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昨日、世界が滅亡しました。  作者: 伯灼ろこ
第五章 互いの気持ちを
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3.処刑人たちとの対面

「緊急事態発令? なんのぉ?」

 沙京己元刑務所を改造した楽園の24階で、刀の手入れをしていたハナキチが館内放送を聞いて首を傾げた。

「死刑判決を受けた極悪犯罪者どもがこの国の出入口を占拠しているようだ」

 漆黒の外套を羽織り、日本刀を腰にさし、ソンショウが簡単に説明を加える。

「ん~?? ちょっと意味わかんないんだけど、どうしてリーダーが戦闘体勢に入ってるの?」

「馬鹿やろう、お前もだハナキチ。俺たち処刑人には、霧島支配人から命令がくだってんだよ。――沙京己元刑務所の囚人たちを始末しろ、とな」

 教えられてもなお動きが鈍いハナキチと違い、いち早く装備を整えたリィはソンショウからの突撃合図を待つだけの状態だ。

「いつでも行けます! ブルガさんももうすぐ到着する手筈です。問題はっ……」

「ディー、だな。あいつは正室様の護衛として外へ出ている」

「もしかしたら、もう」

「それは無いだろうな」

「え?」

「ディーは、正室様を無事にエデンの園へ届けるまでは絶対に死ねないんだよ」

「……。そうでしたね」

 リィは頷き、到着したブルガと共にハナキチの準備を急がせる。

「ソンショウさん、私、外の囚人たちに心当たりがあるんですけど」

「ま、その通りだろうなぁ。避難した住民と共に地下シェルターに隔離された極悪犯罪者たちは――世界滅亡の日にお前のマンションを襲ったやつらだから」

「……生きてたんですね。半年間も」

「おおよそ住民の死体でも喰ってたんだろ。だが、生き延びるための執念が凄まじい。そして真っ先にエデンの園を目指すあたり――相当なる恨みを抱えているようだ」

 おそらくではあるが、霧島の策略によって自由を得た囚人たちは、それが罠であったことに気がつき、餓死していった。死刑判決を受け、元々が先行き短い人生であったにしろ、極悪犯罪者にとってそんなことは問題ではない。この自分たちが騙されたこと――極悪人としてのプライドに軋みが走った。

「やつら、死など考えていない。ただ、やられた仕返しをしにきただけだ」

 ようやく準備を終えたハナキチが刀を振り回し、クスクスと笑う。

「リーダぁー……つまり、それが何なの? 死刑囚ごときの感情やプライドなんてどうでもいいわ。たかだかクソつまらない犯罪を起こして魔王にでもなったつもりでいやがるクソムシどもに――本当の地獄を見せてあげればいいんでしょお?」

 ソンショウを筆頭に揃った4人の処刑人たちは、誰もが対人戦のプロフェッショナルである。腕の技術はもちろん、精神面も常人からはかけ離れている。逆に言えば、そんな人間にしか処刑人は務まらない。

「まぁとにかく、ディーが正室様と共に無傷で帰ってきたら褒めてあげましょう」

 ブルガは眼鏡をかけ直し、エデンの園1階の扉を開けた。


 *


 律と奏がエデンの園へたどり着いたとき、全ては終わったあとだった。

 門の前に転がるのは、5人分の胴体と5人分の首。切り口がどれも鮮やかで、それを行った人たちには擦り傷一つ無い。争いのあとも確認できず、事態は迅速且つ鮮やかに処理されたのだろう。

