂沢に遊女を与えている。その見返りとして、“エデンの園”で生き残っていくための術を教えてもらってるのだ。

「おいぃ、一色クン。いつも俺ばかり色々と発散させてもらって悪いからよ、たまには一緒に行かねぇ? 俺は繚乱館りょうらんかん槙湖まきこがお気に入りなんだ。新入りみたいでよぉ、ウブなところがたまらんぜ」

 堂沢はその分厚い唇から臭気を出し、でっぷりと脂の乗った腹で僕の背中を押してくる。

 はっきり言って堂沢は僕の見識に障る男だった。仕事はバレない程度に手を抜き、常に言い訳がましく、問題が発覚すると責任を誰かになすりつける。趣味といえば風俗で女を抱くことくらい。あの運命の日も風俗へ行こうとして、どこも開いてないから怒り狂って大暴れしたというからほとほと呆れる話だ。それでも、エデン族の平民という身分でありながら毎日を自堕落に過ごし、処刑をギリギリのラインで免れているこいつには見習わねばならぬところがあった。

「一色クゥゥン、聞いてる? オマエこの“エデンの園”へ来てからもう1週間だろぉ? そろそろ溜まってきてんじゃねぇ? 一緒に発散しようぜ」

 加えてざらざらとした声が耳障りで、僕は心の中で舌打ちをした。

「結構です。堂沢さんだけ楽しんできてください。僕まで行ってしまったら、堂沢さんの為に残しているお金が尽きてしまうので」

 堂沢は首を大きく傾げ、太い指で二重顎の肉を引っ張った。

「お堅い奴だなぁ。んだよ、惚れちまった女でもいんのかよ。んー? 答えろって、堂沢さま命令だぞ」

 僕は何度目かの舌打ちを飲み込み、言い聞かせるように答えた。

「別に? でも、共に生きたいと思う女性はいます」


 牧場は、刑務所の裏側に位置する山の中腹にある。ここも“エデンの園”の敷地内であり、周囲をよく見渡してみると有刺鉄線が張り巡らされている。監視人も常駐しているし、脱走は困難となっている。

 牧場へ着くと、朝5時からのシフトで働いていた女性グループと交替するかたちで牛の世話を引き継ぐ。そのグループの中に僕の姉――律がいることを知っていた。

 姿は見える。声も聞こえる。でも話しかけられないし、目も合わせられない。“エデンの園”へ来たことによる僕の後悔の中で、やはり男女別居制システムが一番の痛手だった。

 花街なんて行くわけがない。好きでもない女性を抱いて、なにが楽しい? なにが幸せ? 僕は、本能で生きるだけの獣にはなりたくない。全力で生きて、いつか必ず律と共にここから逃げ延びてやる。

「しかし目に毒っすねぇ」

 ミライが乳搾りをしながらぼやく。

「なにが?」

 バケツの中にたまってゆく白い液体を見下ろしながら、僕は問い掛けた。

「この職場に女いるじゃないすか。しかも近くに。そりゃ可愛い子とか胸がデカい子とかいたら見ちゃいますよ。んで目が合ったのバレたら処刑っすよ」

 これは女を断たれた男特有の問題なのだろう。嘆くミライの隣りにどっしりと腰を落とした堂沢が、数メートル先に立つ監視人を指差して言う。

「果月、それがやつらの狙いだ」

「へ?」

「わざとメスの匂いをプンプンとさせてオスどもの視線を誘い、処刑する」

「ヒッ……マジっすか? これ罠っすか!」

 堂沢は大きく頷く。

「でもそんなに処刑しまくってたら、平民の数が足りなくなりますぜ? 労働者がいなくなったら、困るのはお偉いさん方……」

「上が何を考えてるのか、そこまではさすがにわからねぇ。けど、不当に厳しい規律と罰則――俺は、平民を処刑したがってるとしか思えねぇなぁ」

 だから気をつけろ。やつら、処刑するためなら冤罪でもなんでも被せてくるぞ。――有り難い忠告を念頭に置き、僕らは罠に引っ掛からないように毎日を慎重に生きた。

 ――これ以上、罠に嘲笑われるのは御免だ。

 午後6時となると仕事が終わる。労働時間で言えば過酷ではない。かつて日本に制定されていた労働基準法を大幅に破るようなものではないから、体力的に問題はなかった。1日9時間労働で衣食住が保障されているとなると、戦前戦後くらいの日本であれば天国だったかもしれない。それでも禁欲・処刑と隣り合わせの生活ではなかっただろうが。

