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昨日、世界が滅亡しました。  作者: 伯灼ろこ
第二章 監獄塔
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1.エデンの園へようこそ

 ここは天国? エデンの園? いいえ、監獄ね。私はそう断言するし、でも地獄を出る勇気もなくて、ただ無様に生へとしがみついてるだけ。

 私の名前は有咲里沙ありさきりさ、21歳。出身は日本の沙京己。あら? もうお気づき? そう、私は“エデンの園”が拠点と定めた都に生まれ育った幸運な少女なの。あ、20歳はたちを過ぎたらもう少女じゃないか。えーと、だから家族全員がこの場所で暮らせているし、ガス、電気、水、食料などありとあらゆる資源不足に困らずにのうのうと生きていられる。エデンの族長から第5階級“平民”という低い身分を与えられているにも関わらず、平穏に。

 そう、父親が処刑されるまでは。

 沙京己の北部、渡瀬山の麓に潜り込むように地上30階建ての高層ビルがそびえたつ。窓が無く全面がコンクリートの壁となっており、更に庭には鉄格子と有刺鉄線が張り巡らされているそれに私たちは疑問など抱かなかった。だって、そこは日本が誇る最大規模の“刑務所”だから。無期懲役判決を受けた者と死刑判決を受けた者――極悪犯罪者専用の刑務所で、およそ5000人が収容可能。ここの囚人たちの生活は、囚人たちによって成り立っていた。

 世界が終わりを迎えるとされた2月15日に全ての囚人たちが解放され、街で残虐の限りを尽くした・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ことにも、私たちは疑問を抱かなかった。何故なら、あの日は何が起きても不思議ではない――気味が悪い雰囲気に包まれていたから。

 無人となった高層ビルはまるで得体の知れないものが潜む塔のようで、誰かが吸い込まれてくるのをジッと待っていた。


 今日も平穏に暮らしていた私は、この刑務所――いいえ、“エデンの園”に新しい仲間が6人加わったことを聞いた。3人が男性で、3人が女性。5人が私と同じ第5階級の“平民”の身分を与えられ、そのうち2人の女の子の世話係を霧島さんから頼まれた。

「霧島さん……?」

 黒髪おさげに、いまどき珍しい和服姿の女の子が私の顔を見上げた。オドオドとしていて、とても可愛い。フレッシュ、っていうの? でもここの生活に慣れたらたぶん、私みたいに死んだ魚のような目になるわ。

霧島茜きりしまあかね。1階のホールで会ったでしょ? 朝匕ちゃんたちに身分を与えてくれた綺麗な女性ヒト。年齢は推定30代前半かなぁ~……ってヤバイ。こんなこと口走ってんのバレたら殺される。うふふ、秘密にしててね! 気を取り直して……霧島さんは“エデンの園”の支配人なのよ。身分的には第2階級だから、逆らわないほうがいいよ~。あ、ていうか私たち“平民”は身分低いから、ほとんどの人たちには逆らえないよ!」

 つとめて明るく振る舞うも、女の子たちの表情は暗いままだ。ああ~、この子たちも“エデンの園”に夢を抱いて門を叩いちゃったクチなのよねぇ。入国(・・)したら最後、族長のために死ぬまで働かなくてはならないのよ。

 国内皆平等だった日本がすでに無い今、新たに出現した支配者へこうべを垂れるしか生きる道はない。私はもう諦めたから、心はいくぶんか軽くなった。

「あの……聞いてもいいですか」

 黒髪おさげの富士原朝匕ちゃんが、上目遣いで私の顔色をうかがう。

「うん、なんでも聞いて!」

「私の祖母は……これからどうなるのですか」

 あー……キタ、その質問。それ私が答えなくちゃいけないの? 答えるべきなの?

 私は自己紹介前からずっと黙りこくっているもう1人の女の子を見た。大人っぽい顔立ちだけど年齢は朝匕ちゃんより1、2個くらい上なだけかな? 髪は淡いミルクティーで、胸くらいまでの長さ。上品に巻かれている気もするけど、あれはきっとクセ毛ね。そんなに下ばかり向いていたらせっかくの美人顔が台無しなのに~。

 その女の子は、私が「朝匕ちゃんのおばあさんは、保護施設……要は老人ホームみたいなところへ配属されたのよ」と言うと、「嘘ね」と切るように反論してきた。

「え? 嘘? その根拠は?」

 たじろぎながらも私は精一杯、おどけてみせる。

「霧島は言ったわ。光代さんのことを“穀潰し”だと。それって、第6階級のことでしょ? 第5階級のように労働力にならない者が割り振られる。その再下層身分の人が受ける待遇は……」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ貴女!」

「律です。一色律」

 女の子が顔をあげた。美人の睨み顔には凄みがあるというけれど、それ、本当だわ。

「り、律ちゃん……あのね、そんなこと朝匕ちゃんに聞こえるような声で言ったら……駄目だわよ」

 必死に声量を抑えるも、徒労に終わる。顔を真っ青にして震えている朝匕ちゃんを見ていられなくて、私は思わず顔を背けた。

「どんな待遇を受けるんですか……?」

 朝匕ちゃんの声は滲んでいる。ああ、もう止めてよ。霧島さん、どうして私を世話係に任命したんですか。普段通り、牛の乳を搾る仕事を続けさせてくれたら良かったのに。

「答えてください。内容によっては、光代さんの身分を格上げするよう霧島に直談判するから」

 律ちゃんの発言を受け、私は度肝を抜かれた。

「だっ……ダメよ! そんなことしたら……」

 答えようとして、私は、はた、と思いついた。腕時計で時間を確認し、今ならまだ間に合うと頷く。

「2人とも、ついてきて」

「どこへ?」

「身分が上の人に逆らったらどうなるか、よ」

 私は2人の少女を連れて螺旋階段を上った。螺旋階段はビルの中央を突き抜けている。エレベーターもあるけれど、第3階級以上の人でないと利用はできない。

 ビル内部は縦真っ二つに区切られ、ロープでつくった簡単な境界線を隔てて男性側と女性側とに分れて生活をしている。それぞれ異性交流は禁止され、触れ合うことはもちろん、言葉を交わすことすら罪と定められている。だから男女共同生活なんてもっともな話であり、たとえ血の繋がった家族であれ別々に暮らさなくてはならない。

 この“男女別居制”が導入された理由を霧島さんはこう話していた。


子作りをさせないため・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。――民の数は管理しています。無闇に増やされるとそのぶん消費される資源が増えますからね。勝手に生まれたり、あと勝手に死んだりもご法度です。“エデンの園”が拠点とするここ――沙京己元刑務所は、建設当初から独自のシステムを搭載していました。それは、全てにおける自給自足。要は、刑務所内で食料、電力、ガス、水に至る全てをつくることが可能であり、医療設備も整っていることから人間らしい生活をすることができる、まさに小規模の国なのですわ』


 男女別居制ではあれ、使用する螺旋階段は同じだ。そこで互いに触れ合わぬよう、細心の注意を払う。決して気は抜けない。全てのフロアにいる監視人が“平民”を見張っているからだ。

 ちなみにこの監視人は第4階級にあたる。

「どこまで上るの?」

 さっきまで私たちがいたのは6階。そこから23階までが平民の居住区であり、私が目指すのは24階。だから――

「まだまだ上る」

 息切れしかけている律と朝匕を励まし、目的地まで全身の筋肉を酷使した。

 新入りの2人には初日からいきなり大仕事だったかなと一人苦笑し、私は手招きをする。

「さぁ、じっくりとその目に焼き付けなさい。この“国”のルールにそむくと、どうなるのかを」


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