 4人の殺し屋がいるように律の瞳には映った。

 殺し屋の1人がこちらへ気がつき、手招きをする。

「よう、ディー。死んでなかったんだな」

 眼鏡をかけた殺し屋だ。視線が冷たくて、あれに見下ろされたら寒気が止まらないだろう。

「死にませんよ。船の一部になんて、なりたくないので」

 ディーと呼ばれた奏が苦虫をかみつぶしたような表情で答えると、眼鏡の殺し屋は「確かに」と笑った。後で紹介を受けるが、この人はブルガというあだ名で呼ばれていた。

 ブルガはそのまま視線を隣りへ滑らせ、律の存在を認知する。

「ほう……これはこれは、尾張族長の正室様ではございませんか。ご無事でなにより」

 本当にそう思っているのか定かではないが、律は一応の礼を述べた。

 律は他の殺し屋――処刑人たちを見渡し、ある女性の前で「あっ」と声をあげた。

「有咲……さん?」

 有咲と呼ばれた女性――リィは、気まずそうに手を振る。

「あっ、はは。バレちゃったぁ~。久しぶりね、律ちゃん!」

「処刑人になってたんですね。急にいなくなったので、まさか処刑されたのかと心配していました」

「ない無い~! むしろ処刑する側だから! 首とかポンポン刎ねるから!」

 血がたっぷりと付着した刀を見せ、リィはあの時と変わらず元気な姿を強調した。

「こら、リィ! 尾張夫人の前で失礼な言動をとるな! あと斬首行為をまるでゲームのように表現するな」

 リィの頭を小突き、のっそりと前へ出たのはおそらく処刑人たちを束ねるリーダー格の男性だ。高齢だが鍛えられた肉体が男性を若々しく見せていた。

「申し訳ございません、夫人。こいつら腕は良いのですが性格に少々難のある者たちばかりでして……。しかし族長様への忠誠心は確かです。ここはどうぞ、大目に見てやってください」

 頭を下げられ、律は慌てて両手を振る。

「や、やめてください。私はついこの間まで処刑に怯える日々を送っていた平民です。正室になったのもただの偶然。だから、私なんか敬わないでください」

 男性――ソンショウのすぐ背後でリィとは別の女性がピュゥと口笛を吹く。

「へー、意外。腰低いじゃな~い。あの族長に見初められるためなら他人を蹴落としてるイメージだったけど、案外フツーの女の子なのねぇ」

「……ハナキチさん、殺しますよ」

 パチンと音を立てて柄を外す奏が、ハナキチという女性を威嚇する。

「え~?! ディーくん私のこと殺してくれるのぉ~!! ってことはつまり、あれよね? 首を刎ねちゃう感じ? それとも胴体真っ二つ? または四肢切断で苦しみながら死ねってぇ~?? 想像しただけでコーフンしちゃうぅ」

 己が殺される様を妄想して悦に浸るハナキチ。それを怒る気すら失ったソンショウは、奏に律を30階まで送り届けるよう命じた。

「皆さんは?」

 4人の処刑人たちはまだ仕事が終わっていないようで、共にビルへ戻らない。奏は、エデンの園の門をくぐる前にソンショウに訊ねた。

「これから極悪犯罪者こいつらを船にする役目が残ってんだ」

「そうでしたね。じゃあ、地下シェルターにある死体は?」

「んあー、そっちは時間的に俺たちには不可能だから、エデン教徒たちがなんとかするだろう」

「そうですか」

 奏はすんなりと頷く。

「……待って」

 律はエデンの園へ戻ることを拒否し、立ち止まる。両手を握りしめ、ある覚悟を決めたようだ。

「あの、造船の見学……してもよろしいでしょうか」

「な……」

 ソンショウは信じられないと首を振る。

「あんな残酷な作業は、とてもじゃないですが夫人にはお見せなどできません」

「いいんです。私、正室なのにエデンの園のこと何も知らない。霧島さんは、尾張についていけば全てを知ることになると言っていたけど、そんなことない。尾張は……ずっと隠してる。私は、正室として輝かしい楽園の裏で何が行われてるのか――把握しなくちゃ」

「……しかし」

「そして、本日の処刑見学もさせて頂きます」

 即座に驚きの色を見せ、制止するのはソンショウではなく奏だ。

「だめだよ!」

「どうして?」

「いや……その、今日の処刑スケジュールには、僕の担当が含まれてるから」

「なら、尚更ね」

「りつ……いや、正室様。こればかりは」

 律は首を強く振る。

「私、有咲さんのお父さんの処刑を見たきり、24階へは一度も足を踏み入れてないの。それは駄目ね。ディー、貴方が背負っているものを私も知らなくちゃ」

 処刑人たちが揃うなかで、自分とは階級の違う相手の申し出を断れず、奏は眉間に深い皺を寄せた。

「知らなくていいよ……」

 小さく漏らされた弟の言葉を置き去り、律は造船作業へと移行する処刑人たちの後を追った。


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