 仕事が一段落した僕は、ミライがまたよそ見をしていることに気がつき、頭を鷲掴みにしてこちらを向かせた。ミライは誤解をしないでくれ、あれは何だと思うか――と言い、女性たちが仕事をしている牛舎とは違う方向を指差した。

 促されるまま視線をやると、牧場のずっと下方、元刑務所である高層ビルのたもとから白い人間たち(・・・・・・・)が列を成して廃墟となった街へ向かっている。

「白衣で全身を包んだ集団……。あれ、エデン教徒じゃないの」

 第4階級であり、謎の宗教団体。白色を最も尊き色として定め、教徒全員が同じ格好をしている。そいつらは外出――出国――を許可されているらしく、何の目的があってかは知らないがたまにどこかへ消えてゆく。不気味だが動向が気になる存在として、僕は頭の片隅に潜めておくこととした。

 ミライと共に部屋へ戻ると、学習を終えた富士原悠匕も戻ってくる。半ベソをかいていたから、めんどくさいなと感じつつも声をかけた。

「どうしたの?」

「……なんでもない」

 これは突っ込んでくれ、という子ども特有の合図だ。やっぱりめんどくさい。

「なんでもないなら、なんで泣いてる?」

 悠匕は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を向け、義務教育機関――エデン学園で今日起きたことを話した。

「ヨシくんが、僕はチビだから仲間に入れないって……」

 わけを聞き、僕はどっと疲れが押し寄せたように頭を垂れた。長い溜め息も抑えられなくて、笑いすらこぼれる。

「くっだらねー……」

 最後、吐き捨てるように漏れた文句が泣いていた悠匕を立ち上がらせた。

「くだらないって……なに?」

「泣くだけ無駄なくらい、取るに足らない出来事ってこと」

 ここは噛み砕いて説明をする場面なのかもしれないけど、元々小さな子供が好きではない僕には全てがめんどうくさかった。これで悠匕は泣いても誰も助けてくれないことを知り、些細なことでは弱音を吐かない強い子になるかもしれない――そう自分に言い聞かせ、僕はそっぽを向いた。

「かなでお兄ちゃんは……おっきいね」

 か細い声が背中を突く。

「は?」

「僕はチビだ」

「当たり前だ。年齢の差ってもんがあるんだよ。17歳の僕が7歳のお前と同じ身長だったらヤバいだろ」

 悠匕は詰まるも、必死に言い返す言葉を探す。

「じゃ、じゃあ僕もお兄ちゃんと同じとしになったら、大きくなれる?」

「さぁ?」

 また泣き出しそうになる悠匕を見て、ミライが僕の肩を叩いた。

「兄貴~、子供イジメなんて大人げないっすよぉ」

「確かに大人げないね。けど、たかが身長のことで悩んでられる悠匕がガキのくせに逞しいなと、そう思っただけ」

 ミライはハッとして悠匕を見下ろす。この小さな子供が置かれている環境はどこだ。ずっと共に暮らしてきた姉と祖母と引き離され、知らない土地の暗くて怖い建物の中で一人、必死に生きている。それが仲が良いのか悪いのかわからないが友達を作り、社会性を学ぼうとしている。朝匕の弟は、見た目よりずっと大きいのだ。

「兄貴……そこまで見抜いたうえで接してたなんて……やっぱり、さすがっす」

「だから兄貴はやめろ、年上泥棒」

「そこに泥棒付けたら別の意味になりません? ところで、兄貴は身長いくつなんす?」

「175センチだけど」

「ななっ……あー……やっぱ兄貴は兄貴っす……」

 ミライは己の後頭部が僕の目線の位置にあることを気にし、今後「兄貴」と呼ぶことを変えないと誓った。

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